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悠久の約束と人の夢
17.心は、共に
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「そろそろ、ですね。
シン、別れはいいのですか?」
「いいんです。そう、約束、しました」
「そう、ですね」
男性は差し出された女性の腕を寄せる。
腕で閉じ込め、女性に顔を見られないよう鏡を見る。
一人の男性が映っている鏡。
魔術で地下牢へ移動した男性は、多くの人間から魔力を集めて遺体を燃やした。
元いた部屋に移動すると、鏡へ集めた魔力を注ぐ。
「さよなら、だ」
鏡に組み込まれた魔術が消えていく。
最後のつながりが細くなり、消えかかる。
「王。至急報告が」
「入れ」
鏡の向こうで聞こえた声は途切れた。
同時に侵入者を感知した。
綻びから来たのだろう。
「大空」
「わかっています」
鏡を廃棄し、現場へ向かう。
「二人とも、我の結界へ、早く!」
神殿だった場所へ突然に現れた男性は、友人と同じ紋を持つ
大空を抱えたまま、侵入者を魔術で拘束し目を覆う。
「どこから来ましたか」
「おそらく、鏡だ。我ならそうする。
すでに繋がった痕跡を消して、こちらの鏡は割った。
他に綻びがないか探している」
隼斗が侵入者を周囲が見えない結界へ閉じ込めると、
気配が動いた。
「聖女様、私に詩を、癒しを」
うわ言のように呟く言葉は、歌うように強い願いを告げた。
見えないはずの瀬菜様をまっすぐに見つめている男性は、
壊れた人形のように呟き、かつての詩を求めている。
すると、瀬菜様が動いた。
寄り添うように隼斗も隣を歩く。
結界の色だけを抜くと、男性は瀬菜様を見て泣き笑う。
「聖女様…聖女様、ずっと聖女様の幸せを祈っていました。
幼い頃から、ずっと。
一目会えて、穢れが消えたご様子を知られて安心しました。
もう、なにも悔いはありません。
仕事があるので王のところへ戻ります」
「戻れません」
「え?」
男性は表情を変えた。
「私は鏡を、鏡からきました。
同じように戻れば」
「道は閉ざされました。諦めてください」
瀬菜様が告げた言葉に男性は首を垂れる。
「何か、ありませんか。
多くのことを残してきました。
学び舎の拡大、治水に耕作、住居と農業地の位置替えを行っているのは周知されています。
ご存じですよね?」
「ここは、あなた様が住まう国ではありません」
「そんな…ならば、ここはどこですか…ぁれ?
体が軽く…疲れていたのだろうか」
結界の中で戸惑う男性から少しずつ抜けている黒い魔力。
本来の体に戻ったと気づかないのは支配が根深く浸透している証だろう。
さすが友人、と、心で唱える。
結界の外に出せば完全に解けてしまうかもしれないが、
もう、いいだろう。
この男性は帰ることができないのだから。
あとは芽吹いた種が育つだけだ。
「あなた様は、王様の側近…でしたね。
知っていることを話していただけますか?」
「はい。聖女様がお望みでしたら。
我が王は、魔術の使い方を増やして貴族の力を伸ばしました。
民を守る力を得た私たちは、大地を住みやすくするために調査と修繕をしています。
住む民と協力するため、街に学び舎を設けて生活魔術を民へと広めています。
自ら生活を良くしようとする民を先導者に選び、共に作業を進めています。
魔術を使うことで貴族も民も豊かになり、国も明るくなったように感じています」
男性は誇らしく語る。
友人の歴史を、目を輝かせて語る。
向かう結果はどうなったとしても、
今の暮らしは上向きになりつつあるのだと。
黒魔術の対価が命だとしても、
民自身の暮らしに還っている様子に安堵する。
完成へと向かって行く。
大勢の魔力を踏み台に創った楽園と心地よい嘘が。
誰かの幸せの下に隠れる悲しみが。
心残りがあるならば、一つ。
できれば、置き去りにしたくなかった。
叶うなら最後まで心身共に在りたかった存在を。
唯一の友人を。
私がいるから、大丈夫です。
彼はいずれ私が連れていきます。
頭に響く優しい声は一瞬で消えた。
シン、別れはいいのですか?」
「いいんです。そう、約束、しました」
「そう、ですね」
男性は差し出された女性の腕を寄せる。
腕で閉じ込め、女性に顔を見られないよう鏡を見る。
一人の男性が映っている鏡。
魔術で地下牢へ移動した男性は、多くの人間から魔力を集めて遺体を燃やした。
元いた部屋に移動すると、鏡へ集めた魔力を注ぐ。
「さよなら、だ」
鏡に組み込まれた魔術が消えていく。
最後のつながりが細くなり、消えかかる。
「王。至急報告が」
「入れ」
鏡の向こうで聞こえた声は途切れた。
同時に侵入者を感知した。
綻びから来たのだろう。
「大空」
「わかっています」
鏡を廃棄し、現場へ向かう。
「二人とも、我の結界へ、早く!」
神殿だった場所へ突然に現れた男性は、友人と同じ紋を持つ
大空を抱えたまま、侵入者を魔術で拘束し目を覆う。
「どこから来ましたか」
「おそらく、鏡だ。我ならそうする。
すでに繋がった痕跡を消して、こちらの鏡は割った。
他に綻びがないか探している」
隼斗が侵入者を周囲が見えない結界へ閉じ込めると、
気配が動いた。
「聖女様、私に詩を、癒しを」
うわ言のように呟く言葉は、歌うように強い願いを告げた。
見えないはずの瀬菜様をまっすぐに見つめている男性は、
壊れた人形のように呟き、かつての詩を求めている。
すると、瀬菜様が動いた。
寄り添うように隼斗も隣を歩く。
結界の色だけを抜くと、男性は瀬菜様を見て泣き笑う。
「聖女様…聖女様、ずっと聖女様の幸せを祈っていました。
幼い頃から、ずっと。
一目会えて、穢れが消えたご様子を知られて安心しました。
もう、なにも悔いはありません。
仕事があるので王のところへ戻ります」
「戻れません」
「え?」
男性は表情を変えた。
「私は鏡を、鏡からきました。
同じように戻れば」
「道は閉ざされました。諦めてください」
瀬菜様が告げた言葉に男性は首を垂れる。
「何か、ありませんか。
多くのことを残してきました。
学び舎の拡大、治水に耕作、住居と農業地の位置替えを行っているのは周知されています。
ご存じですよね?」
「ここは、あなた様が住まう国ではありません」
「そんな…ならば、ここはどこですか…ぁれ?
体が軽く…疲れていたのだろうか」
結界の中で戸惑う男性から少しずつ抜けている黒い魔力。
本来の体に戻ったと気づかないのは支配が根深く浸透している証だろう。
さすが友人、と、心で唱える。
結界の外に出せば完全に解けてしまうかもしれないが、
もう、いいだろう。
この男性は帰ることができないのだから。
あとは芽吹いた種が育つだけだ。
「あなた様は、王様の側近…でしたね。
知っていることを話していただけますか?」
「はい。聖女様がお望みでしたら。
我が王は、魔術の使い方を増やして貴族の力を伸ばしました。
民を守る力を得た私たちは、大地を住みやすくするために調査と修繕をしています。
住む民と協力するため、街に学び舎を設けて生活魔術を民へと広めています。
自ら生活を良くしようとする民を先導者に選び、共に作業を進めています。
魔術を使うことで貴族も民も豊かになり、国も明るくなったように感じています」
男性は誇らしく語る。
友人の歴史を、目を輝かせて語る。
向かう結果はどうなったとしても、
今の暮らしは上向きになりつつあるのだと。
黒魔術の対価が命だとしても、
民自身の暮らしに還っている様子に安堵する。
完成へと向かって行く。
大勢の魔力を踏み台に創った楽園と心地よい嘘が。
誰かの幸せの下に隠れる悲しみが。
心残りがあるならば、一つ。
できれば、置き去りにしたくなかった。
叶うなら最後まで心身共に在りたかった存在を。
唯一の友人を。
私がいるから、大丈夫です。
彼はいずれ私が連れていきます。
頭に響く優しい声は一瞬で消えた。
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