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第64話 雨降って暴風に変わる

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 サリナは嘘をついたといって唇を押し付けてきた。
 アルコールの味が伝わる。先程まで、彼女が酒場で酒を呑んでいたからだ。

 一瞬慌てた俺だったが、すぐにまずいと気付き、サリナから顔を離そうとした。

「んむっ!」

 ところが、その気配を察したサリナが俺の後頭部を掴み、決して逃がすまいとしてくる。
 こういった経験がないからか、サリナのキスはただ唇を合わせるもので、それ以上何かをするわけでもなく動きを止めてしまう。

 互いの顔が近すぎて焦点が合わないのだが、それでも彼女の顔が赤く、恥ずかしがっていることくらいはわかった。

 しばらくの間、抵抗をしていたのだが『オーラ』まで使われてしまうとどうしようもない。俺は冷静になると彼女がどうするのか判断を待った。

「ぷ、ぷはっ! ど、どどど、どうっすか!」

「どうもなにも……別に?」

 目をぐるぐると回しながら混乱しているサリナ。彼女は唇を離すと一気に距離をとり俺に聞いてくる。

「お、乙女のファーストキスっすよ! 元気でたっすよね?」

 どうやら、先程俺が人を殺して落ち込んでいる姿をみて慰めてくれたようだ。
 確かに、先程まで、俺は人を殺してしまったことにショックを受けていた。

 これまで、間接的に排除したことはあれど、自ら手を下したことはなかった。いずれは通る道だと感じていながら、先延ばしにしたいと思い避けてきたからだ。

 初めて人を斬った感覚はまだ手に残っている。だが、サリナの破天荒な行動により落ち込んでいるのが馬鹿らしくなったせいか、それほど気にならなくなった。

「お前は、本当に馬鹿だな……」

 先程まで男に囲まれ犯されそうになっていたというのに、俺を励ますために大事なファーストキスを捧げてくる。一体、どれだけ能天気なお人よしなのだろう?

「馬鹿とは何すか! コウが悪いんす。私を助けてくれて……そんで、そんなに落ち込むから!」

 恥ずかしいのか顔を真っ赤にするサリナ。

「ったく、お前と関わってると落ち込む暇がねえよ」

 こいつの様に裏表がなく、明るく生きていけることが羨ましい。

「うっ……そりゃ、今回、私も軽率でしたっすけど……、やっぱり……直した方がいいっすよね?」

 危険な目に遭った自覚があったのか、サリナはばつが悪そうに俺に聞いてきた。
 そんな彼女といるからこそ救われる存在もいる。

「別にいいんじゃないか? 今回は何事もなかったわけだし、お前はお前だから無理に直す必要ないんじゃねえの?」

 彼女は馬鹿だが愚かではない。きっと同じ罠には嵌るまい。それなら、俺から特に何か言うこともない。

「ふふふ、コウは私のことが好きっすからね? そこまで言うなら、変わらないで上げるっすよ」

 いよいよ調子に乗り始めるサリナ。内心では男たちにもてあそばれた心の傷があるのだろうが、それを見せないようにしているのは俺への気遣いだということにきづいてしまった。

 サリナは顔を赤く染め、俺に抱き着いてくると、

「もう、仕方ないコウっすね。それじゃあ続きをするっすよ……」

 腕を俺の後ろに回しゆっくりと顔を近付けてくる。

「待て!」

「ブギャ!」

 俺が右手を差し込むと、鼻を潰してしまい、豚のような鳴き声を上げた。

「い、いきなり何するっすか!」

 痛かったのか、目に涙を浮かべ抗議してくるサリナ。

「そっちこそ、何をするつもりだ?」

 最初のキスはまあ百歩譲っていいとして、立ち直ったのだからこれ以上は不要だ。

「何って、そりゃあエッチに決まってるっすけど?」

「いや、どうしてそうなる?」

 先程まで危険な目に遭っていたというのに、いきなりそのような発想になる理由がわからない。

「だって、コウは私のこと好きっすし、助けにきてくれたコウを見てたら……ムラムラしたんす!」

「お前は本当に残念過ぎる」

 女性が「ムラムラ」とかいうな。逆にテンションが下がるわ!

「生憎だが、俺には付き合っている彼女がいるからな。お前の気持ちには答えることはできない」

 これまでは、からかわれそうな気がしていたので黙っていたが、サリナがぶっちゃけてくるなら、俺も真実を話すことにする。

「なるほど、コウは彼女がいるから私とエッチはできない。そういう複雑な事情があるってことっすね?」

「いたって単純だと思うんだが、お前の思考が難解なだけなのか?」

 一件、何も考えてないふりをして、実は超高速で頭脳が回転しているのだろうか?
 俺がそんなことを考えていると……。

「しかし、そうなると困ったっすね……契約もあることだし……」

 サリナはアゴに手を当てるとブツブツと呟く。これまでのサリナが俺に惚れているような動きがなかったように感じるのだが、もしかすると鈍感系で、初対面で落ちていたのだろうか?

「んむ、わかったっす。それじゃあ、コウ。案内するっすよ」

「いや、どこにだよ?」

 やはり、単に頭が悪いだけではないだろうか?
 要点を得ない彼女の言葉に俺は首を傾げるのだが、

「そりゃ、勿論。コウの彼女のところにっすよ」

「いや、まて。何が勿論なんだ? 訳がわからん」

 俺がまくしたてると、サリナはキョトンとした表情を浮かべ言った。

「はぁ、コウは本当に察しが悪いっすね。そんなの、彼女さんにコウとエッチをさせてもらえるように頼むからっすよ」

「いや、その理屈は完全におかしい!」

「いいからいいから!」

 サリナが俺の肩を強く掴み押していく。
 俺は、なし崩し的にアリサの下にサリナを連れて行くことになった。

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