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【第一章】祈り
35.国賓留学生として
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談笑する生徒たちのにぎやかな声がする試験場。
そこへ、小走りで来た一壬は額から汗を流し、頬から首筋につたう。
体温が上がり赤らむ頬と、申し訳なさそうな憂いの表情に、
そこにいる生徒の誰もが目を向けた。
「お待たせして申し訳ありません」
「いえ。ちょうどいいタイミングですよ。
替えの水晶を探すのに手間取っていまして。
では、空間へどうぞ。呼吸が整ったら言ってください」
一壬は、空間の中に立ち、深く深呼吸する。
迎え入れてくれたクレセント国の王族と、
今は離れている家族を思い出し、気を引き締めた。
「お願いします」
「今日は使い慣れたスペルで構いません。では、始めます」
さっきとは一転し、背をまっすぐ正して正面を見据える一壬は、穏やかな声で詠唱する。
「【蛍灯】」
すると、たくさんの淡い小さな光が点滅しながら漂い、地面に陰陽を作りながら、あたりを照らす。
「【水鞠】」
視線を正面に唱えると、たくさんの丸く不揃いな大きさの水膜が宙に現れる。
「【業火】」
続けて唱えると、水膜の内側に火が現れて、ゆらりと燃えている。
「【天つ風】」
唱えると同時に吹いた強い風が、一瞬で燃える火を水膜ごと消す。
「【創成】」
胸の高さで腕を正面へまっすぐ伸ばし、指先で空中に三度円を描く。
腕を下したのと同じとき、地面から葉や枝を模した細工のある黒い艶のある鉱石が現れる。
その葉に小さな光たちが舞い降り、ゆっくりと点滅している。
「【遮蔽】」
その光を見つめて最後の詠唱を終えると、細い糸で編まれたような影が鉱石を包む。
やがて、成人した女性の手のひらに収まるくらいに変わる。
底が平らな半球の籠には、葉で休んでいるような小さな光たちがいる。
「試験終了です」
声が聞こえると、一度深呼吸をして空間をでる。
すぐ近くで、亀裂の入った水晶を持った先生が、一壬を待つように立っていた。
「お疲れ様です。顔色が少し悪いですね。
水晶が濁っていないので、魔力の調節に問題はないです。
初めは誰でも緊張します。これも慣れなので、一緒に頑張りましょう」
と、先生は目線だけでレオンを呼びだす。
「大丈夫か」
「はい。緊張しただけです」
「二人は一緒に戻りなさい」
先生は、水晶を片付けるために移動した。
すれ違う時、絶対に一人で行動させるな。と、レオンに小声で言う。
レオンが無言でうなずくと、先生はその場を後にする。
「レイアが待ってる」
「うん」
レオンは手をさしだし、一壬がそれに自分の手を重ねる。
触れた手の冷たさをやわらげようと、そのまま少しだけ引き寄せて、
自分より小さな手を包むように握ったのを合図に歩き出す。
「一壬?」
「大丈夫です」
レオンたちが、心配そうなレイアのところへ戻る。
手をとりながら歩く姿に、大衆の色めく目が集まるが、
当人たちは気付かない。
「手に触れますね」
言葉と笑う顔色の差に心配が増し、そっと空いている手をとるレイア。
「冷たい…帰ったら、ゆっくり休みましょう」
「・・・・・」
そのまま教室に戻る三人を、生徒たちは固まったまま見送った。
予鈴の鐘がなると、我に返ったように速足で学び舎に戻る。
そして、すべての授業が終わり、遠目から王族の姿を一目見ようと臨む生徒が増えていた。
『あれ、なに?』
『わからない。でも、今のところ、害はなさそう』
『そうね。これからは気をつけよう』
王族の若人たちは、まとわりつくような視線を警戒しながら、学び舎から転移魔法で帰路についた。
「あれは、なんだ?」
「ふぁん、っていうんだってえ」
不思議なものを見るように聞くセレンと、
普段と変わらないゆるさで目は水鏡に夢中なヴァーレン。
さすがに無視できなくなってくる人数の増え方が神の目にとまった。
「危ないのか」
セレンは、あくまで確認するような声で煉に問う。
「用心はいりますが、基本的には無視して対応ですね。
生きて育ち続ける物が少なく、美しいものに目がない土地柄の影響でしょうか」
「確かに。食べ物はさておき、鉱石や薬草もあるが。
オーヴァルみたいな、生きのいい華やかな鑑賞向きの生き物は…ない、な」
「はい。輸入していますが、薄く透明な鉱石で覆うため、質感を楽しむのとは縁遠いですね」
「草は育つのにな。他に何かないのか」
「例えば、女性が主導の料理きょ「あ」
これから案を出し合おうとしていると、楽しそうに声をあげるヴァーレン。
「ヴァーレン、今大事な話の「王子と姫が一壬をぎゅってしたあ。可愛いー」
「「・・・・・」」
話すセレンに気がつかない様子で言葉を続けるが、その内容に空気がとまった。
色んな感情が混ざった顔をするセレンと煉は、無邪気なヴァーレンをにらんでいる。
そこへ、小走りで来た一壬は額から汗を流し、頬から首筋につたう。
体温が上がり赤らむ頬と、申し訳なさそうな憂いの表情に、
そこにいる生徒の誰もが目を向けた。
「お待たせして申し訳ありません」
「いえ。ちょうどいいタイミングですよ。
替えの水晶を探すのに手間取っていまして。
では、空間へどうぞ。呼吸が整ったら言ってください」
一壬は、空間の中に立ち、深く深呼吸する。
迎え入れてくれたクレセント国の王族と、
今は離れている家族を思い出し、気を引き締めた。
「お願いします」
「今日は使い慣れたスペルで構いません。では、始めます」
さっきとは一転し、背をまっすぐ正して正面を見据える一壬は、穏やかな声で詠唱する。
「【蛍灯】」
すると、たくさんの淡い小さな光が点滅しながら漂い、地面に陰陽を作りながら、あたりを照らす。
「【水鞠】」
視線を正面に唱えると、たくさんの丸く不揃いな大きさの水膜が宙に現れる。
「【業火】」
続けて唱えると、水膜の内側に火が現れて、ゆらりと燃えている。
「【天つ風】」
唱えると同時に吹いた強い風が、一瞬で燃える火を水膜ごと消す。
「【創成】」
胸の高さで腕を正面へまっすぐ伸ばし、指先で空中に三度円を描く。
腕を下したのと同じとき、地面から葉や枝を模した細工のある黒い艶のある鉱石が現れる。
その葉に小さな光たちが舞い降り、ゆっくりと点滅している。
「【遮蔽】」
その光を見つめて最後の詠唱を終えると、細い糸で編まれたような影が鉱石を包む。
やがて、成人した女性の手のひらに収まるくらいに変わる。
底が平らな半球の籠には、葉で休んでいるような小さな光たちがいる。
「試験終了です」
声が聞こえると、一度深呼吸をして空間をでる。
すぐ近くで、亀裂の入った水晶を持った先生が、一壬を待つように立っていた。
「お疲れ様です。顔色が少し悪いですね。
水晶が濁っていないので、魔力の調節に問題はないです。
初めは誰でも緊張します。これも慣れなので、一緒に頑張りましょう」
と、先生は目線だけでレオンを呼びだす。
「大丈夫か」
「はい。緊張しただけです」
「二人は一緒に戻りなさい」
先生は、水晶を片付けるために移動した。
すれ違う時、絶対に一人で行動させるな。と、レオンに小声で言う。
レオンが無言でうなずくと、先生はその場を後にする。
「レイアが待ってる」
「うん」
レオンは手をさしだし、一壬がそれに自分の手を重ねる。
触れた手の冷たさをやわらげようと、そのまま少しだけ引き寄せて、
自分より小さな手を包むように握ったのを合図に歩き出す。
「一壬?」
「大丈夫です」
レオンたちが、心配そうなレイアのところへ戻る。
手をとりながら歩く姿に、大衆の色めく目が集まるが、
当人たちは気付かない。
「手に触れますね」
言葉と笑う顔色の差に心配が増し、そっと空いている手をとるレイア。
「冷たい…帰ったら、ゆっくり休みましょう」
「・・・・・」
そのまま教室に戻る三人を、生徒たちは固まったまま見送った。
予鈴の鐘がなると、我に返ったように速足で学び舎に戻る。
そして、すべての授業が終わり、遠目から王族の姿を一目見ようと臨む生徒が増えていた。
『あれ、なに?』
『わからない。でも、今のところ、害はなさそう』
『そうね。これからは気をつけよう』
王族の若人たちは、まとわりつくような視線を警戒しながら、学び舎から転移魔法で帰路についた。
「あれは、なんだ?」
「ふぁん、っていうんだってえ」
不思議なものを見るように聞くセレンと、
普段と変わらないゆるさで目は水鏡に夢中なヴァーレン。
さすがに無視できなくなってくる人数の増え方が神の目にとまった。
「危ないのか」
セレンは、あくまで確認するような声で煉に問う。
「用心はいりますが、基本的には無視して対応ですね。
生きて育ち続ける物が少なく、美しいものに目がない土地柄の影響でしょうか」
「確かに。食べ物はさておき、鉱石や薬草もあるが。
オーヴァルみたいな、生きのいい華やかな鑑賞向きの生き物は…ない、な」
「はい。輸入していますが、薄く透明な鉱石で覆うため、質感を楽しむのとは縁遠いですね」
「草は育つのにな。他に何かないのか」
「例えば、女性が主導の料理きょ「あ」
これから案を出し合おうとしていると、楽しそうに声をあげるヴァーレン。
「ヴァーレン、今大事な話の「王子と姫が一壬をぎゅってしたあ。可愛いー」
「「・・・・・」」
話すセレンに気がつかない様子で言葉を続けるが、その内容に空気がとまった。
色んな感情が混ざった顔をするセレンと煉は、無邪気なヴァーレンをにらんでいる。
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