影に鳴く

秋赤音

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家族ごっこ

2.積み上げる幸せ

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恋人空間から脱した後、目的の場所へ向かう。
詠末さんは『恋愛と結婚』に求められる仕事の練習だろう。
他の友人は器用に『仕事も、恋も、結婚も』と進むらしい。
すでに出産して何度も孤児院へ渡し、出産支給金をもらっている。
自分は自分なりの結論を出し、『仕事と仕事』。
孤児院から引き取り育ててくれている両親は、何も言わなかった。
ふと、聞きなれた足音が近づいてくる。

「あ、実末さん。おはよう」

「伝詩さん。おはようございます」

いつも何かをして『忙しない弟』らしい伝詩さんは、
幼馴染の私に話しかけながら周囲と目が合えば愛想よく手を振っている。
見慣れている変わらない景色。
懐かしく眩しく、思わず目を細める。

「聞いてよ。親がさ、『結婚』しろだって。
確かに『仕事』ばかりだけど、自分で考えたのに」

「大変ですね」

「そうなんだよ。
反論すれば、誰が拾って育ててやったと思っているーって。
気づいたら勝手に作られて捨てられたのに。
それを勝手に拾ったのに、言われても困る」

少し頬を膨らませながら苦く笑う様子につられて笑う。

「そうですね」

「高世。実末さん、おはよう」

音もなく気づけば傍にいた会輪さん。
自然な動作で伝詩さんの手をとり、速さを合わせて歩いている。

「あ、憐離。どうしたの?」

「会輪さん。おはようございます」

「遅いから迎えにきた」

「遅いってまだ間に合「行こう」

私へ一礼すると、
大きく包むような優しい笑みで伝詩さんを見つめながら去っていった。
日に日に親密になっている二人は微笑ましく、穏やかな気持ちで見送る。

無事に講義が終わると、
黄昏を見上げながら来た道を戻る。
町の景色が変わる前に早く帰らなければ。
見慣れた男性たちが表面を歩いている。
視線が合うことはなく、
二人は歓楽街へと続く道へ曲がる。
友人の幸せそうな様子に思わず頬が緩む。
『藍依音』としてはひっそりと彼らにとっての幸福を祈っている。
『実末 藍依音』は、孤児から育ててくれた恩返しをしなければ、と思う。
どちらでもいいからつき合ってみなさい、と言われている。
しかし、血縁や法律が機能しない時代に生まれたおかげか、
頼まれても、恋愛と結婚だけはする気になれなかった。
『文武共に手本のような世話焼きの姉役』で唯一の汚点になるかは、
今後の成果次第だろう。
生んで増やして望む望む誰かにいきわたらせることで保たれている。
自分もその一部だと、分かっている。
しかし、無理だ。
浮気を許せない私は、罰することができない恋愛と結婚が。
母親のようにはできない。
他人の子も血縁の子も同じように、慈しむことができない私には子育てが。

「お姉さん、俺と一緒にお小遣い稼ぎしない?
俺は子種提供で、あんたは生んで孤児院へ渡せばいいからさ?」

「お断りします」

「そう。さよなら…なんて、な!」

不気味な程に優しい笑みの見地らない男性。
音もなく現れ、腕をつかんできた。
とっさに男性のつま先を強く踏むと、掴まれている腕が緩み、解放された。
腹に向かってくる拳を避ける。
しかし、口元を覆われ、なにかの香りで体が重くなり瞼が落ちた。

「あ、起きた。『仕事科』の子もいいね。
『恋愛科』は遊び慣れてるけど新鮮さに欠けるし。
『結婚科』だと不倫になるから面倒だし。
処女、ごちそーさまです」

腹にある違和感で目を開けると、
裸の男性に見下ろされている。
自分の体に埋められたものを見て、もう抗っても戻れないと分かる。
婚前交渉は不良がすることだ、と両親は言っていた。
異常なほどに熱い体は本能で動いている。

「薬が効いてるうちに終わらせよう?
せっかくするなら、気持ちいい方が良いよね?」

返事も待たずに動き始めた男性は、楽しそうに笑っている。
これも給付金分の仕事なのだろうか。
選べる役から選んで自分なりに生きてきたけど。
無理だ。
過去が崩れていく。

「返事してよ?起きてるんでしょ?
薬効きすぎて声も出ないの?」

突かれるたびに意識が揺らぐ。
抗えばどうなるのだろうか。
互いに暴力を許す代わりに罰するとこができなくないのに。
熱い、熱い。早く解放してほしい。

「まあ、いいか。気持ちいいし。
相性良さそうだから、このままつき合っちゃう?」

腹の底を大きな圧で押し上げられるような感覚に眩暈がした。

「…て。お…て」

声がする。揺れている。
目を開けると男性の膝にのっていた。
降りようとするが、腹のナカが擦れて電流が走り、力が抜ける。
なんとか脱しようとするが、難しい。
どうして逃げなければいけないのか。

「ん、あぁあ…っ!」

「起きた?って、またイった。
初めて動いてくれた。俺とするの、気持ちいいんだ」

一瞬意識が飛んだのだと、声で気づく。
きもちいい?
これは気持ちいいらしい。
男性の声が、与えられる刺激が染みわたる。
その片隅に学び舎の景色がよぎる。
早く、帰らないと。

「あっ、ん、…ぅ、ぁ…っ!」

どこからか水がこぼれている音がする。
逃げ道になるかもしれないが、
体が揺れていて場所が分からない。

「どうして、処女だったの?」

「お手本に…っ、べんきょ…ぅ、しないと」

なぜか言ってしまった。
名前も知らない男性に。
なぜか揺らぎが穏やかになった。
いけない、いけない。

「うーん…薬を増やそう」

何かを塗りつけられた下肢が熱い。
なにかが滴り流れて股に落ちる。
ゆるやかな動きにじりじりと焼けるような疼きが止まらない。

「あ、つ…ぃ…、や、ぁ…っ!あっ、な、に。これ…ぇ」

「質問に答えてくれたら、教える。
どうして結婚したくないの?」

「私、子供、をあいせ、ない…っ」

「俺もだよ。最低二人は生むか育てろってさ。無理。
捨て子より実子って現場を身で知ってるし」

男性の言葉に心が温かくなった。
初めての同郷以上の共感が嬉しい。
こんなことしている場合では、ない。のに

「泣いてるの?」

抱きしめられた腕が温かく、身を預けた。
初めて見る男性の横顔に覚えがあった。

「あなた、孤児院の?」

「思い出してくれた?
離れてからもずっと、ずっと藍依音だけを見てきた。
俺と一緒にいよう?
大好きな友達と卒業しても会えるようにするし。
藍依音が藍依音でいられるようにするから」

知っていたはずの、思い出せない名前の男性の言葉に、
なにかが壊れた。

「私、あなたと一緒にいる」

「よかった。
俺も『仕事科』で、将来は社長になる。
よろしくね。恋人で秘書さん」

返事をする前に意識が飛びかけた。
再び勢いのある動きに下肢が疼く。

「う、ん…っ、よろしく。こい、びと、で…っん、ぁあああっっ!!」

「…っ、…は、元気に、育ててな?
生まれたら孤児院行きだけど」

腹のナカに感じる大量の熱がぬけていく。
なんとなく名残惜しくそれを追うと、再び戻ってきた。
出ていかないように奥へ奥へと促す。

「ぁ、あっ、や、ぁ…っ、ん、んんっ」

「藍依音。俺の藍依音」

「あ、んぁ…っ、も、む、り…っ」

どくん、と注がれる熱を感じながら瞼を閉じた。

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