瞬く間に住む魔

秋赤音

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軌跡

2.観察者の好奇心

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白衣を着た女性がゆっくりと階段を下りていく。
それでも聞こえる靴音が空間に広がって消える。
靴音に誘われるように、階段の下にも足音が一つ。
女性が階段を下り終えて重なった音が止まる。

「レイ。出迎えはいらないと、いつも言っている」

女性は薄紅の目に苛立ちを浮かべ、正面に立つ男性の新緑色の目を睨んだ。
足早と男性のよこを通り、薄青色の長い髪がなびき揺れた。

「アキが来るのを待っていました。
今日も会えて嬉しいです」

男性は女性の背を見つめ、麦色の短い髪をなびかせながら追う。
二人が入り閉まった部屋の扉に鍵がかけられた。
案内板が示すのは、第零研究室。
第一研究棟の地下で行われているのは、交配確率を上げるための研究。
机の上には光が遮られて置かれている数本の試験管。
すでに準備を始めている女性は、扉から聞こえた三度の音が知らせる来客に向かおうとする。

「俺が出ます」

「ありがとう」

鍵を閉めた男性の手にある鞄が机にそっと置かれた。

「追加の検体の遺伝子をいただきました。
改良の成果が楽しみです」

「どこまで良くできるか。
まあ、長生き遺伝子がいるから安心か」

「アキ…俺はアキと「無理だ。私は。知っているだろ。レイは新しい検体を頼む」

言い捨てるように男性に背を向けた女性は、先に置いてあった検体をもとうとした。
しかし、女性の腕を掴んだ男性にとめられる。

「大丈夫です。経過観察のおかげで、良い成果もわかってきました。
だから「そうだな。レイは、大丈夫だろ。離してくれ」

「アキ。俺は諦めません」

女性は今度こそ調査のために部屋へ向かい扉を閉めた。
腕から手を離した男性も同じだった。


正午を知らせる音が鳴った。
効率よく作業をするためにと決められている事の一つが、昼食。
必ず何かを誰かと食べることで食事忘れを防ぎ、程よい会話をすることが目的だ。
男性は二人分の珈琲を机に置き、食事を始める。
向かい合う女性と会話はなく、あっという間に空になる珈琲カップと食事。
女性が空になった二つのカップを持つ。
静かに立ち、洗い場に向かうため男性に背を向ける。

「ありがとう。今日も美味しかった」

「よかったです。片付け、ありがとうございます」

男性の言葉を聞き終えると女性は歩き始めた。
それぞれの執務室に戻る直前、男性は女性の背を瞳に映し見送った。

夕方になり終業時間が過ぎても女性は部屋から出てこない。
様子をみるために男性が入室すると、後ろ手に鍵を閉めた。
女性は仮眠用のベッドで眠っていた。

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