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穏やかな日々
帰る場所
しおりを挟む11月11日、「恋人たちの日」記念。
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水守 樹里は、生まれた時から歩く道が決まっていた。
国王の専属従者という名誉ある立場が約束され、
そのためだけに色々な勉強をするよう、様々なものが与えられた。
年に二度ある名家の集まり。
両親が大人に囲まれて話をする中、
誰一人と自分を気にかけないことを逆手に取り、静かに庭を出た。
それが、彼との始まりだった。
「雪代の者がこちらにいていいのですか?」
「いい、のだと思います。問題なく宴は続いていますから」
確かに、と私も思った。
酒を飲みかわし語り合っている半分は、腹の探り合いと各々の自慢話。
長ではない子供に直接の用はない。
「水守様こそ、こちらにいていいのですか?」
「雪代様と同じことを考えています」
「そうですか」
そう言ったのを最後に、彼は夕日が照らす木々を見つめている。
「雪代様、あの・・・」
「アヤト、でいいです。綾に十でアヤト」
橙に染まる横顔に話しかけると、こちらを向いて微笑んだ。
「綾十様。私のことも、樹里でお願いします。樹に里でジュリ」
「綺麗な名前ですね」
目を細めて、慈しむような目で、そう言った。
初めて言われたことに驚き、恥ずかしくて話題を変えようと思う。
「ありがとうございます…綾十様は、木がお好きですね?」
「え?…はい。庭の手入れをしているうちに、
良き友人のような存在になりまして。
分家の、しかも兄弟の末子なので、自由に過ごさせていただいてます」
私は、穏やかな瞳で慈しむように木々を見つめる彼に魅入っていた。
その自由さが眩しかった。
そして、こんなにも温かい場所があるならば、
きっと、どんな死地からでも戻ろうと思えるかもしれない。
…なんて、甘い幻想を抱いた。
それからは、なぜか彼とよく会うようになる。
自宅の庭の手入れによく来るからだ。
なんとなく、理由を聞いてみた。
「綾十様、といったか?
初めは名家の縁で気まぐれに呼んだが、
他の庭師より出来栄えと成長が美しい」
お父様はそう言っていた。
「そうだ。年も近いし、来られた時は、樹里が相手をしなさい」
「わかりました」
命令もあり、私と彼は自然と会う機会が増えた。
宴のときも、二人で席を抜けても叱られたことがない。
親公認だと割り切って、私は、募る思いを自覚時ながら、
つかの間の幸せな逢瀬を楽しむ。
時が経ち、私は【睡蓮】の二つ名をいただき、
国王様の専属従者になった。
彼は兵士になったと聞く。
しかし、雪代の長女が【詩詠み】になった後、
本家へ跡取りとして養子になったと聞かされた。
そして、久しぶりに参加する宴。
互いに環境が変わって初めての再会をする。
「お久しぶりです。綾十様」
「お久しぶりです。樹里様」
彼は、私に近づいて、寒い時期に咲く白い花を模した髪飾りを私にくれた。
私も、用意していた氷で水を閉じ込めた水晶を渡す。
彼も私と同じ魔法が使えるのに、効果が違うらしい。
私が渡したそれを、大切そうに抱えている。
「いつもありがとう。これをあげると、木が嬉しそうで」
「いえ。これくらいなら、いつでも言ってください」
彼の笑顔につられて笑う。
専属護衛になってからは、
人を助けるために魔法が使えることがますます嬉しかった。
なにより、彼のために何かできることが、とても嬉しいから。
彼が笑うたび、何かしたいという思いは強くなるばかり。
向かい合い挨拶をしていると、お父様が近づいてきた。
「これからは、様なんていらないですね?雪代様」
「そうですね。水守様」
私たちが困惑していると、そうだった…といった顔で笑う長たち。
「「二人は、婚約することになりました。
お二人は宴が終わるまでゆっくり、お話ください」」
私たちは、言いたいことだけを言って去る大人の後姿を見送る。
「・・・驚いた」
「はい・・・」
互いに呆然とつぶやく。
彼の様子が気になるので、隣を向くと、ちょうど、目が合った。
「驚いたけど、嬉しい」
「はい?」
おそらく今の私は、間抜けな顔をしている。
彼が、本当に嬉しそうに笑うから。
明らかに政略結婚だというのに、
どこに嬉しい要素があるのかわからない。
「たぶん、気づいてないと思うけど。
初めて会った時から、ずっと、好きだった。
だから、お父様から話を聞いて、すぐに了承した。
”樹里様が安心できる場所になってほしい”…
それが、水守家の長様の願いだと言っていた。
私に、その願いを叶えさせてくれませんか?」
それは、いつかに抱いた甘い幻想そのものだった。
「私を待つというのですか。
この立場です。どんな所へ行くかも分かりません」
どこへ行こうとも、死と隣り合わせの、おそらく、
ある意味だと一番安全で、一番危険な席に座っている。
「はい。待っています。
でも、一人は寂しいので、必ず帰ってきてください。
私も兵士です。しかし、必ず、樹里様の元に帰ります」
固い決心がにじみ出るような声と瞳に、魅入られる。
おそらく、いくら願いを隠しても両親には分かっていたのだろう。
完敗だ、と思った。
「では、私も綾十様を待っています。
一人は寂しいので、必ず帰ってきてください」
「樹里様…では」
「もう、様はいらないと思います」
「・・・本当に」
驚く彼に、震える声で、言葉を重ねる。
永遠に約束される安息に、嬉しさと怖さが混じる。
「不束者ですが、これからも、よろしくお願いします」
「こちらこそ、不束者ですが…って、どうして笑うんだ」
大切な宝を見るように私を見つめる彼の頬には、
瞳の端から流れる一筋の涙。
「いえ。ごめんなさい。嬉しくて・・・」
「・・・笑いながら泣くって、樹里は器用だね」
「それは、お互い様では?ねえ、綾十」
それから、私たちは、どちらともなく抱き寄せ合った。
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