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悠久の約束と空の夢
0.悔い
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『祈ってばかりでは何も変わらないでしょう…様子を見てきます』
魔術の便利さが浸透し始め、手を動かすことをやめる民が増えた。
幼い子供が祈ることをせず、
報われない成果も楽しみながら行う様が、大人の蔑みに晒されるほどに。
人間に化けて遊びに行った瀬菜は、
善意の小さな人助けをきっかけに帰ってこれなくなった。
『素晴らしい…奇跡だ』
助けた相手が聖職者だったこと。
干ばつで困っていた大地を潤し、池に一度で水を満たしたことが
奇跡の魔術だと評価されてしまった。
『これで作物を育てれば、暮らしも少しは良くなるはずです。
日差しが強いのなら、覆いを立てて光を遮ればいいと思います』
『それはそうですが…その魔術を使えば、すぐに実りが得られる。
親はどこだ?
その力、ぜひ民のために生かしてほしい。
許可をもらいたいのだが』
『協力はしません。親にも会わせません。
自分の暮らしを魔術だけで守るのは無理です。
土を耕し、触れて状態を見ながら世話をしなければ、
作業の補助である魔術の効果も薄いです。
魔術に依存するあなた方を助けようとは思いません。
失礼します』
『ああ…会わせる親がいないんだな。
教会がその幼い身を守ろう。
連れて行け。早く』
『離して、触らないで!』
『うるさい子供だな』
人間の聖職者がどれだけ魔術を使っても一度で満たされることはなかったのだから、
加減をせず目立ったのは、人間の欲深さを侮っていた私たちの失態だった。
親がいない孤児は珍しくないそうで、勝手に孤児だと扱い、
好都合だと笑った人間は保護を名目に眠らせて連れ去った。
軟禁し、人間と共に活動し実績を重ね、
ついに民からも聖女だと祭り上げられ、
断ることができないような空気を作って選択肢を奪った。
風の便りで経緯を知っても、見つかってしまった後で何もできることはなかった。
人間が崇める聖獣に通じる色を持つ姿も象徴に適任と判断された原因だった。
美しい白金に汚らしい欲望の手で人間が触れようとするのが、気に入らない。
神だと崇めながら、目の前にある力を手中にしようと躊躇なく穢そうとする。
『合わない者が触れれば力が消える』と言えば周囲から遠ざかる人間は、
すました顔でいつか来ると機会を待っている。
瀬菜は聖職者の能力育成を試みたが、手ごたえは薄い。
『聖女様がすれば一度ですぐに終わる。困った民が一刻でも早く救われる』
聖職者は要望を受け付け、お金を巻き上げるだけ。
無理難題まで引き受けて、作業は瀬菜に全てを押し付け、自堕落に過ごしている。
あの時、無理にでも連れ戻せばよかったと。
風で流れてくる音を聞きながら悔やんでいる。
「おそらー。最近、詩紅がよく出かけるんだよ。
僕、嫌われることしたかな…。
瀬菜は聖女を引き受けたし…断ってもよかったのに。
逃げたいって言えば助けられるのに」
青く晴れた空。
いつもなら鋭い瞳と艶やかで凛々しい白い毛並みが、
雨に打たれたように沈んでいる。
畑の調子は良く、とれた作物は瑞々しい。
いつもなら、瀬菜が一番に見つけて嬉しそうに笑っていた。
何でも丸ごと飲み込む様は豪快で、
口に合わなければ迷わず捨てる潔さも見ていて心地よかった。
風になびく白金の滑らかな髪が優しく煌めき、
光が透けると美しい濃淡が生まれる深緑の瞳。
眩しい場所にある木陰のような安らぎを与えてくれた友人は、いない。
「おそらく、ですが。
瀬菜の様子を見に行っているのかも、しれません。
年の近い子供も傍にいるようですが」
「お腹がすいたら返ってくるかな?」
「そうですね。
育ち盛りですから、食べ物で誘うのは有効かもしれません」
「だよね。僕も頑張ろう。大空、ありがとう」
詩紅は人の姿になり、切なく笑った。
光と煌めく深紅の濃淡は、憂いを浮かべて揺らいでいた。
「大空、これ良い感じ?」
「そうですね。皆で手入れをした成果ですね。
この度は適した天候に恵まれたおかげもありますが。
後で保存方法を相談しますか」
「そうだね。
海菜と地紅は食べたがるかもしれないけど」
詩紅の言葉に、目を輝かせる子供たちの姿を思い浮かべる。
食欲旺盛なのは血筋だろう。
集まったときの賑やかさを楽しみにしながら、
白銀の髪から落ちる水を乾かした。
「ありがとう。こういうときは便利だよね」
「そうですね」
何かを思ったらしい詩紅は、突然、
近くにある木に実る果実を三つとって火で炙る。
「休憩しよう」
「そうですね。ありがとうございます」
ここに瀬菜がいれば、と思った。
残った一つを見た詩紅は、乾いた笑みを浮かべる。
すると、艶やかな白く長い肢体が現れる。
「美味しそうな香りがする、です」
「海菜。食べる?」
「我がもら…う、です。いただきます」
口にくわえて半分は飲み込んだ海菜は、するりと地を這い木の上に登った。
皆、空腹になる時間らしい。
「どんなときでも、お腹はすくんだね」
嘆きに似た呟きは、ほろ苦く甘い果実と共に消えた。
魔術の便利さが浸透し始め、手を動かすことをやめる民が増えた。
幼い子供が祈ることをせず、
報われない成果も楽しみながら行う様が、大人の蔑みに晒されるほどに。
人間に化けて遊びに行った瀬菜は、
善意の小さな人助けをきっかけに帰ってこれなくなった。
『素晴らしい…奇跡だ』
助けた相手が聖職者だったこと。
干ばつで困っていた大地を潤し、池に一度で水を満たしたことが
奇跡の魔術だと評価されてしまった。
『これで作物を育てれば、暮らしも少しは良くなるはずです。
日差しが強いのなら、覆いを立てて光を遮ればいいと思います』
『それはそうですが…その魔術を使えば、すぐに実りが得られる。
親はどこだ?
その力、ぜひ民のために生かしてほしい。
許可をもらいたいのだが』
『協力はしません。親にも会わせません。
自分の暮らしを魔術だけで守るのは無理です。
土を耕し、触れて状態を見ながら世話をしなければ、
作業の補助である魔術の効果も薄いです。
魔術に依存するあなた方を助けようとは思いません。
失礼します』
『ああ…会わせる親がいないんだな。
教会がその幼い身を守ろう。
連れて行け。早く』
『離して、触らないで!』
『うるさい子供だな』
人間の聖職者がどれだけ魔術を使っても一度で満たされることはなかったのだから、
加減をせず目立ったのは、人間の欲深さを侮っていた私たちの失態だった。
親がいない孤児は珍しくないそうで、勝手に孤児だと扱い、
好都合だと笑った人間は保護を名目に眠らせて連れ去った。
軟禁し、人間と共に活動し実績を重ね、
ついに民からも聖女だと祭り上げられ、
断ることができないような空気を作って選択肢を奪った。
風の便りで経緯を知っても、見つかってしまった後で何もできることはなかった。
人間が崇める聖獣に通じる色を持つ姿も象徴に適任と判断された原因だった。
美しい白金に汚らしい欲望の手で人間が触れようとするのが、気に入らない。
神だと崇めながら、目の前にある力を手中にしようと躊躇なく穢そうとする。
『合わない者が触れれば力が消える』と言えば周囲から遠ざかる人間は、
すました顔でいつか来ると機会を待っている。
瀬菜は聖職者の能力育成を試みたが、手ごたえは薄い。
『聖女様がすれば一度ですぐに終わる。困った民が一刻でも早く救われる』
聖職者は要望を受け付け、お金を巻き上げるだけ。
無理難題まで引き受けて、作業は瀬菜に全てを押し付け、自堕落に過ごしている。
あの時、無理にでも連れ戻せばよかったと。
風で流れてくる音を聞きながら悔やんでいる。
「おそらー。最近、詩紅がよく出かけるんだよ。
僕、嫌われることしたかな…。
瀬菜は聖女を引き受けたし…断ってもよかったのに。
逃げたいって言えば助けられるのに」
青く晴れた空。
いつもなら鋭い瞳と艶やかで凛々しい白い毛並みが、
雨に打たれたように沈んでいる。
畑の調子は良く、とれた作物は瑞々しい。
いつもなら、瀬菜が一番に見つけて嬉しそうに笑っていた。
何でも丸ごと飲み込む様は豪快で、
口に合わなければ迷わず捨てる潔さも見ていて心地よかった。
風になびく白金の滑らかな髪が優しく煌めき、
光が透けると美しい濃淡が生まれる深緑の瞳。
眩しい場所にある木陰のような安らぎを与えてくれた友人は、いない。
「おそらく、ですが。
瀬菜の様子を見に行っているのかも、しれません。
年の近い子供も傍にいるようですが」
「お腹がすいたら返ってくるかな?」
「そうですね。
育ち盛りですから、食べ物で誘うのは有効かもしれません」
「だよね。僕も頑張ろう。大空、ありがとう」
詩紅は人の姿になり、切なく笑った。
光と煌めく深紅の濃淡は、憂いを浮かべて揺らいでいた。
「大空、これ良い感じ?」
「そうですね。皆で手入れをした成果ですね。
この度は適した天候に恵まれたおかげもありますが。
後で保存方法を相談しますか」
「そうだね。
海菜と地紅は食べたがるかもしれないけど」
詩紅の言葉に、目を輝かせる子供たちの姿を思い浮かべる。
食欲旺盛なのは血筋だろう。
集まったときの賑やかさを楽しみにしながら、
白銀の髪から落ちる水を乾かした。
「ありがとう。こういうときは便利だよね」
「そうですね」
何かを思ったらしい詩紅は、突然、
近くにある木に実る果実を三つとって火で炙る。
「休憩しよう」
「そうですね。ありがとうございます」
ここに瀬菜がいれば、と思った。
残った一つを見た詩紅は、乾いた笑みを浮かべる。
すると、艶やかな白く長い肢体が現れる。
「美味しそうな香りがする、です」
「海菜。食べる?」
「我がもら…う、です。いただきます」
口にくわえて半分は飲み込んだ海菜は、するりと地を這い木の上に登った。
皆、空腹になる時間らしい。
「どんなときでも、お腹はすくんだね」
嘆きに似た呟きは、ほろ苦く甘い果実と共に消えた。
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