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50. 過去との対峙 (8) 思いがけぬ人
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────お前の企てが成功して自由になったら俺のところに来い
────バカを言わないでよ
────俺は本気だぜ
────ふふ、水無瀬の当主と惣領の当主が組むなんて、皆、戦々恐々となるわね。お偉がたの弱味を一気に握ることになるわ
────おもしれぇだろ?退屈しねぇぞ
────あなた潰されるわよ
────俺が?上等じゃねえか
────冗談を言ってるわけじゃないのよ
私が潰されることはないけどあなたは潰される。そして私が貴方を助けることはないわ
────なるほどな・・俺は捨てられるってわけか
────ええ、そうよ
礼夏、お前はどうして━━━━
晴れてよかった。
青空に浮かぶ白い雲がきれい。
さて、自転車で組長先生のお屋敷までひとっ走りだ。
振袖は白地に水色の爽やかなほうにしようかな。
『まほろば藤』は正直着てみたかったけど。
天才がつくった名品で非売品。
値段にしたら、目が飛び出るほどお高いを通り越してるよね。
いや、揃えられた着物はぜんぶお高いに違いないと思うけど、『まほろば藤』はそれをはるかにはるかに上回るはずだ。
やっぱ駄目だ。怖くて着れないな。
でも、今日一日楽しんだら今度こそ・・・。
さあ!決意も新たに行くぞーーーーーーーっ!!
「あーーーーーっ!お嬢さんっ!門、ここっス!!ここっっ!!!」
「━━━━━━━」
勢い余って通りすぎてしまった。
お屋敷の門番(見張り)の人に叫ばれなかったらそのまま走ってたな、きっと。
自転車を預けてお屋敷の玄関目指して歩いていると、組長先生が待っていた。
「おー、みふゆ、来たか」
「組長先生、おはようございます!」
ん?待って、いま『みふゆ』って言った?
「組長先生、い」
「朝から元気いいじゃねぇか。天気もいいし、今日だと野点でもよさそうだな」
『いま』の『ま』を言う隙間もなかった。
ハーゲンダッツの時の若頭と同じじゃないか。
人のセリフにかぶせてごまかそうとしたな。
社長といい、組長先生といい、若頭といい、どうしてこの手合の男は人の言葉を聞かないんだ。
組長先生はわたしの頭をポンポン叩きながらご機嫌な口調だ。
やめて。やめてくれ。背が縮んだらどうしてくれる。
「ところでよ、松田ん家に行く前に会わせてえ人がいるんだ」
「わたしにですか?」
「ああ」
わたしは組長先生に案内され、昨日の着物が揃えられた和室に行った。
和室には、若頭と和装の男性が着物を観て立ち話をしていた。
若頭?フランスに行ったのでは?
若頭と目が合い、わたしはびっくりして「お、おおおおおお帰りなさいおはようございます」とお辞儀をした。いきなり目が合うとは思わなんだ。おかげで超どもった。
若頭が「ふっ」と横を向いて口元をおさえた。
何さ。笑いたかったらちゃんと笑えばいいじゃないか。
組長先生が「匠真さん、この娘がみふゆだ」とわたしの肩を抱いて、前に押し出すようにして『匠真さん』とやらに声をかけた。
匠真さん?
声をかけられた『匠真さん』はわたしをみて、ちょっと驚いた顔をして近づいてきた。
「少し・・、背が伸びましたね」
『匠真さん』はわたしをみて笑って言った。
背が伸びたって・・。わたしの知り合い?
わたしは組長先生に目で助けを求めた。のに、組長先生もニコニコ笑っているだけだ。
「わからないのも無理はない。昔はこんな坊主頭じゃなくて髪がそこそこ長かったし」
「あの・・?すみません、わたし・・・」ぜんぜんわかりません。
「近衛・植村美術館の藤原匠真です」
「近衛・・・?」
近衛・植村美術館って確か・・・
「・・・審査員の先生?」
『匠真さん』はニッコリ頷いた。
「約束をしたでしょう?君の『藤幻郷』を描いたら見せるって」
「学校から帰って来て・・玄関にいた・・・?」
「ええ。叱られましたね。お客様にご挨拶なさいと」
『みふゆ!お客様ですよ!ご挨拶なさい!』
『あ・・こ、こんにちは』
『みふゆさん、いつか、君の藤幻郷を僕が描いてもいいだろうか?』
『うん!いいよ!じゃあ描いたら見せてね!』
「子供の泣き声がして、君は家のなかに駆け込んで行ったね」
『あ!紗重ちゃん泣いてる!紗重ちゃん!ただいま!おねえちゃんが帰ってきたよ!いま抱っこしてあげるから!』
「いま抱っこしてあげるからと言って」
匠真さんは写真を一枚わたしに手渡してくれた。
着物に描かれた藤幻郷が在った。
『咲き乱れる藤の向こうに、
白い馬が一頭いてね、お父さんをじっとみつめていたんだよ』
お父さんと一緒に絵を描いていた時間を思い出す。
楽しかった時間がそこにあった。
お父さんと一緒に燃してしまった時、楽しかった時間も一緒に燃えて失くなったと思った。悲しかった。寂しかった。
みふゆ、覚えておきなさい
お父さんと絵を描いていた楽しい時間、幸せな時間を
楽しかった気持ちを
幸せな気持ちを
ずっとずっと覚えておきなさい
そうすれば、お父さんとみふゆの藤幻郷は、いつまでも消えずに、みふゆと一緒に在るのだから
遠い日、
妹に早く会いたくて毎日走って帰っていた
家族で暮らしていた日々があった
大切な時間も、大切な人も、
いまは通りすぎた思い出の中にしかいない。
家族の思い出はわたし独りだけものになってしまった。
でも、
思い出を分かち合っている人がいた。
わたしにも家族がいたことを、覚えていてくれた人がいた。
それだけのことなのに、
涙がこぼれてしまった。
────お前の企てが成功して自由になったら俺のところに来い
────バカを言わないでよ
────俺は本気だぜ
────ふふ、水無瀬の当主と惣領の当主が組むなんて、皆、戦々恐々となるわね。お偉がたの弱味を一気に握ることになるわ
────おもしれぇだろ?退屈しねぇぞ
────あなた潰されるわよ
────俺が?上等じゃねえか
────冗談を言ってるわけじゃないのよ
私が潰されることはないけどあなたは潰される。そして私が貴方を助けることはないわ
────なるほどな・・俺は捨てられるってわけか
────ええ、そうよ
礼夏、お前はどうして━━━━
晴れてよかった。
青空に浮かぶ白い雲がきれい。
さて、自転車で組長先生のお屋敷までひとっ走りだ。
振袖は白地に水色の爽やかなほうにしようかな。
『まほろば藤』は正直着てみたかったけど。
天才がつくった名品で非売品。
値段にしたら、目が飛び出るほどお高いを通り越してるよね。
いや、揃えられた着物はぜんぶお高いに違いないと思うけど、『まほろば藤』はそれをはるかにはるかに上回るはずだ。
やっぱ駄目だ。怖くて着れないな。
でも、今日一日楽しんだら今度こそ・・・。
さあ!決意も新たに行くぞーーーーーーーっ!!
「あーーーーーっ!お嬢さんっ!門、ここっス!!ここっっ!!!」
「━━━━━━━」
勢い余って通りすぎてしまった。
お屋敷の門番(見張り)の人に叫ばれなかったらそのまま走ってたな、きっと。
自転車を預けてお屋敷の玄関目指して歩いていると、組長先生が待っていた。
「おー、みふゆ、来たか」
「組長先生、おはようございます!」
ん?待って、いま『みふゆ』って言った?
「組長先生、い」
「朝から元気いいじゃねぇか。天気もいいし、今日だと野点でもよさそうだな」
『いま』の『ま』を言う隙間もなかった。
ハーゲンダッツの時の若頭と同じじゃないか。
人のセリフにかぶせてごまかそうとしたな。
社長といい、組長先生といい、若頭といい、どうしてこの手合の男は人の言葉を聞かないんだ。
組長先生はわたしの頭をポンポン叩きながらご機嫌な口調だ。
やめて。やめてくれ。背が縮んだらどうしてくれる。
「ところでよ、松田ん家に行く前に会わせてえ人がいるんだ」
「わたしにですか?」
「ああ」
わたしは組長先生に案内され、昨日の着物が揃えられた和室に行った。
和室には、若頭と和装の男性が着物を観て立ち話をしていた。
若頭?フランスに行ったのでは?
若頭と目が合い、わたしはびっくりして「お、おおおおおお帰りなさいおはようございます」とお辞儀をした。いきなり目が合うとは思わなんだ。おかげで超どもった。
若頭が「ふっ」と横を向いて口元をおさえた。
何さ。笑いたかったらちゃんと笑えばいいじゃないか。
組長先生が「匠真さん、この娘がみふゆだ」とわたしの肩を抱いて、前に押し出すようにして『匠真さん』とやらに声をかけた。
匠真さん?
声をかけられた『匠真さん』はわたしをみて、ちょっと驚いた顔をして近づいてきた。
「少し・・、背が伸びましたね」
『匠真さん』はわたしをみて笑って言った。
背が伸びたって・・。わたしの知り合い?
わたしは組長先生に目で助けを求めた。のに、組長先生もニコニコ笑っているだけだ。
「わからないのも無理はない。昔はこんな坊主頭じゃなくて髪がそこそこ長かったし」
「あの・・?すみません、わたし・・・」ぜんぜんわかりません。
「近衛・植村美術館の藤原匠真です」
「近衛・・・?」
近衛・植村美術館って確か・・・
「・・・審査員の先生?」
『匠真さん』はニッコリ頷いた。
「約束をしたでしょう?君の『藤幻郷』を描いたら見せるって」
「学校から帰って来て・・玄関にいた・・・?」
「ええ。叱られましたね。お客様にご挨拶なさいと」
『みふゆ!お客様ですよ!ご挨拶なさい!』
『あ・・こ、こんにちは』
『みふゆさん、いつか、君の藤幻郷を僕が描いてもいいだろうか?』
『うん!いいよ!じゃあ描いたら見せてね!』
「子供の泣き声がして、君は家のなかに駆け込んで行ったね」
『あ!紗重ちゃん泣いてる!紗重ちゃん!ただいま!おねえちゃんが帰ってきたよ!いま抱っこしてあげるから!』
「いま抱っこしてあげるからと言って」
匠真さんは写真を一枚わたしに手渡してくれた。
着物に描かれた藤幻郷が在った。
『咲き乱れる藤の向こうに、
白い馬が一頭いてね、お父さんをじっとみつめていたんだよ』
お父さんと一緒に絵を描いていた時間を思い出す。
楽しかった時間がそこにあった。
お父さんと一緒に燃してしまった時、楽しかった時間も一緒に燃えて失くなったと思った。悲しかった。寂しかった。
みふゆ、覚えておきなさい
お父さんと絵を描いていた楽しい時間、幸せな時間を
楽しかった気持ちを
幸せな気持ちを
ずっとずっと覚えておきなさい
そうすれば、お父さんとみふゆの藤幻郷は、いつまでも消えずに、みふゆと一緒に在るのだから
遠い日、
妹に早く会いたくて毎日走って帰っていた
家族で暮らしていた日々があった
大切な時間も、大切な人も、
いまは通りすぎた思い出の中にしかいない。
家族の思い出はわたし独りだけものになってしまった。
でも、
思い出を分かち合っている人がいた。
わたしにも家族がいたことを、覚えていてくれた人がいた。
それだけのことなのに、
涙がこぼれてしまった。
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