幸せという呪縛

秋赤音

文字の大きさ
上 下
60 / 147
恋嵐

3.反省した結果

しおりを挟む
「和人。浮兎たち、喧嘩するたびに街を壊しすぎだと思う」

最愛の浮兎は、仕事から帰ると落ち込んだ表情でそう言った。
おそらく、誰かに何か言われたのだろう。

「浮兎…それは、同意する。が、我慢できないこともある」

心当たりは、ありすぎる。
しかし、気持ちは言わなければ伝わらない。
譲れないところを我慢して、
最悪が起こるよりはいいはずだ。
そう思っている。

「それは、分かる。
けど、住んでいる人の安全を脅かすのは良くないと思う。
浮兎、もっと感情を制御できるように頑張る」

そう言って、浮兎はいつものように食事の支度を始めた。
浮兎の憂いは全てなくしたい。
俺にできることもありそうなので、考えることにした。

「浮兎。一緒に考えよう。俺も、感情の制御をしないとな」

「ありがとう!和人、大好き」

ぎゅっと抱きついてくる浮兎を腕に閉じ込めた。
無邪気で晴れやかな笑顔で見上げてくる浮兎が可愛いすぎる。

「二人の問題だから当然だ。
大好きな浮兎のためなら何だってできる」

その後は、一緒に夕食を作った。
いつも通りに食卓へ運ぶ前に、一つお願いをした。
許可が出たので実行する。
今日はなんとなく食べさせたい気分だったので、
膝の上にのせた。
嫌がる素振りは見せながらも受け入れてくれる浮兎が、
ただただ愛おしい。
照れで赤く染まっている頬と潤む瞳は、
どんな果実と比べられないほどに甘い。

「浮兎ばかり…和人も食べて。
この状態だと食べにくいだろうから…口、あけて?」

「ありがとう。ん…美味しい」

「よかった」

そうして最後の一口まで食べる。

「ごちそうさま」

「ごちそうさま」

皿が空になると、嬉しそうに微笑む浮兎は、
満たされた表情に眠気が雑じる。

「眠い?」

「少し…」

今日は風が吹かないので、魔法を使う要請がでた。
農業は特に風が頼りの機械が多いので、
安定した食料を得るには風が欠かせない。
強弱を調節しながら風を使える浮兎は、よく呼ばれる。
今日は、物理的な移動もあったせいか、かなり疲れていた。

「だろうな。あとは、全部俺に任せて?」

「うん。お願いします」

そう言うと、肩にもたれて眠り始めた。
想像よりもかなりの眠気を我慢していたのだろう。
大きな皿一つで済む料理にしてよかった。

まずは、浮兎を抱き上げてソファへ寝かせる。
用意されていた着替えを持ってきて、
手早く身を清めて着替えさせた。
寝床へ抱き上げて連れていき、寝かせる。

「おやすみ」

一度も起きることはなく、規則的な寝息が聞こえていた。
先に風呂は済ませていたので、
片付けた後は、すぐに浮兎が眠る隣へもぐりこんだ。

そんな日が数週間も続き、俺は限界がきた。
浮兎が帰る前に、友人へ決めた合図を送る。
予想通りの疲れ具合で帰ってきた浮兎を見て、
やってよかったと心から思う。

「浮兎。ごめん。俺、もう無理」

「和人?」

いつからか、順番に風呂を済ませた後で、
食事をするのが習慣になっていた。
久しぶりに隣で食器の片づけを終えた浮兎を抱きしめる。
突然のことに戸惑う瞳が俺を見る。

「明日から、家から出ずに仕事しよう。
光も風も、制御さえすれば、どうとでもなるから。
それに、自治も監視員の仕事の一つだよ」

難しい場所の依頼ばかりくる理由もわかる。
しかし、限界がある。
監視員たちは、強い者だけが選ばれている。
協力すればできるはずだ。

「和人!待って…浮兎たちだけで決めていいことでは」

慌てている浮兎の意見は正しい。
だから、監視員の管理者へ事前に確認して、許可をもらった。
なぜか怖がっている様子だったが、俺には関係ない。

「大丈夫だよ。許可はもらっているから」

「かずひ…っ、ぅ…、や、ぁ…っ」

浮兎の言葉を紡ごうとする唇をふさぐ。
仕事から浮兎を離したかった。
抵抗する様子がなくなり、ゆっくりと唇を離す。
甘くとろけている瞳は、おりる瞼によって隠された。

「浮兎。疲れただろ。今日はもう寝よう?」

「うん…」

俺の首に腕を回した浮兎を抱き上げ、そのまま寝床へ向かう。
部屋へ着くころには寝息が聞こえていた。
起こさないようにゆっくりと降ろして寝かせ、
その隣に入る。

「おやすみ」

久しぶりに快眠した翌日。
外から玄関を叩く音がしたが、少しすると止まる。
おそらく、諦めて帰ったのだろう。
浮兎が屋上にいるときでよかった。
見えない薄い氷で音を遮断してもらったから、
外の声は届いていないはずだ。
烈華は、光の結界に炎を纏わせてくれた。

問題なく仕事を終わらせた俺たちは、
久しぶりに屋上で星を眺めながら晩酌をした。
そして、程よい疲労感と共に眠った。

連日の疲れ方が異常だと思い相談すると、
協力を申し出てくれた友人に改めて感謝する。
調べた結果、
現場にいる監視員に仕事を押し付けられていることが分かった。
良心で引き受けている浮兎に聞かず、
自分勝手な計画を実行していいか悩んでいた。
結局は実行すると決めたが、
一流と烈華は快く手伝ってくれた。
みんなで浮兎を守ろう、と言ってくれたのだ。



同刻。

眠ろうと思い、家の中にいるはずの一流を探す。
寝室へ向かう途中にある窓辺に立ち、
空を見上げる一流を見つけた。
私に気がついた一流が、こちらへ近づいてくる。
あえて動かず待っていると、一流は私の腰へ腕を回した。
見下ろした先にある瞳は、なぜか不安そうにみえる。

「浮兎。よく眠れているといいわね」

「和人が一緒ですから心配ないです。
私たちも寝ますよ」

一流の小さな背をゆるりを撫でると、そっと離れて歩き出す。

「一流の憂いを消しただけですよ」

窓の向こうへ、つぶやいた。
今頃は微睡の中にいると願う友人を思う。
寝室に入ると、一流が私を見た。

「烈華。何を考えているの?」

鋭い視線が私を射抜く。

「家から出ずに仕事をするのも、いいかもしれませんね」

「できることなら…確かに。いいわね」

一流はわずかに驚いて三度まばたきをした後、
子供が悪戯を考えるような無邪気な笑みを浮かべた。



星が瞬く街の食事屋では、
片手に怪我をした男たちが嘆き合っていた。

「あのドア、おかしいです。
なんで触っただけで火傷するんですか」

「姿が見えるのに声が届かないなんて…喉が痛い」

「今まで楽したツケか…」

「浮兎も悪いです。
頼んだら全部引き受けるから」

「まあ、そう言うな。
性格知ってて頼んだ俺らも悪い」



それぞれに何かを思い、
今宵も明けの空へと時間は過ぎていく。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

JC💋フェラ

山葵あいす
恋愛
森野 稚菜(もりの わかな)は、中学2年生になる14歳の女の子だ。家では姉夫婦が一緒に暮らしており、稚菜に甘い義兄の真雄(まさお)は、いつも彼女におねだりされるままお小遣いを渡していたのだが……

長い片思い

詩織
恋愛
大好きな上司が結婚。 もう私の想いは届かない。 だから私は…

処理中です...