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【第一章】祈り
82.穏やかな始まり
しおりを挟むあれから、世界が不況を脱して、訪れた芽吹きの季節。
不況へ備えた学習も加わって一年が経つ各国の学び舎には、
苦しみを乗り越え得た教訓と思いを繋ぐ新たな生徒が門をくぐった。
「ヴァン先生」
「はい。一壬さん、なんですか?」
肌寒さが残る、柔らかな日差しの下。
緊張で動きが固い生徒たちを、
見晴らしのいい研究室から眺める一壬。
意識が戻った後、魔力が安定すると、魔法を使う前にすぐに聖魔法は封印した。
今のところは隠せているが、それも時間の問題だった。
「理事長様、先生と雰囲気が似てますね」
「ヴァルド家とクレイド家は従兄弟だから、まあ、当然ですね」
「そうなんですか?申し訳ありません。知りませんでした」
ヴァンは、眉間にしわをよせた。
「レオンさんから聞いていなかったのですね。
アスカの者が率先して調べるのも気を遣うでしょうから…
ですよね、レオンさん?」
「……はい。忘れていました。申し訳ありません」
呼ばれて肩を縮ませたレオンは、首を垂れていた。
「レイアさんにも後で言っておかないと、ですね。
さて、お二人とも。そろそろ市街の視察に行きますよ。
貴重な聖魔法の痕跡が消えないうちに調べなければいけません」
「「はい」」
レオンとレイアは、学院を卒業した後は研究員として学びを続けている。
レイアの婚約者のフィンも、護衛を兼ねて在籍している。
卒業前に、レイアとレオンは両親と共に、次期王座について最終決断をした。
レイアは、現国王の補佐をしながら、王座への道を。
レオンと一壬は、時期国王を支えることになった。
「一花、今日は西の方へ行きませんか?
民から気になるお話を聞きました」
不況がきっかけで始まった御用聞きは、今も続けられていた。
卒業後に研究生として在籍する者へも含めて、
学習の一つに組み込まれている。
「はい。エルナの意見に賛成です。
そういえば、北の方からも、気になるお話がありました」
「西に行った後、北へ向かいますか?」
「…フレイ。そんなにくっつかなくても、いいのでは?」
「私は傍に立っているだけです。
手には触れていますが、魔力の状態を知るために必要なことです。
エルナ様こそ、腕にべったりしなくてもいいのでは」
一花が魔力暴走で倒れて以降、フレイとエルナは過保護になっていた。
監視の意味も少しはあるが、その気になれば魔法具を通して分かるので
、ほぼ私欲に近い。
三人だけになると始まる視線のぶつかりは、一花を間にはさんで行われる。
「そのうち、簡単には会えなくなるのだし、今はいいでしょう。
無詠唱で魔法を使える一花なら、手がふさがっていても問題ありません。
暴漢なら、近づく前に私が魔法で跳ね返します。
三人しかいないときくらいは、許してください」
「・・・・・」
留学したときからあったらしい噂の一つ、”騎士様のお気に入り”。
幼いころに出会った人だけを想っている…いかにも女性が好みそうな内容だった。
一花が知ったのは、つい最近。
悩んでいると、その内容を誰を指すかは、エルナがこっそり教えてくれた。
まさか自分のことだとは思わなかったが。
「視察に行かないと、先生に叱られます」
「西と北でしたね。一花、行きましょう」
「何かあっても私が対応するので、安心してください」
そして、三人は手をとり合わせて、目的地へと転移した。
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