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11話

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 それは卒業式の一幕だった。周りの卒業生達がお互いに抱き合い。涙している。
 それを青春の一幕としてみるか、茶番として見るかは人それぞれだが、僕はそんな喧騒から外れた場所へと向かっていた。

 静寂の包み込む校舎裏を歩き目的の場所へと到着する。僕は現在メールで呼び出しを受けている最中だ。

 呼び出した相手は二階堂茉莉花。学内でも知らない生徒は居ないぐらいの有名人だ。

 彼女と知り合った切っ掛けはそれ程たいしたものでは無い。

 当時。僕は授業もそっちのけで株の事ばかり考えていた。休み時間ともなれば、スマホを立ち上げて企業概略やビジネスニュースを読み漁る。
 そんな訳で同級生と会話が成立するわけも無く孤独な毎日を送っていた。

「呼び出してごめんね」

 そんな中。僕にしきりに声をかけてくれたのが彼女だった。今では感謝しているが、当時は彼女の事をうっとおしく思ったものだ。

 ふるき学び舎の校舎裏。そこには申し訳程度の木々が植えられている。
 春風が暖かい空気を運ぶ中、彼女は髪を押さえると僕に向き直った。

「どうしても卒業前に言っておきたくて」

 彼女の顔が赤く染まる。その表情に僕の心臓はこれまでかというぐらいに高鳴りを覚えた。

「ずっと前から峰岸君が好きでした。私と付き合ってください」

 その瞬間、眼前を泡が覆い隠して彼女の顔を見えなくした。
 僕は意識が浮上するのを感じながら――。

「…………」

 何かを答えた。



「……さん。…………竜也さん」

「ん? ここ……は……?」

 目の前には水着姿の陽菜さんが目に涙を浮かべながら僕を見下ろしている。
 後頭部には柔らかい感触そして彼女の顔との間にチラつく胸元……。

 僕が返事をしたことが嬉しいのか彼女の表情に笑顔が戻った。

「もう。気絶するまでやるなんて。無茶しすぎですよ」

 どうやら彼女は怒っているようだ。

「ごめんね。ところで勝負は……?」

 僕が体をおこそうとすると彼女がその頭を抑えて留めた。

「まだ寝ていてください。勝負は私の勝ちですよ」

 後頭部に太ももの柔らかな感触が伝わってくる。僕は何となく安心してしまいその安らぎに身を任せてしまった。
 暫くの沈黙の後僕は口を開く。

「それにしてもあんな動揺を誘うやり方は卑怯じゃないか?」

 僕は憮然と彼女に抗議をする。茉莉花さんも何であの事をしゃべったんだ……。

「確かに茉莉花さんの事を持ち出したのは卑怯かもしれません。でも冗談であそこまで動揺を誘えるとは思って無かったので……」

「ん? 冗談? 茉莉花さんから聞いてないの?」

「えっ? 何がですか?」

 彼女はきょとんとすると僕に聞き返してきた。膝枕をしてもらっているので彼女の顔が良く見える。僕にはその表情が演技にはとても見えなかった。

「なんでもないよ。それより、僕はまだギブアップしてなかったと思うんだけど?」

 どうやら単なる冗談だったらしい。それならば茉莉花さんは陽菜さんにしゃべっていない訳で、僕が墓穴を掘るわけにはかない。
 だから彼女の意識をそらす必要がある。

「そんなの気絶してるんだからKO負けに決まってます」

 上手いこと釣る事が出来たようだ。確かにね。倒れた方が負けに決まってるよね。
 だけど、僕が気になったのは……。

「それよりなんで膝枕してくれてるの?」

 僕としては嬉しいのだけど、恋人でもない間柄の人間とこうしてイチャイチャしているように見えるのは彼女には平気なのだろうか?

「そっ、それは……」

 彼女は頬を赤らめ言い淀む。これは何か特別な理由でもありそうだな。

「……………………してみたかったからです」

「よく聞こえなかったんでもう一回」

 小声で聞こえなかったので僕はもう一度聞き返した。

「ですからっ! 一度膝枕を体験してみたかったんですっ!」

 顔を真っ赤にしてそう答える彼女。サウナの中でなら倒れるほどの興奮ぷりだ。こっちで攻めていれば逆転していたのか。
 どうやら膝枕を体験してみたかっただけらしい。特別な理由なんて無かったじゃないか……。

「そっ、そうなんだ」

「もしかしてご迷惑でしたか?」

 そんな不安そうな顔しないで欲しい。

「嫌だったら無理にでも起きてるよ?」

「えっ? つまりは……?」

「僕も恥ずかしいんだからそれ以上言わない。……でももう少しだけこのままでいいかな?」

 顔を見られまいとそっぽを向くと彼女は何かを察したのか、僕の髪を撫でながら。

「はい。私もこのままが良いです」

 嬉しそうに答えるのだった。



「これはもう……声も出ないです」

 僕らの眼前に広がるのは夕日が沈む海辺だった。
 海全体が赤く染まり、空が徐々に暗くなり、一番星が見え始める。

 下からは白い煙が舞い上がり、その全てが現実的ではない光景を実現するのに一役を買っている。

「ホテルの紹介でも書かれていたけど確かに絶景だねぇ」

 ここにスマホが無いのが惜しまれる。施設の目的からして撮影禁止なのだが、この光景を撮影してアリスに送りつければ僕の誘いを断った事を後悔させられるかもしれない。
 あわよくば次の優待券が届いた際に向こうから誘うようになるかもしれないという打算もある。

 そんなこんなで現在、僕と陽菜さんは露天風呂に入っている。
 日曜日の夕方だ、明日に仕事を向かえたファミリー達はとっくに撤退しているので貸切状態。

 そんな訳で、僕らはリラックスしながらその光景を堪能していた。

「今日がこんな一日になるなんて、思っても見なかったです」

 彼女はお湯に身体を沈めるとそういった。

「そう言ってくれると企画した方としても助かるよ」

「竜也さんって、私の周りには居ないタイプです」

 彼女は蕩けるような、眠そうな表情で僕を見て微笑んだ。

「ん。よく言われるんだ」

 確かにこんな高校生男子がそこらに居ないだろう。僕は自分の性格も含めて色々特殊なのを認めている。

「どうして今日はここを選んだんですか?」

 それは純粋な疑問だったのだろう。高校生ぐらいの男女が遊ぶと言えばカラオケやゲームセンターとかが一般的だ。
 だからこれは僕の見栄。同い年の人間と同じ行動を取らないという子供っぽいプライドだ。

「それは両親が行ってこいと言うから……」

「それって嘘ですよね? 叔父様や叔母様も良くしてくれますが、そういう気配はありませんでした」

「気配?」

「普通、旅行に行くのなら朝とかに一言あると思います。だけど、お二人は今朝仕事に行く前に話した時普段通りでしたよ?」

 ああ……。家に帰ってから口止めしようと思ってたのは遅かった。前日のうちに話を通しておかないと違和感が残るよね。

「自分の為、かな?」

「えっ?」

「ここって僕が尊敬する建築士が設計したホテルなんだよ」

 すっかり見透かされてしまった。僕は尊敬の念をこめて事実の一端を話してみる。そう。僕は建築にも興味がある。

「そういえば先程そのような事を言ってましたね」

 確か興奮まじりにここの設備を紹介した時だろうか?

「もちろん陽菜さんを楽しませたいとも思ったよ。毎日、母さんに変わって色々家事をやってくれてるし、おやつだって用意してくれるし、僕なんかと話してくれるし」

「そんなのは当たり前…………」

「それを当たり前と思ってるのが陽菜さんの凄い所なんだよ」

 普通、親戚の家とはいえ家事をしようと思うだろうか?
 僕だったら毎日ゴロゴロと怠けている。やりたい事だけを考えて迷惑をかけても当たり前と考えるだろう。

 だけど彼女は違った。
 毎日気遣って朝食を用意してくれたり、僕が株取引で疲れているとさり気なくお茶を淹れてくれて、自身の知識を満たす為に難しめの専門書を読む。

 およそ、中学を卒業したばかりの女の子にとっては中々大変な事だ。

「だからさ。今日ぐらいはそういう煩わしい家事から解放されて素直に楽しむのも良いんじゃないかなと思った」

「それって結局私の為じゃないですか」

「違うね。僕はこの建造物を見ておきたかったから君を連れてきた」

 ここは譲るわけには行かない。僕はあくまで自分の都合できたのだから。
 彼女の主張のその先は読めている。

「でしたら私も楽しめたのでここの料金半分出します」

 やはりそう来るか。僕が支払うとばれた場合、彼女がそう言い出すのは予想できた事。だからばれないようにしていたのに……。
 だけど、そんな彼女の態度に僕は好感がもてた。

 以前。僕は優待券を使ってクラスメイトに振舞った事があった。
 その時の言葉は「偶々優待券が手に入ってさ。良かったら一緒に行かない?」だった。

 その頃の僕はとにもかくにも友人が欲しくてたまらなくて、自身が株で凄い事をやっているという事を間接的にでも自慢したい気分だった。
 そして全てが終わった後で後悔した。

 そいつらとは別に友人という間柄ではなかったのだが、事あるごとに「優待券余ってない? あそこのファミレスのとか無いのかよ?」。
 ありていにいうタカリという奴だ。当然僕はうっとおしく感じたのでバッサリと関係を切った。

 世の中には調子に乗る人種というのが多々存在する。一度甘い汁を吸わせてしまえば擦り寄ってきて寄生虫の如くまとわり付く。

 そんな人間を見てきた僕だからこそ、陽菜さんの態度には良い印象しかもてない。

「なるほど。僕は自分の目的を果たして楽しんだ。陽菜さんはこの施設を堪能して楽しんだ。お互いが楽しかったのだから、最後の支払いに関しても半々にしたいと?」

「そうです。出なければ不公平です。最後まで楽しめません」

 そんな真っ直ぐな彼女の性格。僕が善人だと疑って居ない彼女の瞳。そんな彼女が相手だからこそ譲るつもりは無い。

「だが断る。この僕、峰岸竜也が好きな事は他人に奢られて当たり前と思っている奴をバッサリと切り捨て、笑顔が素敵な美少女に一円たりともお金を出させ無い事だ」

 言ってやった! 言ってやった! 一度は言って見たい台詞上位に食い込む台詞だ。
 僕はドヤ顔で彼女を指差す。

 陽菜さんはぽかーんとしていたが……。

「じゃあ、先程の賭けの命令します。私に半額払わせてください」

「へっ?」

 先程までの勝ち誇った顔はあっというまになり顰め、僕は間抜けな顔を晒した。
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