【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

文字の大きさ
55 / 278

55. 濃茶、薄茶

しおりを挟む
.





『身内の会です。気負わずにどうぞ』

松田さんが言った。


茶室に上がってから、真っ先に目についたのはやはり花だった。枝もの。
小さな白い花を咲かせ空間にゆるやかに弧を描いている。
こういう枝を選んだのか、それとも曲げたのか。

曲げてるっぽいな。
枝の太さや葉っぱや花のつき具合からだと、こんな風に綺麗にしなるはずない。ほぼ真っ直ぐだと思うんだけど。

枝に顔面張り付けて間近で見てみたい。

わたしが生けてある枝をマジマジと見ていると、組長先生が、「やっぱり一番に気になるか」と笑った。

「・・はい」
だって花屋ですから。

「遠州流には華道もある」
「茶道だけじゃなく?」
「そうだ。小堀遠州自身が総合的な芸術家だった。作事奉行だったから城の建築や改修も手掛けた。庭を造り、書、和歌、茶碗・花入れの選定、様々な芸術に精通していた。特に建築・造園は評価が高い」
「すごい人なんですね。でも学校では習いませんでした。そういう人のことを教えて欲しかったです」
「そうだな。日本人には他にも凄い人がたくさんいる。そういう先人たちを義務教育で教えるべきなんだがな・・」
「歴史がもったいないです」
ほんとに、どうして教えてくれないんだろ?
茶道も華道も授業にしてくれればよかったのに。日本舞踊とかさ。
そうすれば連なって歴史も学べるだろうに。

「枝が故意に曲げてるあのがわかるだろう?」
「はい」
「遠州の華道の特徴は曲線だ。ただ曲げりゃあいいってもんじゃない。相応の技術が要る。華道の中じゃ難しい流派かもしれないな。・・生けたのは松田か?」
「はい、もちろんですわ」
組長先生に答えたのは胡蝶さん。



露地という庭から茶の道は始まっていた。
庭、建物、にじり口と言われる独特の入り口、掛け物の書、花、香、食、道具・・。

五感で味わう茶の世界。

日常とはどこか違う異世界に足を踏み入れた感覚。

木々のざわめきや鳥の声、

茶道具を清め、抹茶を入れる前、松田さんは手を合わせずらし、洗う仕草をした。
「手を清める空手水からちょうずというんだ。親指から順番に"空風火水地"を表して、薬指が水だから、薬指を合わせることで水のない所に水を起こし手を清める。遠州流と・・確か石州流でも作法に空手水があったな。茶道も流派がたくさんあるから他にもあるかもな」
組長先生が教示してくれた。



湯の響きが自然のなかに溶けて、茶を通じて自分と向き合う時間。

そして、濃茶を練っている、松田さんの姿形の全てが美しいと思った。

濃茶は練る。
薄茶は点てる。

『京司郎には薄茶を点ててもらいます』
と言ったのは胡蝶さんだった。

上座の正客には組長先生、隣の次客がわたし、左隣に楓さん、末客が若頭と続いた。

胡蝶さんは松田さんを手伝う。

作法は予め教えてもらっていたし練習もしたが、所詮は付け焼き刃。頭も体も追いつかない。
わたしは作法を組長先生と楓さんに教わりながら、主菓子をいただき、濃茶をいただいた。

お茶の前にいただいた主菓子は、花開いた紫の菊。
なんて綺麗。
どうやって作ったんだろう?
菊の花びら一枚一枚。
花びらの先に行くごとに徐々に色が薄くなっていく。
今日の為に職人さんに作ってもらった練りきりだと、あとに行われた、亭主である松田さんと正客の組長先生の問答で答えてくれていた。

トロリとした濃茶は想像していたような苦みは無く、口当たりがよくて美味しかった。
『上質な茶は苦くない』と、組長先生から聞いたのは、花屋でよく話をするようになった頃だったかな?



濃茶が終わり、胡蝶さんが若頭に問いかけた。

「京司郎、流派はどうしますか?」

武者小路千家むしゃこうじせんけで点てさせていただきます」

「では、少々準備をいたしますので、その間、会長、みふゆさん、よろしかったらお庭をご覧下さいませ。楓、お前は手伝っておくれ」


庭に出ると、日差しが強くなってるのを感じた。ただ、木の陰になってるせいか、暑さはあまり感じない。
池には鯉とか泳いでそう。
「どうだった?濃茶は」
池を見ていたわたしに、組長先生が聞いた。
「もっと苦いかと思ってけど、美味しかったです。口当たりがよくて。それと・・」
「・・それと?」
「お茶を練る松田さんの姿形が美しいと思いました」
「ほお・・?」
組長先生がニヤリとしている。
「な、なんですか?おかしなこと言いましたか?」
そうやってニヤニヤされると照れるじゃないか!
「だとよ、松田。聞こえたか?」
「え?」まさか・・・

「光栄な言葉を頂いて嬉しいですよ」

「━━━━━」あああああぁぁぁぁーーーっっっ!
本人!!
組長先生め!松田さんがいると知ってたな!!

「こ、濃茶、美味しかったです。ありがとうございました!」
と、お辞儀をして顔を隠すのだ。照れ隠しには挨拶が一番。

「薄茶も私が点てる予定でしたが、今回は京司郎に譲りましょう」

「なあに、次があるさ。なあ?みふゆ」
組長先生が意味ありげにわたしを見た。
わたしは内心冷や汗をかいていた。
お茶会がおわったら組長先生から静かにさりげなく距離をおいて離れて行こうとするわたしの鋼鉄の決意計画を阻止するかのごとく、外堀をどんどん埋められてる気がする。名前だってもう連続呼び捨てだもの。身内の会身内の会って何度も言うし。
話題を、話題を変えなければ!
「あ、あの、武者小路千家むしゃこうじせんけってどういう流派なんですか?表千家や裏千家と似た感じなんですか?」
「表千家、裏千家、武者小路千家を合わせて三千家さんせんけと言うのですよ」
松田さんが笑顔で言った。

薄茶の準備が整ったと、わたし達は茶屋に向かった。
歩きながら、「武者小路千家は無駄な動きを排した合理的な所作をする。三千家の中でも最も保守的と言われているのが武者小路千家だ」と、組長先生が話してくれた。


わたし達が向かったのは、濃茶の茶屋の陰にあるもうひとつの茶屋。緩やかな石の段を登って行く。

木々に覆われていてなかなかわからりづらい。

不思議な造り、と思った。

薄茶でも組長先生が正客をつとめ、次客がわたし、わたしの隣に松田さん、末客が胡蝶さんとなった。
お茶を点てる若頭の手伝いは楓さんがする。

お菓子は干菓子で、落雁らくがんと金平糖が添えてある。
落雁が、かわいい赤とオレンジの金魚。
一人分ずつ楓さんが置いていってくれた。
黒い盆には水色の波紋に似た模様が入っていて、金魚が泳いでいるみたいだ。なら、金平糖は水の中の小石。
んんー、食べるのもったいない。写真とりたい。

「前から思ってたが落雁好きは珍しいよなぁ、若いのによ」
組長先生が言った。
「母が好きでよく食べてたのでわたしも自然と好きになりました」
「・・お母さん・・・?」
「はい。しょっちゅう落雁つまんでました。あと和三盆わさんぼんとか黒砂糖なんかも」
「・・・そうか、お母さんが・・」

なんか組長先生嬉しそうだけど、お菓子、食べていいのかな?いいよね。
わたしはちらりと横目で組長先生と松田さんを見た。

「どうぞ」

と、言ったのは若頭だった。そして、

「食べていいんですよ」

と続けて言った。笑っていたのを見逃さない。

・・そんなに食べたそうにしていたのか、わたしは。



薄茶を点てる若頭。

ピシッと緊張感が漂う気がして、わたしは背筋を伸ばした。
若頭の所作もまた、流れるように華麗だった。

着物でなかったのが残念。

いや、スーツでもカッコいいけど。
顔がいいのは最初に会った時に発見してるし。

若頭の顔をマジマジと見る機会なんて今までなかったけど、横顔見てもこの人、彫りが深いんだな。

日本文化に傾倒してる外国のCEOが、逆もてなしでお茶を点ててる感がなんとなくある。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

処理中です...