幸せという呪縛

秋赤音

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眠れない夜に届くのは

ありがとうございます

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図書室を歩いていると、やっと見つけた。

「おまたせ」

「いいよ。ちょうど用事が済んだから」

目の前で別の女生徒の頬へ口づけを贈った彼氏。
都合のいい時だけ呼び出されている自覚はあるが、
肉体関係までは求めてこないので問題ない。
もうすぐ成人という年ごろに恋の話は欠かせないらしい。
おかげで友人と共通の話題には困らなかった。

「これ、図書室に返しといて。
あと、明日配達の広報に載るから読んでね」

19時。
別の約束があるという彼氏と別れ、寮へ戻る。
今日の復習と予習をしながら追いかけるグループチャット。
適度に会話へ入りながら、問題を解く。
勉強を終え、化粧を落とし、お風呂を手早く済ませる。
髪を乾かしながら再びチャット画面を目で追う。
話題はちょうど放送中らしい番組のことなので、
同じように視聴しながらチャットを読む。

もう少しで日付が変わる頃。
チャットに残ったのは少しの生徒たち。
ここで私も眠ればいい。
分かっているが、知らないせいで
明日の教室で孤立するかもしれない不安がつきまとう。
ふと、暗くなった画面に顔が映る。
ぼんやりと見える目のクマと青白さ。
一度だけ寝不足で倒れたときに処方された睡眠薬は、
今のところ効果を感じられない。
かといって、わざわざ別の種類に変えてもらおうとは思わない。

処方通りに飲んだけれど、やはり眠気は訪れない。
預かっている本が目に入り、なんとなく手に取る。
読んでみれば意外に面白く、ページは進んでいく。
そして今夜も聞こえるバイクの音。
広報誌が届けられるのを思い出し、玄関へ向かう。

「おはようございます」

「おはようございます」

初めて直接受け取った広報誌。
校内新聞と書いてある。

「本、読むんですか?」

本を置いてくるのを忘れていた。
普段は読まないが、言う必要もないだろう。

「まあ」

「そうなんですね。
あ、お受け取りいただきありがとうございます。
そろそろ失礼します」

曖昧に言った言葉なのに、
何故か嬉しそうな笑みを浮かべた男性は、足早に去った。

放課後。
化粧をしていないように見せかけた化粧は、
幸い今日も何もいわれなかったことに安堵した。
本を返すために図書室へ向かうと、
彼氏が昨日見た女生徒へ愛を囁いている現場に遭遇した。
幸いにも、まだ避けられる位置なので別の場所を通る。
無事に返却受付へつくと、本を置く。

「こんにちは」

「こんにちは。返却します」

あの配達員と同じ顔と声の男子生徒だ。
捜留というらしい。

「ありがとうございます」

優しいな笑みを浮かべたその人は、大切に本を持った。
丁寧に扱われる本が少しだけ羨ましくなった。

友人との予定を終え部屋に戻る。
今日のチャットは、彼氏の話題から始まっていた。
履歴をみて、新しい書き込みを読む。

今日も、会った。ほんと、遊び人だよねー

でもカッコいい!遊ばれてもいいわ

確かに。一度でいいから遊んでみたい(笑)

誘ってみれば?ノリは良いよ。明日も会うしー

なら複数でもいいのかな?(笑)

葉隠さんも誘ってみようよ。彼女の一人だし

いいね、賛成ー


どうやら、
彼氏の思い通りに誘いやすく遊びやすい印象を与えているらしい。
呼ばれたときに会う程度なので、女生徒からの申し出までは正直面倒だ。
悩んでいると、彼氏がチャットに混ざる。

なに、俺の話?

そうそう。私たちと遊ぼうよー?

葉隠がいないなら、いいよ

やった!いつ?

明日?放課後ならいいよ

楽しみにしてるね


そこから彼らはいなくなった。
独自でグループを作ったのかもしれない。
話題は月の生徒が天気の話から始め、他愛ない話で盛り上がっていた。

夜。
ポストに入っていた新聞に紙がはさんである。
手書きの文字で、よければご覧ください…と控えめな文章と、
本の題目と簡潔な見どころがいくつか並んでいる。
その中に、知っている題目があった。
映画では見たことがある作品だった。

朝になり、化粧をし終えて早めに部屋を出る。
授業の前に図書室へ向かい、目当ての本を借りた。
映画と原作では展開が違うと聞いてはいたが、
読んだことはなかったもの。

放課後。
初めて彼氏の誘いを断り、まっすぐに寮へ戻る。
勉強と夕食、化粧をおとしてお風呂を手早く終わらせた。
借りてきた本を開き、読み進める。
最後のページを閉じると、ちょうどバイクの音がした。
玄関で待って、足音が近づいてきたのでドアを開ける。

「あ、おはようございます」

「おはようございます。
本、読みました。
ありがとうございます」

「そうなんですね。
ありがとうございます。
そろそろ失礼します」

嬉しそうな笑みを浮かべた男性は、足早に去った。
受け取った新聞には、今日もメモがついていた。

もうないだろうと思ったメモは毎日続いた。
気が向けば本を借りて読んでいると、
チャットを少し離れていても会話に影響が出ていないことに気づく。
意外と、どうとでもなるらしい。
彼氏からの呼び出しもなくなり、
ノリで繋がっていた友人も別の生徒と行動している。
それでも、私は意外と平気だと気がついた。
少しだけ、体が軽くなった気がした。

その日、あえてチャットを見ずにベッドへ入ることにした。

夜。
バイクの音が聞こえた。
久しぶりに少しだけ眠ることができたと気づく。
それは、きっと、睡眠薬の効果だけではない。
ありがとうと、言いたかった。

「おはようございます」

「は、い。おはようございます」

目が合った配達員は、なぜか頬を赤くしていた。
いつものように広報誌を受け取る。

「あなたのおかげで、良いことがありました。
ありがとうございます」

「そう、ですか。よかったです。
顔色が良くなっていて安心しました。
ありがとうございます。
そろそろ失礼します」

その優しい笑みに息が止まった。
動き出した足音で意識がはっきりと戻る。
熱い頬は気のせいだと思いながら、今日のメモを読む。
ふと、配達員の言葉を思い出す。
いつの間にか心配をかけていたらしい。
お礼になるかは分からないが、自分も好きな映画を教えることに決めた。

翌日。
やることを終え仮眠をとり、緊張しながら待っていると聞こえる音。
近くまできた馴染みの足音。
ドアを開けると、目が合った。

「おはようございます。
あの、これ。よかったら読んでください」

「おはようございます。
今日も顔色がいいですね。
ありがとうございます。戻ったら読みますね。
そろそろ失礼します」

なぜか少し顔を赤くした配達員は、嬉しそうな笑みを浮かべて去った。
大切そうにメモを鞄へ収められたことが嬉しかった。

放課後。
昨日借りた本を返すため返却受付へ行くと、
驚いた表情の受付係。今日は捜留さんだ。
よく見るので一方的に覚えてしまった。

「葉隠さん?」

「はい。こんにちは。返却します」

「あ、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

本を丁寧に受けとる姿に配達員を思い出す。
きっと、声や姿が似ているせいだろう。
本人でないのに緊張してしまう。
借りた本を読もうと、ここから去るためにも足早に寮へ戻る。

すっかり習慣になった仮眠。
ふと、バイクの音がする。
机には読みかけの本がある。
あわてて玄関へ行くが、すでに配達を終えた後だった。
メモの最後には名前があった。

捜留

配達員は、捜留さん。
ふと、同じ名前の図書受付を思い出した。
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