3 / 81
刻限
迷い時
しおりを挟む
少女が俺を見て、視線を戻したのは一瞬だった。
『どうぞ』
十分だ。
十分、だろう。
声なき言葉と天の煌めきを抱く硝子は俺に動く機をくれた。
同意を得たと解釈し、迷うことなく走った。
走って、走って、近づいた背に刃を突き立てた。
なぜか、壊れたはずの少女と目が合った。
どうして、動いている?
貫いたのに。
貫いた、はずだった。
刃先が肌に触れる寸前で止まった手に気づいた。
赤い液が地の銀に落ちる。
俺の命が刃を握りこんだ手から伝い落ちている。
なぜか、少女の手からも赤が落ちている。
『空を、みて』
声が聞こえた。
見上げた先に広がる景色は、一面の藍黒だった。
降り注ぐ白い綿は地に落ち続けている。
白い綿を目で追うと、少女と目が合った。
『綺麗ね』
少女は感情が無い顔で、
濁りの無い硝子のような赤い瞳に藍黒を映している。
俺には見えない小さな煌めきを見ている。
少女は動かない。
あと少しで、刃は届く。
『呼んでる』
少女が俺の空いている腕をつかんだ。
動く景色を眺める。
壊せ。
誰が、どうして俺まで連れようとする。
壊せ。
『呼んでる』
少女は俺を連れて宙に舞う。
階段を上るように進んでいく。
天に近づくたびに温かくなる空気に体の緊張が解ける。
凍てついていたと気づく。
壊せ。
どこへ行く?
壊せ。
俺も、呼ばれているのだろうか。
壊せ。
無防備な相手を貫くことは、いつでもできたはずだった。
まだ間に合う。
目の前にある背の中にある鼓動を見た。
『大丈夫』
天に届いた少女の体が光に包まれ消え始める。
損じてはいけないと貫いた。
貫いたはずなのに。
いつの間にか自分の体も消え始めている。
「焦らなくても、また機会はある」
どこからか導の声がした。
「おい」
声が聞こえた。
よく知っている、大切な人の声。
なぜか機嫌が悪い。
低い声がさらに低い。
体が揺れないようにゆっくりと、遠慮なく抱えあげられ、どこかへ向かっている。
目を開けると、自分を見ている目と合った。
今にも噛みついてきそうな鋭さがある、優しい瞳。
時折、わずかに震えている胸元に視線がいくのは男の性だろう。
彼に注がれた愛で育った男のロマンらしい女の象徴は、
恩をあだで返すように時を選ぶことなく男を煽るらしい。
苦い顔をして感情を抑えている。
「おかえりなさい」
「ここで寝るな」
言われて気付く。
ソファーで帰りを待っていたら寝ていたらしい。
不機嫌な理由は自分だった。
「ごめんなさい」
「体、冷えきってる。風呂、いくよな?」
「はい」
返事をすると安心したようにため息をついた彼。
優しい温度に身を預けた。
『どうぞ』
十分だ。
十分、だろう。
声なき言葉と天の煌めきを抱く硝子は俺に動く機をくれた。
同意を得たと解釈し、迷うことなく走った。
走って、走って、近づいた背に刃を突き立てた。
なぜか、壊れたはずの少女と目が合った。
どうして、動いている?
貫いたのに。
貫いた、はずだった。
刃先が肌に触れる寸前で止まった手に気づいた。
赤い液が地の銀に落ちる。
俺の命が刃を握りこんだ手から伝い落ちている。
なぜか、少女の手からも赤が落ちている。
『空を、みて』
声が聞こえた。
見上げた先に広がる景色は、一面の藍黒だった。
降り注ぐ白い綿は地に落ち続けている。
白い綿を目で追うと、少女と目が合った。
『綺麗ね』
少女は感情が無い顔で、
濁りの無い硝子のような赤い瞳に藍黒を映している。
俺には見えない小さな煌めきを見ている。
少女は動かない。
あと少しで、刃は届く。
『呼んでる』
少女が俺の空いている腕をつかんだ。
動く景色を眺める。
壊せ。
誰が、どうして俺まで連れようとする。
壊せ。
『呼んでる』
少女は俺を連れて宙に舞う。
階段を上るように進んでいく。
天に近づくたびに温かくなる空気に体の緊張が解ける。
凍てついていたと気づく。
壊せ。
どこへ行く?
壊せ。
俺も、呼ばれているのだろうか。
壊せ。
無防備な相手を貫くことは、いつでもできたはずだった。
まだ間に合う。
目の前にある背の中にある鼓動を見た。
『大丈夫』
天に届いた少女の体が光に包まれ消え始める。
損じてはいけないと貫いた。
貫いたはずなのに。
いつの間にか自分の体も消え始めている。
「焦らなくても、また機会はある」
どこからか導の声がした。
「おい」
声が聞こえた。
よく知っている、大切な人の声。
なぜか機嫌が悪い。
低い声がさらに低い。
体が揺れないようにゆっくりと、遠慮なく抱えあげられ、どこかへ向かっている。
目を開けると、自分を見ている目と合った。
今にも噛みついてきそうな鋭さがある、優しい瞳。
時折、わずかに震えている胸元に視線がいくのは男の性だろう。
彼に注がれた愛で育った男のロマンらしい女の象徴は、
恩をあだで返すように時を選ぶことなく男を煽るらしい。
苦い顔をして感情を抑えている。
「おかえりなさい」
「ここで寝るな」
言われて気付く。
ソファーで帰りを待っていたら寝ていたらしい。
不機嫌な理由は自分だった。
「ごめんなさい」
「体、冷えきってる。風呂、いくよな?」
「はい」
返事をすると安心したようにため息をついた彼。
優しい温度に身を預けた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる