【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

文字の大きさ
50 / 278

50. 過去との対峙 (8) 思いがけぬ人

しおりを挟む
.




────お前の企てが成功して自由になったら俺のところに来い

────バカを言わないでよ

────俺は本気だぜ

────ふふ、水無瀬の当主と惣領の当主が組むなんて、皆、戦々恐々となるわね。お偉がたの弱味を一気に握ることになるわ

────おもしれぇだろ?退屈しねぇぞ

────あなた潰されるわよ

────俺が?上等じゃねえか

────冗談を言ってるわけじゃないのよ
私が潰されることはないけどあなたは潰される。そして私が貴方を助けることはないわ

────なるほどな・・俺は捨てられるってわけか

────ええ、そうよ






礼夏、お前はどうして━━━━







晴れてよかった。
青空に浮かぶ白い雲がきれい。

さて、自転車で組長先生のお屋敷までひとっ走りだ。

振袖は白地に水色の爽やかなほうにしようかな。

『まほろば藤』は正直着てみたかったけど。

天才がつくった名品で非売品。
値段にしたら、目が飛び出るほどお高いを通り越してるよね。
いや、揃えられた着物はぜんぶお高いに違いないと思うけど、『まほろば藤』はそれをはるかにはるかに上回るはずだ。

やっぱ駄目だ。怖くて着れないな。

でも、今日一日楽しんだら今度こそ・・・。


さあ!決意も新たに行くぞーーーーーーーっ!!




「あーーーーーっ!お嬢さんっ!門、ここっス!!ここっっ!!!」


「━━━━━━━」

勢い余って通りすぎてしまった。


お屋敷の門番(見張り)の人に叫ばれなかったらそのまま走ってたな、きっと。

自転車を預けてお屋敷の玄関目指して歩いていると、組長先生が待っていた。
「おー、みふゆ、来たか」
「組長先生、おはようございます!」

ん?待って、いま『みふゆ』って言った?

「組長先生、い」
「朝から元気いいじゃねぇか。天気もいいし、今日だと野点のだてでもよさそうだな」
『いま』の『ま』を言う隙間もなかった。
ハーゲンダッツの時の若頭と同じじゃないか。
人のセリフにかぶせてごまかそうとしたな。
社長といい、組長先生といい、若頭といい、どうしてこの手合の男は人の言葉を聞かないんだ。
組長先生はわたしの頭をポンポン叩きながらご機嫌な口調だ。
やめて。やめてくれ。背が縮んだらどうしてくれる。

「ところでよ、松田んに行く前に会わせてえ人がいるんだ」
「わたしにですか?」
「ああ」

わたしは組長先生に案内され、昨日の着物が揃えられた和室に行った。

和室には、若頭と和装の男性が着物を観て立ち話をしていた。
若頭?フランスに行ったのでは?

若頭と目が合い、わたしはびっくりして「お、おおおおおお帰りなさいおはようございます」とお辞儀をした。いきなり目が合うとは思わなんだ。おかげで超どもった。
若頭が「ふっ」と横を向いて口元をおさえた。
何さ。笑いたかったらちゃんと笑えばいいじゃないか。


組長先生が「匠真たくまさん、この娘がみふゆだ」とわたしの肩を抱いて、前に押し出すようにして『匠真さん』とやらに声をかけた。

匠真さん?

声をかけられた『匠真さん』はわたしをみて、ちょっと驚いた顔をして近づいてきた。

「少し・・、背が伸びましたね」

『匠真さん』はわたしをみて笑って言った。
背が伸びたって・・。わたしの知り合い?
わたしは組長先生に目で助けを求めた。のに、組長先生もニコニコ笑っているだけだ。

「わからないのも無理はない。昔はこんな坊主頭じゃなくて髪がそこそこ長かったし」
「あの・・?すみません、わたし・・・」ぜんぜんわかりません。
近衛・植村このえ・うえむら美術館の藤原匠真です」
「近衛・・・?」
近衛・植村美術館って確か・・・
「・・・審査員の先生?」
『匠真さん』はニッコリ頷いた。
「約束をしたでしょう?君の『藤幻郷』を描いたら見せるって」
「学校から帰って来て・・玄関にいた・・・?」
「ええ。叱られましたね。お客様にご挨拶なさいと」



『みふゆ!お客様ですよ!ご挨拶なさい!』
『あ・・こ、こんにちは』


『みふゆさん、いつか、君の藤幻郷を僕が描いてもいいだろうか?』

『うん!いいよ!じゃあ描いたら見せてね!』



「子供の泣き声がして、君は家のなかに駆け込んで行ったね」



『あ!紗重さえちゃん泣いてる!紗重ちゃん!ただいま!おねえちゃんが帰ってきたよ!いま抱っこしてあげるから!』



「いま抱っこしてあげるからと言って」



匠真さんは写真を一枚わたしに手渡してくれた。

着物に描かれた藤幻郷が在った。


『咲き乱れる藤の向こうに、
白い馬が一頭いてね、お父さんをじっとみつめていたんだよ』


お父さんと一緒に絵を描いていた時間を思い出す。

楽しかった時間がそこにあった。


お父さんと一緒に燃してしまった時、楽しかった時間も一緒に燃えて失くなったと思った。悲しかった。寂しかった。


みふゆ、覚えておきなさい
お父さんと絵を描いていた楽しい時間、幸せな時間を

楽しかった気持ちを
幸せな気持ちを

ずっとずっと覚えておきなさい
そうすれば、お父さんとみふゆの藤幻郷は、いつまでも消えずに、みふゆと一緒に在るのだから



遠い日、

妹に早く会いたくて毎日走って帰っていた

家族で暮らしていた日々があった





大切な時間も、大切な人も、
いまは通りすぎた思い出の中にしかいない。

家族の思い出はわたし独りだけものになってしまった。



でも、

思い出を分かち合っている人がいた。



わたしにも家族がいたことを、覚えていてくれた人がいた。

それだけのことなのに、



涙がこぼれてしまった。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...