幸せという呪縛

秋赤音

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恋嵐

1.お茶会がしたい

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「どこ行くんだよ!」

とある家のドアが開く。
爽やかな雲のない空へ、大きな声が消えていく。

「浮兎、一流と遊びたい…」

今にも駆け出しそうな女性の腕を男性がつかみ、懸命に止めている。
男性へ振り向いた女性は、
寂しそうにうつむいた。
光の魔法使いの和人と、風の魔法使いの浮兎だ。
頻繁に喧嘩をすることで有名で、
試験を狙う候補生は彼らの動向に注目している。

「いいや。浮兎は俺と遊ぶんだ」

「どうしてもダメ?」

今にも泣きそうな声の浮兎は、潤んだ瞳で和人を見上げる。

「う…だってさ」

「うん」

声の小さくなった和人を、浮兎がじーっとした目で見上げる。

「先週、"男子禁制"って言って二人でお菓子食べてただろ」

和人は浮兎の姿をみて、気まずそうに目をそらす。

「そうだけど…週に一回くらい、いいでしょ?」

浮兎は頬をふくらませ、拗ねたように和人を睨む。

三週間に一度は聞く会話。
始まる度に怯え始める民と、試験の準備を始める監視員を目指す者たち。
今日も、また、始まるかもしれない試験へ備える。
ある民は頑丈な建物を探し、ある者は所持している道具の確認をする。

「その間、俺は浮兎と一緒にいられないから嫌だ!」

浮兎が発した言葉に、和人が吠える。

「だいたいの時間は一緒にいるでしょ?」

和人の言葉に、浮兎は呆れた表情でため息をついた。

「だいたい、だろ!
俺は、いつも一緒がいい」

「気持ちは嬉しいけど、たまには自由に遊びたい!」

少しずつ温度が上がり始めた、その時。

「浮兎。用意はでき…てないのね。
今日は帰ろうかしら?」

軽やかな足音と共に、
涼やかな声の女性が現れた。
水の魔法使いの一流だ。
困惑が混じる柔らかな笑みを浮かべている。

「一流!ここまで来させてごめんね!
行こう」

水の魔法使いの一流が現れると、
すぐさま近くへ行き抱き着いて一流を見つめる浮兎。
豊かで柔らかな二つのふくらみが、一流のそれとぶつかっている。
そこに、なぜか卑猥さはなく、
ただ美しいだけの曲線に視線を奪われそうになる。

「浮兎!待って!」

和人は浮兎を追いかけようとするが、
風の壁に阻まれる。

「夕方までには戻るから」

壁ごしに、一方的に話を終わらせた浮兎。

「いいの?」

「いいーの。一流、行こう」

浮兎が抱擁を解き、二人は和人へ背を向け、街の方へ一歩ずつ進み始める。

「一流…一流ばっかり。
浮兎!俺もお茶会に誘えよー!」

ついに感情が爆発した和人。
強い光が宙へ線を描きながら、まっすぐ一流へ向かっていく。

「浮兎も大変ね」

一流は表情は変わらないまま、
その光を背後に出した氷の壁で受け流す。
散らばった光は、矢のように周囲へ飛んでいく。
飛んだ光は、民を守るように現れた氷の壁にぶつかって、
さらに散らばっていく。
すると、光魔法の監視員が民を守る行動をとる。
避難誘導はすでに始まっていた。

「浮兎!浮兎-!」

背後で大きくなる魔力を気にせず進む浮兎と一流。
新たな光が一流へ向かおうとした、その時。

「熱っ!烈華…どうして」

足元に現れた微量な火花で光を止めた和人。
驚いている浮兎と一流の前に現れたのは、鋭い雰囲気を纏う烈華。

「烈華…今日は、仕事があると言っていたわ」

きょとんとした表情で烈華を見る一流と、
突然だが援助に感動する浮兎。

「一流。確かに、今は仕事の移動途中です。
ですが、ここは任せてください。
壁はそのままでお願いします」

「ありがとう」

「烈華。ありがとう」

仲の良い二人を見送った烈華は、足元に軽い火傷のある和人を見る。
その瞳は、見るだけで凍りそうなほど冷たい。

「さて」

「烈華」

「和人。友人といえど、許せないこともあります」

瞳の温度とは逆に、穏やかな声が宣戦を予感させる。

「そ、その…悪かった!つい、かっとなって…もう、しないから」

冷静になった和人は必死に謝るが、烈華の温度を下げるだけになっている。

「一度、業火に焼かれてみますか」

「ま、それだけは!しゃれにならないから!」

懇願は空しく、一流へ光を向けた手のひらだけが勢いよく燃えた。

「あ、あああああああああ」

燃え広がることなく消えた炎。
痛みで地面へころがり悶えるAの傍へ歩き、
その様子を見下ろす烈華。

「和人。これを見てください。
先ほど買い上げました」

「…あ?わかったのか!」

痛みがないような様子で飛び起き、
渡された写真を燃えていない手で受け取る和人。

「はい。ようやく出元が分かったので、回収しました。
二度としないよう、書面も残してあります。
違反した場合は、それなりに痛い目にあってもらいます」

「なら…もう」

何かを期待して烈華を見る和人だが、烈華は厳しい瞳で静かに首を振る。

げんなりとした表情の和人と烈華。
会話は続けながら鋭い目線を周囲に向け、
この現場で隠し撮りをしていたであろう人物たちを魔法で捕らえている。

「だな…全部回収できそうか?」

「同感です。
自分の魅力が分かっていない様は、見ていて不安になります。
それは、私たちも同じだと知りました。
お互い、気をつけましょう」

「ほんと、だな。
浮兎にいらない心配かけて、俺は…回収がんばろう!」

「はい。ああ…そういえば」

一瞬、こちらに視線が向けられた、気がした。
同時に、違和感のある足首。
そこには、温度のない赤い輪がある。
野次の傍観が過ぎたかもしれない。
おそらく、少し離れた先からきた魔法が、自分の足を止めている。
周囲を見渡すと、いつの間にか誰もいなくなっている。

「なんだよ」

「回収に役立ちそうな人を見つけましたよ。
説得してきますから、そちらはお願いします」

「任せろ!そっちは頼んだ」

「はい」

和やかな雰囲気の会話が終わると同時に、近づく足音。

「それなりに殺気は出ていたと思いますが、怖くないのですか」

さっきまで見ていた人が、目の前に現れた。
品定めするような視線が自分を見ている。

「確かに、驚きました。
でも、自分は偶然通りがかっただけです。
何も見ていないし、何も聞いていません。
もう好奇心で見たりしませんから、
見逃してください…お願いします」

逃げる手段はない。
と、なれば。素直に話すしかない。
自分に思いついたのは、策略もなにもない行動だった。

「君、あれを聞いていたのですか?」

「あ…は、はい。ですが、忘れます!
今すぐに忘れます。
何も聞いていません」

烈華は驚いた表情の後、わずかに喉が唸っていた。

「この距離であれが聞こえていた…と。
君。監視員になる気はないですか?
もちろん、訓練からですが」

「どういうことですか?」

突然の話に、思わず聞き返す。

「ゆっくりでいいので、考えてみてください。
君の視力と聴力は人並み以上だと思われます。
とりあえずは、今回のことに協力していただけますか?
聞かれたからには、野放しにできません。
抹消されるか、協力するか…選んでください」

ただの平民である自分に、選ぶ余地はなかった。
生きる上で、好奇心はほどほどにしよう。
そう、胸に深く、深くに刻んだ。
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