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9話
しおりを挟む日曜日。誰かさんの日頃の行いが良いせいか、前日に引き続いての好天で朝を迎えた。恐らくは陽菜さんが前日に作っていたテルテル坊主の効果だろう。
楽しそうに窓辺につるしてたもんね。
窓から覗く朝日が眩しい。
前日遅くまでインターネットをしていた僕だからもう少し眠って居たかったのだが、朝から陽菜さんが突入してきて僕を起こした。
頼むから布団を剥ぎ取るのは止めて欲しい。朝は見られたくない可能性もあるんだから……。
早々に陽菜さんには出て行ってもらい、着替えを終える。着る物は前日の内に用意しているので悩む必要は無かった。
リビングに到着すると、陽菜さんが既に朝食を用意してくれていた。
本人は既にお出かけの準備が万端のようで、普段見ないようなお洒落な格好をしていた。
昨日のアリスと比べても遜色の無い気合の入り具合だ。
「その服装始めてみるけど似合ってるね」
よく訓練されている僕は、女の子が新しい服を着た場合は褒めるようにしている。
「ほ。本当ですかっ? 嬉しいです」
よくよく考えると褒めるという行為は「ただしイケメンに限る」が前提だと思っているのだが、陽菜さんがチョロいのか、それとも僕にもイケメン属性が備わってきたのか一定の効果があったようだ。
「僕の格好はどうかな?」
調子に乗った僕は自分の姿の評価も聞いてみる。
この服装、何を隠そう自分で選んでいない。昨日、アリスに買い物に付き合わされた時に「そのダサい服装で一緒に歩かれたら格が落ちます。もっと良いブランドを着なさい」と言葉の暴力を浴びせられた。
その後何故か服を何着か選んでくれたのでそれを早速着てみたのだが……。
「えっと……その……」
顔を赤くして目を逸らす陽菜さん。おーけーおーけー。調子乗りましたよっと。
どれだけハイブランドの服を身につけても、着ているのが僕ではコメントを差し控えたいらしい。
どうやら先程の嬉しそうな様子は従兄に褒められたからフェイスサービスしておこうというやつだったらしい。
陽菜さんは優しいからはっきりと言えないのだろう。アリスが「馬子にも衣装ね」と褒めてくれたから自信があったのに……。
「食事が終わったら早速出かけようか」
今から出れば丁度良い時間ぐらいになる。僕はそう計算しつつ珈琲を流し込んだ。
「目的地までまだかかるのでしょうか?」
電車に揺られる事1時間。最初は窓の景色をみながら会話をしていた僕らだったが、再会してからお互いの話はあまりしなかった。精々、好きなテレビとか漫画の話をするぐらいなので、話のネタが尽きるまで30分ももたなかった。
それでも彼女は場を盛り上げようと時折話しかけてくる。
「んー。あと少しかな」
そう答えると彼女は何か言いたそうな不思議な瞳で僕を見ていた。
例えるならば。好奇心から何か質問したそうにしている子供が、怒られるのが嫌で聞けないような……。
結局彼女の口から出たのは違う言葉だった。
「てっきり近場で遊ぶんだと思ってたんですけど」
普通そう思うだろう。ただの遊びにこんな気合の入ったお出かけなんてしない。
少なくともイトコ同士で出掛けるのならライトな遊びだと思うだろう。
だが、今日の目的地に僕は一度行ってみたかった。だから陽菜さんを誘えたのは都合が良かったという事もある。
「まあ楽しみにしててよ」
僕の言葉に納得したのか陽菜さんは再び車窓の景色を楽しみ始めた。
「ここが……目的地ですか?」
「うん。スパリゾートホテル。温泉とかプールとかの娯楽設備がメインのホテルだよ」
そう。僕等の目的地はスパだったのだ。
僕は先日。アリスに連れまわされて酷い疲労をこうむった。
そんな僕が二日連続で街中を歩き回るのは何としても避けたかった。
だが。女の子と一緒に街に出てしまった場合。迎え撃つ運命は買い物のはしごと荷物もち。僕はそれを経験から(主にアリスとのお出かけ)よく知っている。
それに。ここのホテルには前々から興味津々だった事も理由に挙げられる。
「ここはホテル内に大型プールから温泉に露天風呂と設備が充実してるんだ。更にこの建物をデザインしたのが業界で有名な新井陣なんだ! 自由と解放をテーマにして建築されたこの建物は、一時期雑誌に掲載されて賑わいをみせたんだよ」
そう。時代を代表する建築家がデザインしたホテルなのだ。
「は……はぁ?」
おっといけない。余計な事を言い過ぎたようだ。陽菜さんが引いている。
「とっ、とにかく凄い建物なんだよっ!」
僕はどうしても言っておきたいことだけを強調して言った。大事な事だからね。
「す、凄いですね……」
どうやらこのホテルが凄い建造物だという事は伝わったらしい。
「それはそうと……プールですか……」
なにやら難しい顔をして黙り込む陽菜さん。
「もしかして嫌だった?」
金づちなんだろうか? その辺のリサーチ不足だったかもしれない。だが、温泉もあるし……。
「いいえ。問題ないですよ。ただ……水着が無いので……」
その返答に僕は安心した。僕だって考えなかったわけじゃない。
「それなら平気だよ。レンタルが出来るらしいからね」
さすがはリゾートホテル。そのあたりのサービスは抜かりが無い。
でなきゃ事前に水着を用意してもらわないといけないからサプライズがばれちゃうからね。
「でもこんな高級なホテル……高いんじゃないですか?」
それでも陽菜さんは不安そうな顔をする。確かに支払い金額を考えちゃうよね。
だけどそっちも平気。
「大丈夫だよ。両親からお金は出してもらってるから。折角、実家に泊まりにきたのに何処にも連れて行けないから楽しんできなさいってさ」
本当の所は違うんだけどね。
今回の支払いは僕が株で手に入れた優待宿泊券だ。
実はこのリゾートスパは完全宿泊制なのだ。施設のみの利用だと外部の客が入り込むのでセキュリティ面と客層に不安がある。
そんな訳で、宿泊客しか利用できないようになっている。
お陰で、ゆったりと設備を利用できるのだが……。
「そうだったんですか。それなら、楽しまないと申し訳ないです」
それを陽菜さんに言ってしまうと僕が気を使われて楽しめない。どちらにせよ親戚が泊まりに来たのにうちの実家は放置しすぎだと思うので、後で口裏合わせてもらおう。
「じゃあまずはチェックインからだね」
その後、何とか陽菜さんを騙すように僕らはチェックインを済ませた。
「ここが荷物を置く場所ですか?」
ホテルの宿泊フロアの一室にて陽菜さんは目を輝かせている。
というのも、高層から見下ろす景色が思いのほか素晴らしいからだ。
まず、遠くに見える海岸は太陽の光を浴びて水面が輝いている。そこから先は見渡す限りの海が広がっていて、穏やかな雰囲気をこれでもかというほど漂わせていた。
「そうそう。ここに荷物を置いたら後は水着を選びに行こう。一応夕食もこの部屋で食べる予定だからね」
「へぇー。スパって食事まで出るんですか。これは期待しちゃいますね」
感心する陽菜さん。これはもう正直に言うのは無理だね。
実は優待宿泊券の内容は、宿泊中の全ての料金が無料である。
そう聞いてしまうとお得じゃんと思うだろう。
だが、問題が一つある。
それはこの券がペアを対象にしている物ということだ。
カップルか恋人か夫婦か。とにかく番《つがい》となるべき相手がいなければこのチケットは使う事は出来ないのだ。
だからこそ僕はその事実を陽菜さんへと隠している。
その事を話して妙に意識されても困るし、拒絶されたら泣く。
ホテル側には既にチェックインを済ませてある。
つまり現在。僕と陽菜さんは同じ部屋に宿泊しているという事になる。
もっともそれは形式上の物。宿泊しなければ施設を使えなかったので仕方なくである。
僕としても本当に宿泊まで済ませるつもりは一切無い。夕飯を食べたら帰宅するつもりだ。
そもそも、この宿泊券。本当は使う予定は無かったのだ。
ここの株式は1年前から所有しているので、半年ごとに宿泊券が贈られてきた。
最初の年は両親にプレゼントしたのだが、翌年以降は仕事が忙しいらしく利用する事は無かった。
そこでアリスを誘ってみたのだが、「なんで竜也なんかと一緒に泊まらなきゃ行けないの?」
などと、まるでゴミ虫を見るような冷たい視線でバッサリと切られたのだ。
両親からは「素晴らしいホテルだったぞ」と言われて気になっているのに一緒に行く相手がいない。
だからこれは僕がここに訪れる為には必要な事だったのだ。
「それにしても立派な部屋ですね。ベッドも二つあるし」
「あはは。仮眠も出来るみたいだね。それより早速水着選んで泳ぎに行こうよ」
このまま放置しておくと陽菜さんも答えにたどり着いてしまうだろう。僕は彼女の背中を押すと早々に部屋を出た。
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