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悠久の約束と人の夢
27.聖者の悔い
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裏鏡の見張りを兼ねて…いたはずだった。
影人が治める国で楽しそうに伴侶と暮らす友人の姿が映るので、
本来の役割よりも夢中になりそうなほど見てしまう。
自覚はあった。
しかし、二人の憂いない笑みに思わず魅入ってしまう。
黒魔術を使う機会が少ないおかげで保てている友人だが、
あちらにいると、やはり老いていく。
時の経過が獣神のように穏やかで、来た時と変わらない自分。
過ぎた年月を実感し、再会が間近となると色々と思う。
忘れられた丘の教会を守り、会えないが真よりも長く近くにいたから考えることもある。
親を贄にした時も、若い王として傀儡と共に国を変えていた時も。
何か、友人としてできたことがあったかもしれない、と。
実際は、気配を潜めて持ち場を守ることしかできなかったが、
何かしたかった感情が後悔になり、今も燻っている。
本人は気にしていなさそうだから、一歩的な罪悪感でしかない気持ち。
罪悪感を持つことで、一人勝手に生んだ罪を一人で癒している。
「隼斗。待っていれば会えます。
少し落ち着きましょう?」
久しぶりに獣の姿になった瀬菜は、
惜しみなくその純白の肢体を俺の腕に絡めている。
肩の上に這い、首にゆるく巻きつき、頬へ顔を摺り寄せる。
「はい。とても落ち着きます。
瀬菜、ありがとうございます」
程よく冷たい滑らかな肌触りが心地よい。
窓の外では、眠ろうとする陽と目覚めた暗闇が手をとり挨拶を交わしている。
目の前には瀬菜と作った食事が空腹を誘う、が。
どこか心ここにあらずらしい俺に優しく寄り添う瀬菜は、まさに女神だ。
集合の合図がなければ個々で食事をとることで、
聖域の監視も兼ねている。
しかし、今のままでは些細な変化が分かるとは思えない。
落ち着いてきた頭で失敗を悔やみ、記憶する。
そして、今するべきは、おそらく食事だ。
『食事、温めましょうね』と、
気遣うような笑みで温め直そうとする瀬菜の二度は遠慮したい。
一度立って瀬菜の席へ歩み寄ると、腕からするりと抜けた瀬菜が人の姿で着席した。
急ぎ席に戻り座ると、穏やかな笑みを浮かべた瀬菜がいる。
「では、いただきましょう」
「はい。いただきます…今日も美味しいです」
「当然です、一緒に作ったのですから」
誇らしく笑う瀬菜は、とても嬉しそうだ。
同じ言葉を過去にも言っていた。
成果が短期間では分からない作業の末に、
収穫した作物を調理して食べた感動。
育ち盛りの腹を満たす量ではなかったが、
それでも満足したし、美味しかった。
原点は、食に困らなくなった今も変わらない。
食材のより良い長期保存の方法を考えるのも、楽しみの一つになっている。
「俺たち、料理の腕、あがりましたね」
「そうでしょう。
こちらにきて、またたくさん失敗も成功もしましたからね。
また皆で一緒に食べたいです」
「皇未がきたら、一緒に食べればいいと思います。
今はまだ、ですが…全てを終えれば」
「はい。楽しみですね」
瀬菜は嬉しそうに微笑む。
そこにかつてあった重い怨恨の瘴気は無く、元気な姿。
ただ、それだけで、俺は幸せなんだ。
半分を引き受けても降りかかる役目の反動は、ある時を境に、
新しい民の記憶から造られた想像だけの神を生んだ民に流れていった。
それでいいと、思う。後悔はない。
聖女へ都合のいいところだけを押しつけることが違っている。
願いを叶えたければ、己もそれ相応に対価を差し出すのが道理だろう。
結果。
我が王は都合よく祈り依存する者から、大切な人を守ってくれた。
本人は『皆がいたから叶った』と認めてはくれないだろう。
それでもいい。
悔いも感謝も全て抱えて、俺のやり方で恩を返すから。
再会の日が楽しみだ。
影人が治める国で楽しそうに伴侶と暮らす友人の姿が映るので、
本来の役割よりも夢中になりそうなほど見てしまう。
自覚はあった。
しかし、二人の憂いない笑みに思わず魅入ってしまう。
黒魔術を使う機会が少ないおかげで保てている友人だが、
あちらにいると、やはり老いていく。
時の経過が獣神のように穏やかで、来た時と変わらない自分。
過ぎた年月を実感し、再会が間近となると色々と思う。
忘れられた丘の教会を守り、会えないが真よりも長く近くにいたから考えることもある。
親を贄にした時も、若い王として傀儡と共に国を変えていた時も。
何か、友人としてできたことがあったかもしれない、と。
実際は、気配を潜めて持ち場を守ることしかできなかったが、
何かしたかった感情が後悔になり、今も燻っている。
本人は気にしていなさそうだから、一歩的な罪悪感でしかない気持ち。
罪悪感を持つことで、一人勝手に生んだ罪を一人で癒している。
「隼斗。待っていれば会えます。
少し落ち着きましょう?」
久しぶりに獣の姿になった瀬菜は、
惜しみなくその純白の肢体を俺の腕に絡めている。
肩の上に這い、首にゆるく巻きつき、頬へ顔を摺り寄せる。
「はい。とても落ち着きます。
瀬菜、ありがとうございます」
程よく冷たい滑らかな肌触りが心地よい。
窓の外では、眠ろうとする陽と目覚めた暗闇が手をとり挨拶を交わしている。
目の前には瀬菜と作った食事が空腹を誘う、が。
どこか心ここにあらずらしい俺に優しく寄り添う瀬菜は、まさに女神だ。
集合の合図がなければ個々で食事をとることで、
聖域の監視も兼ねている。
しかし、今のままでは些細な変化が分かるとは思えない。
落ち着いてきた頭で失敗を悔やみ、記憶する。
そして、今するべきは、おそらく食事だ。
『食事、温めましょうね』と、
気遣うような笑みで温め直そうとする瀬菜の二度は遠慮したい。
一度立って瀬菜の席へ歩み寄ると、腕からするりと抜けた瀬菜が人の姿で着席した。
急ぎ席に戻り座ると、穏やかな笑みを浮かべた瀬菜がいる。
「では、いただきましょう」
「はい。いただきます…今日も美味しいです」
「当然です、一緒に作ったのですから」
誇らしく笑う瀬菜は、とても嬉しそうだ。
同じ言葉を過去にも言っていた。
成果が短期間では分からない作業の末に、
収穫した作物を調理して食べた感動。
育ち盛りの腹を満たす量ではなかったが、
それでも満足したし、美味しかった。
原点は、食に困らなくなった今も変わらない。
食材のより良い長期保存の方法を考えるのも、楽しみの一つになっている。
「俺たち、料理の腕、あがりましたね」
「そうでしょう。
こちらにきて、またたくさん失敗も成功もしましたからね。
また皆で一緒に食べたいです」
「皇未がきたら、一緒に食べればいいと思います。
今はまだ、ですが…全てを終えれば」
「はい。楽しみですね」
瀬菜は嬉しそうに微笑む。
そこにかつてあった重い怨恨の瘴気は無く、元気な姿。
ただ、それだけで、俺は幸せなんだ。
半分を引き受けても降りかかる役目の反動は、ある時を境に、
新しい民の記憶から造られた想像だけの神を生んだ民に流れていった。
それでいいと、思う。後悔はない。
聖女へ都合のいいところだけを押しつけることが違っている。
願いを叶えたければ、己もそれ相応に対価を差し出すのが道理だろう。
結果。
我が王は都合よく祈り依存する者から、大切な人を守ってくれた。
本人は『皆がいたから叶った』と認めてはくれないだろう。
それでもいい。
悔いも感謝も全て抱えて、俺のやり方で恩を返すから。
再会の日が楽しみだ。
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