幸せという呪縛

秋赤音

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始まらない御伽噺

2.守りたいのは、

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翌日。
珍しい光景から一日は始まった。

授業で使う道具が多いらしく、手荷物が多い姫羅たち。

「磨希子、よかったら、僕が少し持ちます」

「いいの?いつもありがとう」

いつも通りの微笑ましいやり取りに笑みがこぼれる。
家同士の都合で決まった婚約だが、幸せそうな姿に安堵する。
隣にいる巳化牙を見上げると、
目を細めて遠くを見るように眺めていた。

「巳化牙?」

「あ、いや。平和だな、と。
この間のことを思い出していた。
人に何かを任せることが少ない枝創子が、
素直に甘えてくれるのは嬉しい」

姫羅たちを見たまま、真顔でそう言う巳化牙も私と同じ。
理由は違うが、自分のことは自分でする習慣のおかげか、
頼み事をするのがとても苦手。
そんな彼が、困ったときに声をかけてくれるのは嬉しい。
少しでも肩の荷が下りればいいと、友人として願う。

「え」

ふと、巳化牙が驚いた声を出す。
そちらに目を向けると、和真が姫羅に手を差し出している。
たまに見る風景だが、一つ違うことがある。
いつもなら静かに首を振る姫羅が、視線を泳がせている。

「姫羅。途中まで、少し持ちます」

「和馬、いい…え、えと。
はい、お願いします」

まるで絵に描いた恋人のような様子で二人は、
先に歩き始めている磨希子と化煙を追いかけていった。
見送りの後、二人で寮の戸締りや火の元を確認する。

「姫羅、やはり元気がなかったようだわ。
磨希子が、電話の後の様子がおかしかったと」

「和真も同じだ。
だが、和真が電話を終えた後で姫羅と話をしていた。
悩んではいる様子だが、少しはマシになっていた」

話しながら要所の確認を終え、
最後に玄関の鍵を閉める。

「よかったわ。姫羅も、まあ元気そうですし」

「ああ。
私たちは、今まで通り、これからも見守るだけだ。
そういえば、両親から私たちの婚約の話は聞いたか?」

巳化牙は、少し首をかしげながら聞いてきた。
いかにも優しそうな容姿によく似合っていて…ではなく、
婚約。
さらりと、人生に大きく関わる言葉が出てきた。
慌てそうになる思考を落ち着かせる。
私だけを見つめている不安そうな巳化牙の指先は、
上着の裾を強く握りしめている。

「婚約?知らないわ」

理過子が跡取りに決まったときもそう。
磨希子のときも、ほぼ決まったような状態で知らされた。
幸い、今の所は苦しさを伴う決断はされていない。
私も磨希子も跡取りに興味はなかった。
磨希子の婚約相手は、気が合う馴染みの知り合いだった。
今回もそうならば、おそらく私に拒否権はない。
一番早く生まれて、
一番遅くまで恋情に興味も持たず親しい異性の気配がない私を、
両親は嘆いていた。
過去に一度だけ、医者に連れていかれたこともあった。
周囲もそれなり行動をする年齢になっても、性への興味以前に
初歩的な関心すらない様子をみて病を疑ったから。
最近は、なぜか小言がないと思ったら…。
しかし、こうなると、もう、どうしようもない。

「すでに、婚約の儀を行う日時も決まっている。
一年後だから、少し先ではある。
両親はともかく、私は無理強いしたくない。
だが、私は、叶うなら隣にいたいと、願っている。
兄たちのように家業はできないし、特別得意なこともない。
結婚しても生活は今と変わらないが…
大切な友人の、枝創子の平穏を守りたい。
枝創子、私の妻として、隣にいてくれないか?」

その真剣な眼差しと問いに、私はーーー
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