幸せという呪縛

秋赤音

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秘密基地

4. 叶える

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咲が幼馴染と喧嘩をした、と悩んでいた。
とても深刻そうに話す半面、
蓮が作ってくれたの…と目の前にある弁当を、
今にも泣きそうに、でも嬉しそうに食べている咲。
おそらく、二人は"何か"がすれ違っていると思った。
何もできないのに気になってしまう。
いつもより塩気が強い気がした昼食だった。

放課後。
一が、草原さんに怒られた話を聞いた。
理由はどうあれ、
一に暴力男の疑いをかけるのは許せない。
誤解を解こうと思うが、私にはできることがない。
このままだと、一は咲のことを気にし続けてしまう。
無意味な悩みが切り離せず、悩んでいると、
忙しい両親がわざわざ寝る前に私の様子を見にきた。
耐え切れずに相談すると、咲の傍にいることを提案された。
それが友人としてできる限界だろうと思い、
実行することにした。
両親は草原 千さんという方に連絡をとり、
話し合った結果、週末だけ宿泊する形に落ち着いた。

一階で待っていると、咲と男性が現れた。

「初めまして。飾間 唯です。
家事は最低限出来ますので、できることがあれば手伝います。
よろしくお願いします」

「土井さん、連絡ありがとうございます。
初めまして。臨時管理人の草原 蓮です。
こちらこそ、よろしくお願いします。
話は聞きました。部屋へ案内します」

優しそうな笑みを浮かべるその人は、
さりげなく咲を一から遠ざけるように立っている。

「唯も一人暮らし希望?」

「そうよ。経験しておいて損はないでしょう」

首をかしげながら聞いてくる咲をみて、
草原さんは表情が変わる。

「咲。知り合い?」

「大切な友人よ」

「そうか。部屋の案内、一緒にくるか?」

「うん。唯、行こう?」

柔らかい笑みを咲へ向けている草原さん。
それは、見ているこちらがむずがゆくなりそうなほど甘い。
咲は私へとびきりの笑顔を向けている。
草原さんはその様子を見て、さらに嬉しそうに目を細めていた。

「お願いします」

先導している草原さんを咲と追う。
見せられた場所はとても広く、
宿泊するだけには贅沢すぎる空間に驚いた。

「広い、ですわね…」

「わかります。
ですが、管理人の意向で一人につき一階、と決まっています。
一階は共有場所。
二階から六階は住まいで、七階は屋上です。
困ったことがあれば、誰かに聞いてください。
では、第二の家だと思ってゆっくり過ごしてください。
鍵はこちらです。
俺は失礼します」

咲と二人だけになった空間。
とりあえず、長椅子へ座ることにした。

「喧嘩しているようには見えないですわ」

「それは…喧嘩中です。
音楽を除けば、穏やかなんですけど。
なんとなく、なぜか避けられていて…寂しいの」

思い出したように落ち込む咲。
すっかり俯いて表情は見えないが、声に生気がない。
膝の上で拳を作る咲。
手入れがされてあるはずの爪は珍しく長く、
食い込んでいる肌には赤い露がのっている。

「最近、弾いてないの?」

「え?」

「爪。あんなに手入れしてたのに」

「あ…」

緩んだ拳を少しだけ広げて、
再び握られないように手を添える。

「鍵盤を動かすだけなら、何とかなりますものね」

「そんなこと…」

「今日と明日は私が作りますわ。
咲は爪の手入れをして、痛そうなそれを治してください」

「唯…ありがとう」

「友人ですもの。当然ですわ」

嬉しそうに可憐に微笑む咲は、ゆっくりと立ち上がる。

「爪の手入れをしてくるね。
道具、部屋にあるから」

「いってらっしゃい。
私は一階で食事を作っていますわ」

「はい。お願いします」

明るい声で駆けて行った咲を見送り、一階へ降りる。

「飾間さん。昼食、どうされますか?
今から作るんですが、召し上がりますか?」

「そうですか。でしたら、私もお手伝いします」

「ありがとうございます」

優しそうな笑みを浮かべている草原さんは、
さっそく取り掛かり始めた。
手際よく終わり、あとは蓋の中が煮えるだけ。
それでも音が聞こえるので見ると、
草原さんが咲の好物を作っている。
見た目も涼しく喉の通りも良さそうなお菓子は、
一番の好物だ。

「草原さん、そちらは…」

「咲、食べるかと思いまして。
最近、元気がなくて。
なにか、できないかな…と。
冷蔵庫に入れておくと、なくなっていますから」

嬉しそうに微笑む表情は、とても温かい。
これが伝われば、すれ違う"何か"が少しは解決するのでは。

「ご自分で渡せばいいのに」

「いえ、俺は…俺が渡しても」

「どうして、そう思うんです?」

急に暗くなった表情。
視線の先には、花と向き合う一がいる。
どうして、ここで一が出てくるのだろう。

「咲は、誰かと演奏しながら歌うのが楽しいと。
前に一度、咲は土井さんと音を合わせています。
彼がきてからは、俺が歌っても嫌そうだったので」

「それ、本人に聞きましたか?」

「いえ。分かっています。
でも、俺にはそれを問う勇気はありません」

冷蔵庫へ丁寧に出来上がったお菓子をいれている。
扉を閉める表情は、生気のない声とは逆で、
とても切ない熱がある気がした。

「それで、咲が泣いていたとしても。ですか?」

「どういうことですか?」

私を鋭い目で見つめる草原さん。
思わずその圧に身を引きそうになる。

「答えてください。お願いします」

必死な声に戸惑っていると、入り口から音がした。

「唯?」

「咲」

「咲!」

部屋へ入ってきた咲が私たちをみて驚いているが、
草原さんは風のように駆けて、
いつの間にか咲の傍へいる。

「咲。この傷はなんだ?手当はしてあるようだが」

「これ、は。さっき家具の角に当たっただけよ」

「そう、か…気をつけろ。
奏者にとっては命と同じだろ。
どこの家具だ。
最近は、当たっても痛くないように」

「蓮。大丈夫だから、ね?」

咲は俯いたまま、草原さんは咲を見つめたまま。
互いの視線が合うことなく、続けられる会話。
聞いているのがもどかしくなる。

「咲。もしかして、いつもこうなんです?」

「うん?そう、だね。蓮、過保護なところがあるから」

それは、あなたにだけだよ…と、言いたくても抑える。
昔、咲に近づこうとした男女の不良集団がいたが、
咲に悪意が届くことはなかった。
うっかりその散らした現場を影から見たことがある。
馴染みの道を通ろうとしたら喧嘩が始まって、
身動きが取れなくなっただけの不運な出来事だった。

「咲には傷一つさせない」

「蓮…」

咲の手へ包むように触れる優しい眼差しの草原さんと、
照れてますます俯く咲。
どうかその視線を合わせて喧嘩をやめてほしい、と願う。

「今、奏絃さんを傷つけているのは草原さんです。
どうか、彼女の話を聞いてください。
お願いします」

「土井さんには、話しているんですね」

何かを抑え殺したような唸る声は、
穏やかな笑みを浮かべている。

「蓮。あのね」

細い声は遠くなる笑みを追いかける。

これは、良くないのでは。
と、思ったが遅かった。
咲の手からはすでに離れたのは、
おそらく咲が望んでいたものだった。

「順調に仲良くなれているようで。よかったな」

「蓮、なにを言っているの?待って」

足早に部屋を出た草原さん。
その背を追う咲の目に迷いはなかった。

「僕、よくないことをした気がします…。
もう、どうしようもないんですが」

「そうですわね。あとは二人の心しだい、です。
私は、これで目的が達成できそうなので安心ですが」

「目的?」

一は、驚いたように私を見る。

「理由はどうあれ、
一に暴力男の疑いをかけるのは許せません。
咲が彼に話せば誤解も解けると思いますから。
二人が落ち着けば、一も咲への心配がなくなって安心です」

「それだけ?」

「それだけ、ではありません。
咲と一と、半分ずつですわ。
咲のあんな顔、できれば見たくありませんから」

「唯。ありがとう」

気づけば、温かな何かに包まれていた。
それが一の腕だと気づいたのは、
頬へ触れた柔らかな何かで意識がはっきりしてからで。

「僕、唯が好きです。
優しいところも、僕の気を留めようとしているところも」

「どうして、そうなるんですの」

「僕には、奏絃さんより私を見て…と、聞こえました。
可愛すぎです。襲われたいんですか」

ますます強くなる拘束。
知られたくない本音を当てられても、
逃げることができない。

「離してください。一、お願いですから」

「唯、あのね」

入り口が開いたと同時に聞こえた明るいその声に、
思考がとまった。
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