幸せという呪縛

秋赤音

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優しい雫

3.生きる光

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ぽつり、ぽつりと水の粒が地面を濡らし続けている。
湿った匂いが漂う街。
待っていた立花に害虫が寄っていたので払うと、
傘の先が触れ合う距離のもどかしさに耐えながら、
目的の場所へ向かった。

買い物を終え、
建物から出ると傘をさそうとする立花の手を掴む。

「立花」

「律、待って」

「待たない」

見上げる瞳をじっと見ると、その唇を掠める。
動きがとまった立花を抱き寄せると、
立花がもつ傘と生地が合わさり水滴が重なりおちる自分の傘をさす。
早く帰りたい。
ただ、それだけだった。

帰っている途中、楽が花音さんと歩いているのを見かけた。
互いに視線だけで挨拶を交わし、二つの傘がすれ違う。
楽は濡れている肩を気にもせず歩いていた。

無事に家に着くと、荷物を置いた立花は窓辺へ向かう。

「綺麗ね」

「そうだな」

俺は、紫陽花を見ている立花の方が良いと思うが。
ベランダで一人濡れている花は、
雲の切れ間から降り注ぎ始めた光が反射して煌めいている。
雨がやみ、窓からさす明かりが立花を照らす。
儚い笑みを浮かべる立花の目は、瞬間的な自然の美しさに奪われている。

「綺麗、ね」

こぼれたようなその声に寂しさを感じた。
小さな背を抱きしめると、腕に立花の指先が触れた。

「また見られる」

「そう?」

「この紫陽花が生きているうちは、きっと」

「そうね。お手入れを頑張ろう」

ゆっくりと振り向いた頬へ触れると、びくりと体が跳ねた。
わずかに赤く染まって火照る立花。
可愛い、としか言いようがない。

「律?」

「なんだ」

「また、一緒に見ようね」

「そうだな」

立花は嬉しそうに微笑み、一瞬だけ俺の唇に触れた。
俺と同じ事をして、再び紫陽花を見始める。
当たり前のように立花の先の時間にも俺がいるのが嬉しかった。
体が冷えてはいけないので、立花を横抱きにして持ち上げ、
紫陽花が見える長椅子に移動する。
隣に座って本を読みながら、心地よい静寂を噛みしめる。

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