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47. 過去との対峙 (5) 母・青木礼夏
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「死人に群がるハイエナはとっとと出てお行き!」
青木礼夏の声が近所に響き渡る。
近所の人間が、「ああ、またか」と、道路に出てきては青木家を見ていた。
━━━ろくに見舞いにも来なかった親戚が、死んだとたん、気の毒がって現れるんだからハイエナと言われても仕方ないよねえ
━━━ほんとだよ。どれ、ハイエナの顔でも見てこようかね
数人の年配の女性陣と白髪頭の男性が、青木家に近づいた。
「なんて女だ!これから大変になるだろうから助けてやろうと思ったのに!」
「そうよ!親戚だからわざわざ焼香にきてやったのよ!」
「金目当ての下衆の焼香などお断りだ!さっさと立ち去れ!」
玄関から追い出した男女二人を、青木礼夏は怒鳴り付けた。
怒鳴られた男女はわなわなと震え、なんとか言い返してやろうと礼夏を睨んでいる。
そこに、様子伺いの近所の数人が大きな声で話しだした。
「やっぱりねぇ、そうだと思ったんだよ。うちも父親が死んだとき保険金だの遺産目当てのろくでもない親戚が来てたもんねえ」
「あら、うちもよぉ」
各々の葬式後の相続にまつわる話しの披露を始めたのだ。
青木家から叩き出された夫婦らしき男女は、じろじろと見られ、話題にされ、いたたまれなくなったのか、足早にその場を去った。
「青木さん、大丈夫だったかい?」
「ええ、ありがとうございます。最近とくにしつこくて」
青木礼夏はため息をついて、去って行った二人の方を見ていた。
「なんかあったら力になるから相談してよ?うちの旦那の兄さんは弁護士だから、相続に関する専門の弁護士も紹介できるから」
「もし頼む時があったらその時はよろしくお願いします」
「いいんだよ、そんな畏まらなくても。こっちのほうが青木さんにはずいぶん世話になったんだからさ」
青木礼夏が、近所の住人に好かれているのには理由がある。
土地にまつわる不可思議な怪異現象を礼夏が解決したからだった。
最初は隣の家の霊的な現象を鎮めたのが始まりで、長く悩まされていた地主である隣家は礼夏に大変な感謝を示した。最終的には一帯の土地に問題があると、礼夏は近隣住人の協力もあり、土地を浄化することに成功した。
以来、近隣住人は礼夏に一目も二目も置いている。
「そうそう、妙な奴らが来た時とかも遠慮なく頼ってくれていいんだよ」
「はい、ありがとうございます」
「あの・・・」
礼夏を取り囲む女性陣の後ろから、おずおずと声をかけてくる男性がいた。
「なんだい、あんた。あんたも青木さんのろくでもない親戚かい?!」
「いえ、あの、近衛・植村美術館を代表しましてお焼香に参りました、藤原匠真と申します」
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
礼夏は正座し、焼香の終わった藤原匠真に頭を下げた。
「いえ、こちらこそ、お忙しいところをお邪魔して申し訳ありません。お嬢さんは学校ですか?」
「はい。そろそろ帰ってくると思います」
「実は今日私が伺ったのは、お焼香のほかにもお話があったからです」
「はい、なんでしょうか?」
「お嬢さんの『藤幻郷』についてです」
「あの絵はもう主人とともに荼毘に付してしまいましたが」
「はい。青木さん、私はお嬢さんのみふゆさんに本格的に絵を学んでほしいと思っています」
「・・どういうことでしょうか?」
「お嬢さんの絵の才能を育てたいんです。私の学んだ技術を彼女に引き継いでほしいと考えています。彼女は素晴らしい感性の持ち主だ。このまま彼女の才能を眠らせるのはあまりにも惜しい。私の代わりに・・、いえ、代わりなんておこがましいですが、・・・描いていってほしいんです。もちろん、お嬢さんに無理強いはしません。しかし」
「あなたは描かないのですか?」
礼夏の極至極当たり前な質問に、藤原匠真は心が痛んだが、小さくため息をつくように呼吸をして、自分の状況をわずかばかり語った。
「・・・描けなくなったんです。何故なのか、自分でもわからない。自分の人生は絵を描くためにあるのだと自負していましたが・・・描けない。何も見えなくなってしまった。あの白いキャンバスに何も・・・」
藤原匠真は絞り出すように己の心情を吐露した。
礼夏は藤原匠真をじっとみつめていた。
「着物にお描きになってみては?」
礼夏がふいに言い出した。
「・・・着物・・?」
藤原匠真は礼夏の言葉に浮遊感を覚えた。
何故、着物なのか。
「待ってください、何故着物なんですか?」
藤原匠真は食い入るように礼夏をみつめた。
「あなたの後ろに着物が見えるからです」
礼夏が静かに答えた。
「死人に群がるハイエナはとっとと出てお行き!」
青木礼夏の声が近所に響き渡る。
近所の人間が、「ああ、またか」と、道路に出てきては青木家を見ていた。
━━━ろくに見舞いにも来なかった親戚が、死んだとたん、気の毒がって現れるんだからハイエナと言われても仕方ないよねえ
━━━ほんとだよ。どれ、ハイエナの顔でも見てこようかね
数人の年配の女性陣と白髪頭の男性が、青木家に近づいた。
「なんて女だ!これから大変になるだろうから助けてやろうと思ったのに!」
「そうよ!親戚だからわざわざ焼香にきてやったのよ!」
「金目当ての下衆の焼香などお断りだ!さっさと立ち去れ!」
玄関から追い出した男女二人を、青木礼夏は怒鳴り付けた。
怒鳴られた男女はわなわなと震え、なんとか言い返してやろうと礼夏を睨んでいる。
そこに、様子伺いの近所の数人が大きな声で話しだした。
「やっぱりねぇ、そうだと思ったんだよ。うちも父親が死んだとき保険金だの遺産目当てのろくでもない親戚が来てたもんねえ」
「あら、うちもよぉ」
各々の葬式後の相続にまつわる話しの披露を始めたのだ。
青木家から叩き出された夫婦らしき男女は、じろじろと見られ、話題にされ、いたたまれなくなったのか、足早にその場を去った。
「青木さん、大丈夫だったかい?」
「ええ、ありがとうございます。最近とくにしつこくて」
青木礼夏はため息をついて、去って行った二人の方を見ていた。
「なんかあったら力になるから相談してよ?うちの旦那の兄さんは弁護士だから、相続に関する専門の弁護士も紹介できるから」
「もし頼む時があったらその時はよろしくお願いします」
「いいんだよ、そんな畏まらなくても。こっちのほうが青木さんにはずいぶん世話になったんだからさ」
青木礼夏が、近所の住人に好かれているのには理由がある。
土地にまつわる不可思議な怪異現象を礼夏が解決したからだった。
最初は隣の家の霊的な現象を鎮めたのが始まりで、長く悩まされていた地主である隣家は礼夏に大変な感謝を示した。最終的には一帯の土地に問題があると、礼夏は近隣住人の協力もあり、土地を浄化することに成功した。
以来、近隣住人は礼夏に一目も二目も置いている。
「そうそう、妙な奴らが来た時とかも遠慮なく頼ってくれていいんだよ」
「はい、ありがとうございます」
「あの・・・」
礼夏を取り囲む女性陣の後ろから、おずおずと声をかけてくる男性がいた。
「なんだい、あんた。あんたも青木さんのろくでもない親戚かい?!」
「いえ、あの、近衛・植村美術館を代表しましてお焼香に参りました、藤原匠真と申します」
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
礼夏は正座し、焼香の終わった藤原匠真に頭を下げた。
「いえ、こちらこそ、お忙しいところをお邪魔して申し訳ありません。お嬢さんは学校ですか?」
「はい。そろそろ帰ってくると思います」
「実は今日私が伺ったのは、お焼香のほかにもお話があったからです」
「はい、なんでしょうか?」
「お嬢さんの『藤幻郷』についてです」
「あの絵はもう主人とともに荼毘に付してしまいましたが」
「はい。青木さん、私はお嬢さんのみふゆさんに本格的に絵を学んでほしいと思っています」
「・・どういうことでしょうか?」
「お嬢さんの絵の才能を育てたいんです。私の学んだ技術を彼女に引き継いでほしいと考えています。彼女は素晴らしい感性の持ち主だ。このまま彼女の才能を眠らせるのはあまりにも惜しい。私の代わりに・・、いえ、代わりなんておこがましいですが、・・・描いていってほしいんです。もちろん、お嬢さんに無理強いはしません。しかし」
「あなたは描かないのですか?」
礼夏の極至極当たり前な質問に、藤原匠真は心が痛んだが、小さくため息をつくように呼吸をして、自分の状況をわずかばかり語った。
「・・・描けなくなったんです。何故なのか、自分でもわからない。自分の人生は絵を描くためにあるのだと自負していましたが・・・描けない。何も見えなくなってしまった。あの白いキャンバスに何も・・・」
藤原匠真は絞り出すように己の心情を吐露した。
礼夏は藤原匠真をじっとみつめていた。
「着物にお描きになってみては?」
礼夏がふいに言い出した。
「・・・着物・・?」
藤原匠真は礼夏の言葉に浮遊感を覚えた。
何故、着物なのか。
「待ってください、何故着物なんですか?」
藤原匠真は食い入るように礼夏をみつめた。
「あなたの後ろに着物が見えるからです」
礼夏が静かに答えた。
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