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愛を求めて
7.ずっと一緒に
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魂が新しい器に定着するまで二か月。
そこから、馴染むまで、もう十か月。
そして、新しい器が”その人”になるまで、そこから二年。
私は待った。今までのことを思えば、とても短い時間だった。
長く辛抱したかいもあり、ついに彼を手にしたのだから。
「ここは…私は、死んだはず。なぜ…」
「私が、あなたを望んだからです」
棺から起き上がった彼は、ぼんやり正面を見ていた目を私に向けた。
「あなたは、誰ですか?」
まるで、初めて会った日のようだと思った。
「私は、アルヴァと言います」
「これは、罪への裁きでしょうか?」
彼は、真面目な顔をして、そう言った。
「いいえ。これは、今までの功績を讃えた褒美です」
そういうと、彼は顔を歪めて笑った。
その、棘のある哀愁と悦びごと、抱きしめる。
「大変でしたね。よく頑張りました」
「私は、私の願いのために…欲深く、だから」
肩に落ちる冷たい水が心地よかった。
泣きたいだけ泣けばいい、そう、思う。
「はい。あなたは、とても欲が深い。
同じくらい優しいことも、知っています」
彼の知る「私」に姿を変えて、抱きしめた腕をゆるめて、
彼を見つめた。
「ルナ?」
「はい」
「私は、わたし、は…」
「うん。もう、いいんだよ」
すると、彼の腕が私を引き寄せ、抱きしめられた。
「…っ。つらかった、痛かった、かなしかった」
「うん」
「あいたかった」
「私も、会いたかった」
「どうしようもなくて。だから、神様をよんでしまった。
悪いと知っていた。
結果はどうあれ、禁忌を破ったんだ」
落ちる涙とこぼれる言葉に、ただうなずく。
「それでもいいと思う。雷が動いたから、国は、世界は変わった。
あなたが芽吹かせた葉を、子供たちがきっと優しい花に咲かせてくれる」
「でも、人は自分勝手だから」
「うん。だから、ここで一緒に見守ろう」
私の言葉を聞いて、ますます力のこもる腕が嬉しい。
「彼らが道を外れそうになったら、一緒に叱ってくれる?」
「もちろん。褒めるときも叱るときも一緒」
「ありがとう」
おそるおそる、腕をゆるめて私を見つめた彼は、
小さな声で私に応えた。
落ち着いた彼に、私は、一つの懺悔をする。
「アルヴァって名前を憶えている?」
「光の神様だろう?」
「うん。私、ほんとは、アルヴァっていうの」
「…そう、だったのか」
当たり前のように驚く彼は、私を穴が開きそうなくらい見つめてくる。
「嘘をつく私は嫌い?」
「いいや。誰だって書く仕事の一つはある。
何か理由があったのだろう。
それに…身を晒すのは危険だったはず」
「うん。その通り。でも、ごめんなさい」
「どうして、そこまで気にかけてくれるの?」
不思議そうに問いかける彼に、私は伝える。
「あなたが好きなの。強欲で、優しくて、臆病な雷が」
自分の弱いところを良いことのように言われるのは、
複雑かもしれない。
でも、本当のことだから。
「…私も、ルナが好きだった。
わがままで、おおらかで、儚いところに惹かれていた」
予想をしていない言葉を彼が話した。
穢れていた私ごと受け入れている自覚はなさそうなのは、
彼の罪かもしれない。
言葉を交わすたびに、好きが積もってゆく。
「神様だとしても、この気持ちに変わりはない」
「澪を追いかけていたのは」
つい早口で問い詰めるように言った私の声に、
気まずそうに目を泳がせ、恥ずかしそうにする彼。
「彼女は、なんとなく似ている気がして。
彼女を見ながら、ルナのこと考えていた。
もう会えないと思って、身代わりにしていた。
今思えば、彼女にも、ルナにも、
かなり失礼なことをしてしまった」
懺悔をする様子に力がぬけた。
彼は誰とも、王妃とすら夜を共にしていない。
彼は人の手前だけ、女性へ積極的にふるまっていたが、
そうでなければ不用意な接触を避けていた。
「もうしない?」
「ルナが、異性として私だけを選んで、一緒にいてくれるなら、しない」
まっすぐに私を射抜く強い眼差しには、ほの暗い色も見えたが、
それも含めて心地よい熱を受け入れる。
「では、誓いの口づけを」
私は、彼の首筋に手を添えて、目をとじる。
ゆっくりと、触れるだけの口づけが離れると、
名残惜しくて自分から追いかけた。
触れた唇をそっと離して彼をみると、戸惑いながら、照れていた。
「…ずっと、一緒にいてください」
懇願する瞳に、私はもう一度口づけをして、告げる。
「一生、離さない」
光の女神の穢れと憂いを祓ったアスカ国の王。
無自覚だが、その身をもって世界を安定に導いたことは、
神たちだけの伝説となった。
そこから、馴染むまで、もう十か月。
そして、新しい器が”その人”になるまで、そこから二年。
私は待った。今までのことを思えば、とても短い時間だった。
長く辛抱したかいもあり、ついに彼を手にしたのだから。
「ここは…私は、死んだはず。なぜ…」
「私が、あなたを望んだからです」
棺から起き上がった彼は、ぼんやり正面を見ていた目を私に向けた。
「あなたは、誰ですか?」
まるで、初めて会った日のようだと思った。
「私は、アルヴァと言います」
「これは、罪への裁きでしょうか?」
彼は、真面目な顔をして、そう言った。
「いいえ。これは、今までの功績を讃えた褒美です」
そういうと、彼は顔を歪めて笑った。
その、棘のある哀愁と悦びごと、抱きしめる。
「大変でしたね。よく頑張りました」
「私は、私の願いのために…欲深く、だから」
肩に落ちる冷たい水が心地よかった。
泣きたいだけ泣けばいい、そう、思う。
「はい。あなたは、とても欲が深い。
同じくらい優しいことも、知っています」
彼の知る「私」に姿を変えて、抱きしめた腕をゆるめて、
彼を見つめた。
「ルナ?」
「はい」
「私は、わたし、は…」
「うん。もう、いいんだよ」
すると、彼の腕が私を引き寄せ、抱きしめられた。
「…っ。つらかった、痛かった、かなしかった」
「うん」
「あいたかった」
「私も、会いたかった」
「どうしようもなくて。だから、神様をよんでしまった。
悪いと知っていた。
結果はどうあれ、禁忌を破ったんだ」
落ちる涙とこぼれる言葉に、ただうなずく。
「それでもいいと思う。雷が動いたから、国は、世界は変わった。
あなたが芽吹かせた葉を、子供たちがきっと優しい花に咲かせてくれる」
「でも、人は自分勝手だから」
「うん。だから、ここで一緒に見守ろう」
私の言葉を聞いて、ますます力のこもる腕が嬉しい。
「彼らが道を外れそうになったら、一緒に叱ってくれる?」
「もちろん。褒めるときも叱るときも一緒」
「ありがとう」
おそるおそる、腕をゆるめて私を見つめた彼は、
小さな声で私に応えた。
落ち着いた彼に、私は、一つの懺悔をする。
「アルヴァって名前を憶えている?」
「光の神様だろう?」
「うん。私、ほんとは、アルヴァっていうの」
「…そう、だったのか」
当たり前のように驚く彼は、私を穴が開きそうなくらい見つめてくる。
「嘘をつく私は嫌い?」
「いいや。誰だって書く仕事の一つはある。
何か理由があったのだろう。
それに…身を晒すのは危険だったはず」
「うん。その通り。でも、ごめんなさい」
「どうして、そこまで気にかけてくれるの?」
不思議そうに問いかける彼に、私は伝える。
「あなたが好きなの。強欲で、優しくて、臆病な雷が」
自分の弱いところを良いことのように言われるのは、
複雑かもしれない。
でも、本当のことだから。
「…私も、ルナが好きだった。
わがままで、おおらかで、儚いところに惹かれていた」
予想をしていない言葉を彼が話した。
穢れていた私ごと受け入れている自覚はなさそうなのは、
彼の罪かもしれない。
言葉を交わすたびに、好きが積もってゆく。
「神様だとしても、この気持ちに変わりはない」
「澪を追いかけていたのは」
つい早口で問い詰めるように言った私の声に、
気まずそうに目を泳がせ、恥ずかしそうにする彼。
「彼女は、なんとなく似ている気がして。
彼女を見ながら、ルナのこと考えていた。
もう会えないと思って、身代わりにしていた。
今思えば、彼女にも、ルナにも、
かなり失礼なことをしてしまった」
懺悔をする様子に力がぬけた。
彼は誰とも、王妃とすら夜を共にしていない。
彼は人の手前だけ、女性へ積極的にふるまっていたが、
そうでなければ不用意な接触を避けていた。
「もうしない?」
「ルナが、異性として私だけを選んで、一緒にいてくれるなら、しない」
まっすぐに私を射抜く強い眼差しには、ほの暗い色も見えたが、
それも含めて心地よい熱を受け入れる。
「では、誓いの口づけを」
私は、彼の首筋に手を添えて、目をとじる。
ゆっくりと、触れるだけの口づけが離れると、
名残惜しくて自分から追いかけた。
触れた唇をそっと離して彼をみると、戸惑いながら、照れていた。
「…ずっと、一緒にいてください」
懇願する瞳に、私はもう一度口づけをして、告げる。
「一生、離さない」
光の女神の穢れと憂いを祓ったアスカ国の王。
無自覚だが、その身をもって世界を安定に導いたことは、
神たちだけの伝説となった。
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