悠久の約束と人の夢

秋赤音

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悠久の約束と空の夢

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俺の友人は、おそらく恋をしている。
自覚があるのかは、分からない。
しかし、教会で出会った日から名を呼ぶ響きが少しずつ変わっている。
尊敬に雑じる甘く苦い気配は、日々色濃くなっている。
相手のことは計画の協力者なので、知っている。
本当に実在した獣神様と一度きりの面会後は、
唯一相手と線が繋がっている真が連絡をしている。
神だと思っていたのは人間の都合だったらしく、
獣神と呼ばれることを避けたお方様は、
音にしない方法で俺たちだけに名を明かしてくれた。
しかし、その名は呼ばない、
呼ぶ権利が一番に与えられたのは真だった。
俺と隼斗も許可はでているが、呼ばない。

「シン。お方様には届いたのか?」

「届きました」

王代理として使っている執務室で行う小声の秘密会議。
王とは別の必要最小限のものだけがある部屋だったが、今は寝室も兼ねる。
初めは不要だと思っていた来客用の長椅子とは別にある長椅子が、
新しいベッドとして役立っている。
館にある机とベッドだけの自室に戻るのが面倒だった。
一度寝泊まりしたのを機会に何もない自室に戻ることは亡くなった。

「消えたか」

「消えましたよ」

確認のやりとりが慣れた変わらない文言で安堵する。
身に白を持つ聖女様と聖女様を守る神官の隼斗には身を隠してもらい、
丘の教会を守っている。
『忌む存在は消えた』と喜ぶ民たちは新しい神とする存在に感謝した。
今は新しく造った街の教会だけで祈りが続けられている。
忌む存在になった獣神ではなく、
実体がない何かに祈る民は求めていた奇跡が起きたと喜んでいる。
黒魔術によって自身を代償に願いを叶えているとは知らないまま。

「お、方様から連絡は?」

「まだ、ありません」

一瞬、身が凍えた。
小さな音の違いを聞き分けているらしい。
疲れが出ているのか、うっかりだった。
大空様と呼んだときの真の凍るような、
一見は朗らかな笑みは二度と見たくない。
場を和ませてくれる隼斗はいない。
王の一族が忌む存在と関わっているのは良くないと、
丘の教会の出入りは禁じられている。

「頂いたものは、まだ、もっているのか?」

「はい。気配が漏れないよう厳重に厳重に管理しています」

「使ってほしいから贈るのだと、思うんだが」

お方様は護身用の魔術装具を返事に添えて届けている。
どれも人間には敵わないような高度の魔術で、
見つかれば大変なことになるのは分かっている。
一度は伝え、了承された。
これでこないと思っていたが、やはり高度な魔術の品が届いた。
手加減はされているらしい品物に、魔術の始祖の偉大さを感じた。
送り主様は真の身を案じてのことだと勝手に思うが、
贈られた真に使う気配はない。
使われないことに安堵しながら、送り主様の心境を思う。

「わかっています。
でも、これは今の世には過ぎた品物です。
あえて御身を危険に晒す行いは避けたいですね。
皇未には伝えておきますが、ここにあります」

そう、正装の襟元から出てきた銀の鎖に通されている飾りを示す真。
見つめる眼差しは柔らかく別人のようだ。
魔術に長けている真なら、あの飾りに細工がしてあっても不思議はない。

時が過ぎても、贈り物は変わらず届く。
元から物を扱う所作は丁寧だが、
お方様が関わると増す丁寧さは鎖を手放す指先の最後まで分かる。
その仕草や視線に名残惜しさが加わったのはいつからだろう。
すり替えなどがないか確認のため共に目視することを躊躇うようになったのは。

ある日、詩織は真を見て、『幸せになってほしいですね』と俺に耳打ちした。
言いたくても言えない気持ちを代弁するようだった。

『私に秘密の話ですか?二人とも仲が良いですね。
さすがは主従です。
これからも、どうかそのままでいてください』

安心したように笑う真は、来る日に『人柱』の勇者として旅立った。
魔術師に選んだのは俺だった。
計画通りだった。
聖域に住まうお方様に、儀式の前に一目でも会えていればいいと願った。
民は魔術の安泰と忌む色が一つ消えたことに喜んでいた。

一人の気配が消えた執務室には、
詩織も寝泊まりするようになっていた。
大きな成果がでないと分かっていても挫折しそうだった日々に、
当たり前が壊れた日々に、
当たり前のようにいた友人がいない日々に気持ちを閉ざす俺を救うのは詩織だった。
『皇未様、私はいつでも傍にいます』と向けられる優しい笑みが、
指先から伝わる温度が、どうしようもなく手放せない。

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