嘆きの花

由宇ノ木

文字の大きさ
上 下
3 / 6

3

しおりを挟む
― 3 ―




「お目覚めでございますか、ジョゼフィーヌ様」


 「セルジュ・・?」

 「はい、セルジュでございます。」


スイスの山奥、人知れぬ里に館はあった。


館の女主人ジョゼフィーヌは、魔王ルシフェルが最も愛する『人間の愛人』だった。

野にひっそりと咲く、すみれの花と同じ紫の瞳、しなやかにゆれる金色の長い髪。真珠のような艶めく肌に包まれた豊満な肉体は、魔王の激しい性欲をじゅうぶんに満たした。まさに、愛人にふさわしい肉体の持ち主であった。

しかし、ルシフェルがいちばん気に入っていたのは、彼女の清楚な微笑であった。

ジョゼフィーヌははるか昔、南フランスに存在した小さな村のカトリック教会のスール(シスター)であった。敬謙なカトリック信者であり、また、天界の神に選ばれし聖女でもあったが、人間に生まれ変わった魔王ルシフェルの罠にかかり、その身を堕落させたのである。



ルシフェルはジョゼフィーヌを人間の愛人として、人間界にかこうつもりだったが、魔界の情勢が変わり、3人目の妻の座に正式につかせることとした。さらにジョゼフィーヌを自分の部下でもある2人の悪魔と婚姻させた。


ひとりは上級悪魔であるベルフェゴール。

もうひとりは魔界の大公爵と呼ばれているアスタロト公爵だった。


 「ジョゼフィーヌ様、昨夜は魔界でお疲れになったでしょう。でも大変お綺麗でしたよ」


黒い巻き毛に黒い大きな瞳・・まだあどけない子供の顔をした少年が、大きな窓のカーテンを開けた。




 「・・・夢を見ていたんだわ・・・」


 「どのような夢でございますか?僕は夢を見たことがないのでわかりませんが、人間は夢をよく見るのですか?」


 「そうね、楽しい夢や、懐かしい夢・・、時には哀しい夢・・・」


 「へえ・・僕も見てみたいなぁ」

少年はジョゼフィーヌにガウンを羽織らせ、笑って手際よくお茶を入れ始めた。



 <人間は・・・>


少年の言葉にジョゼフィーヌは哀しくなった。



セルジュ・・
あなたもかつては人間だったのよ・・・



ジョゼフィーヌは、窓辺で花咲く庭をみつめ、懐かしくも悲しい出来事を思い出す。





あれはいつのことだったのか・・・





野イチゴをたくさん摘んだカゴ


お菓子を焼く甘い匂い



小さな村の小さな教会で、心優しき神父様に仕え、親を亡くした子供達と暮らしていた日々。


セルジュもその中の一人だった。


善良な村人達は貧しくとも力を合わせ、皆が寄り添うように生きていた。


皆が私を「スール・マリ」と呼び、愛してくれたのはいつのことだったのか・・・。




 「ジョゼフィーヌ様、ご存知ですか?昨夜の宴ではサタン様がジョゼフィーヌ様を大変お気にいられたと、もう魔界中で噂が持ちきりだそうですよ」


少年は得意満面の笑みでにこにこと語り続けている。


笑うたびに口元に小さな牙が見え、舌の色は青黒い。
人間ではない証が、少年から見えた。



 「夕べは疲れたろう、ジョゼフィーヌ」


ふいに耳元に言葉をかけられ、ジョゼフィーヌは驚いた。

いつの間にかルシフェルが、後ろから自分の体を抱きしめていた。


 「ルシフェル様・・、おみえになるのでしたら、きちんと着替えてからお迎えしましたのに」


 「構わないさ。夕べの魔界の乱交騒ぎで、君が機嫌を損ねていないか確かめにきただけだからね」

 「機嫌を損ねるなど・・・」



柔らかな金色の髪、緑色の瞳のルシフェル。

穏やかな微笑みで、心地よい甘い声で、誰をも魅了するルシフェル。



ルシフェルは首筋にくちづけながら、言葉を続けた。


 「魔界の連中は騒ぎ好きで困る。この私でさえ騒ぎに乗せられて、もう少しで君を皆の前で抱いてしまうところだった」


ルシフェルの手はジョゼフィーヌの就寝用の白いシルクのスリップドレスをたくしあげ、真珠色した両足の間へと指をすべらせていった。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

処理中です...