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第55話 迫りくる刺客
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「ぐあああっがふがふんぐんぐっ! ……うううっ!」
目の前では黒髪黒目の大和撫子が食事を摂っている。
一体、あの小柄な身体のどこにこれだけの量が入るのだろう?
積み上げられている皿は数十枚では済まない。
「ほら、水でも飲め」
喉を詰まらせているサリナに、俺はエリクサーを注いだコップを差し出す。
「コクコク……ぷはぁ、死ぬかと思ったっす!」
食べ物を流し込むと、袖で口元を拭う。その豪快な態度は大和撫子というよりは、現場で仕事を終えて居酒屋に繰り出す労働者のようで、荒々しい雰囲気を醸し出していた。
「それにしても、食事も美味しいし、水も美味い。この国はいいところっすね!」
「ああ。その水は俺が作り出したやつだからな?」
「マジっすか!? 城の魔導師が作った水を飲んだことあるっすけど、こんな清涼感もなかったっす」
今の言葉で、サリナがどこぞの国に仕えているのがわかる。
そもそもの話、日本人を親に持つということは、間違いなく召喚に関係している人物なのだ。
「それで、サリナは一体何しにここにきたんだ?」
現実世界から異世界に渡った人物とその直系であるサリナの生き方には興味がある。それはこの先、俺とアリサが通る道だからだ。
「モグモグ……、実は人探しをしてるんすよ」
「ほぅ、人探しとな?」
両腕を前で組み、目をキラリと光らせる。
「何でも、この国で凄腕の召喚者が現れたらしいんすけどね、そいつが超がつく程の切れ者で、様々な国からの勧誘を受けることを見越してフリーを貫いてるらしいんすよ」
「ん?」
一体誰のことを言っているのだろうか?
最近この国で召喚された人物と言えば俺しかいないはずなのだ。
とはいえ、俺も最初「外れ召喚者」扱いされていてカウントされていなかったので、同じように外に放り出されてから才能が開花したパターンもあり得なくはない。
俺は単に自由に生きたいから勧誘を断ったのであって、決して世界中の国々を天秤にかけるような意図は持ち合わせていない。
それを「切れ者」などと言われるのは勘違いも甚だしい。
「そいつの名前は?」
気になったので直接サリナに聞いてみることにした。
おそらく秘密と言われる気もするが、いざとなれば飯を盾に脅せばいい。現時点で無一文のサリナには拒否する選択肢はないのだ。
「なんでも……アタミ=ミナトっていうやつらしいっすよ? 魔導を操り、武器を操る伝説の勇者を彷彿させるような超絶イケメンって話らしいっす」
俺は両手で自分の顔を覆った。
誰だよそれ! どんな噂が流れてるんだ?
ここに召喚されたのは、元はごく普通の高校生だ。断じてサリナが言うような陽のオーラを纏いし者ではない。
「どうしたっすか? コウ? 腹が痛いならトイレはあっちっす」
顔を覆ってるのに腹痛と思うあたりサリナは非常におかしいと言わざるを得ない。
もしかすると、彼女の情報収集能力に問題がある可能性がある。そうだよな、よく考えたら目の前に本人がいるのに気付かない時点で色々残念過ぎるのだから。
「この情報は秘密っすよ。他国の人間もそのミナトという人物を狙っているっす。既に国内に多数の他国の間者が入り込み、ミナトに接触しようとしているんすよ。ここから先は時間との勝負。心配するなっす。私は運だけはいいっすから」
「うん、そうだね……」
確かに、彼女の運は良いようだ。
わりと速攻で俺のところまで来ているし、こうして一緒に食事をする縁までできている。
問題は、俺が当の本人と気付かない点だけだ……。
俺は食事を再開したサリナを改めてみる。楽しそうに料理を次々と口に運ぶ様子から、これまで幸せな生活を送ってきたのだろう。
城や国の話が出ていたので、親娘ともども待遇は悪くなく、国に召し抱えられているのだろう。
俺がこの国の勧誘を断ったことで、こうなると考えていたわけではないが、他国まで介入してくるとなると中々の大ごとだ。
現時点で、俺がこの世界でやりたいのは、色んな場所に行って色んなものを見ること。
アリサと仲睦まじく、これから先の人生を生きていくことくらいだ。
サリナが言うように、色んな国から勧誘をしてくるというのなら、話を聞いてみるのはありかもしれない。
この国での勧誘を断った元々の原因は、貴族と神殿の対応が問題だったのだ。中には気が合う団体も存在しているかもしれない。
「ちなみに、サリナはどういう条件で契約を持ち掛けるつもりなんだ?」
手始めに、俺は彼女に条件を聞いてみることにする。こんな残念な言動をしているとはいえ、サリナはこれでも国を代表して交渉に来ているらしいので、一つの判断基準にしてみるのも良いかもしれない。
「ふっふっふ、コウは『契約』って知ってるっすか?」
「ああ、神様が異世界人をこの世界に定着させるため、契約を用いた条件を誓約により順守させるやつだよな?」
アリサから説明を受けている。これにより、現実世界から召喚された人間は初期に契約を結ぶことで互いの関係を強化、他に横取りされなくなるのだとか……。
「見ての通り、私はか弱い女性っすから」
「お前のどこをどうみたらそう見えるんだよ?」
確かに、黙っていれば大和撫子で護ってあげたくなる部類に入るのだが、あの怪力やこの豪快な食べっぷり、失礼な口の利き方を知っているととてもではないが同意する気にはならない。
俺がその辺を丁寧に説明してやると、
「う、うるさいっす! 別にコウにそう思われたところでまったく不都合はないっすから!」
果たしてそうだろうか?
口を慎みたまえ、君は今、その召喚者の前にいるのだぞ?
「国王の秘書さんからは『勝負して負けた方が勝った方の軍門に下るように』と条件を吹っかけろって言われてるっす。どうせ召喚者は男で欲望に忠実だから、私の身体を見れば食いついてくるに違いないと言ってたっすよ」
「初手いきなり真っ黒じゃねえか!?」
誰だよ、この世界にまともな団体があると思っていた愚か者は。諸外国からくる団体も大体こんな連中なのだとしたら、どこの勧誘も受けうわけにはいかない。
細かい契約書を用意されたところで、きっちり細部まで読まないと罠が張られてているタイプだ。
俺の言葉に、サリナは口をすぼめ不満そうな態度をとった。
「秘書さんが『どうせ優遇するような話をあなたにしても、覚えられないでしょう? 他国が介入している以上、取り合いになるんだからこれが一番確実』って。私に交渉させてくれたら篭絡も簡単っすのにね?」
「なるほど、おそろしい切れ者だなその秘書とやら……」
確かに、サリナは一見すると大和撫子のか弱そうな美少女だ。
彼女にそんな風に勝負を迫られたら、異世界に召喚されたばかりの俺なら喜んで勝負に乗っていたに違いない。そして、彼女の怪力を目の当たりにして破れていた可能性もある。
つまり、秘書とやらがとった方法は、初見では躱しようがない嵌め手のようなもの。それで契約で縛って国に連れて行けばあとはどうとでもなるというわけだ。
「問題は、こいつのアホさまでは測り切れていなかったということなんだよな……」
「ん、なんすか? コウも私の魅力に落ちたっすか? 駄目っすよ? 私は自分より強い人間じゃないと男として認めないと決めてるっすからね」
はむはむとデザートを口に運んでいる。自分が既に本人に情報をすべて伝えてしまったということにはまだ気付いていないらしい。
(それにしても、アリサは流石だな。これを見越していたのか?)
今回の仕事を偽名で登録するように勧めてきたあたり、他国の人間が入り込んでいるのはこの国の人間は把握しているのかもしれない。
先程のあり得ない人物像も、そう考えると情報操作だろうか?
「ん、どうしたっすか? コウ?」
俺が立ち上がると、サリナはニコニコしながら聞いてきた。
「嫁が待ってるから帰る。後は好きにしておいてくれ」
「えっ!? コウに嫁が……? 政略結婚っすか?」
失礼なことを言うサリナだが、いちいち腹を立ててはいられない。これ以上彼女に絡む理由がなくなったからだ。
「それじゃあ、また会うっすよ! コウ」
「ああ、その時がくれば、また……。な?」
笑顔で手を振るサリナを置いて、俺は店を出るのだった。
目の前では黒髪黒目の大和撫子が食事を摂っている。
一体、あの小柄な身体のどこにこれだけの量が入るのだろう?
積み上げられている皿は数十枚では済まない。
「ほら、水でも飲め」
喉を詰まらせているサリナに、俺はエリクサーを注いだコップを差し出す。
「コクコク……ぷはぁ、死ぬかと思ったっす!」
食べ物を流し込むと、袖で口元を拭う。その豪快な態度は大和撫子というよりは、現場で仕事を終えて居酒屋に繰り出す労働者のようで、荒々しい雰囲気を醸し出していた。
「それにしても、食事も美味しいし、水も美味い。この国はいいところっすね!」
「ああ。その水は俺が作り出したやつだからな?」
「マジっすか!? 城の魔導師が作った水を飲んだことあるっすけど、こんな清涼感もなかったっす」
今の言葉で、サリナがどこぞの国に仕えているのがわかる。
そもそもの話、日本人を親に持つということは、間違いなく召喚に関係している人物なのだ。
「それで、サリナは一体何しにここにきたんだ?」
現実世界から異世界に渡った人物とその直系であるサリナの生き方には興味がある。それはこの先、俺とアリサが通る道だからだ。
「モグモグ……、実は人探しをしてるんすよ」
「ほぅ、人探しとな?」
両腕を前で組み、目をキラリと光らせる。
「何でも、この国で凄腕の召喚者が現れたらしいんすけどね、そいつが超がつく程の切れ者で、様々な国からの勧誘を受けることを見越してフリーを貫いてるらしいんすよ」
「ん?」
一体誰のことを言っているのだろうか?
最近この国で召喚された人物と言えば俺しかいないはずなのだ。
とはいえ、俺も最初「外れ召喚者」扱いされていてカウントされていなかったので、同じように外に放り出されてから才能が開花したパターンもあり得なくはない。
俺は単に自由に生きたいから勧誘を断ったのであって、決して世界中の国々を天秤にかけるような意図は持ち合わせていない。
それを「切れ者」などと言われるのは勘違いも甚だしい。
「そいつの名前は?」
気になったので直接サリナに聞いてみることにした。
おそらく秘密と言われる気もするが、いざとなれば飯を盾に脅せばいい。現時点で無一文のサリナには拒否する選択肢はないのだ。
「なんでも……アタミ=ミナトっていうやつらしいっすよ? 魔導を操り、武器を操る伝説の勇者を彷彿させるような超絶イケメンって話らしいっす」
俺は両手で自分の顔を覆った。
誰だよそれ! どんな噂が流れてるんだ?
ここに召喚されたのは、元はごく普通の高校生だ。断じてサリナが言うような陽のオーラを纏いし者ではない。
「どうしたっすか? コウ? 腹が痛いならトイレはあっちっす」
顔を覆ってるのに腹痛と思うあたりサリナは非常におかしいと言わざるを得ない。
もしかすると、彼女の情報収集能力に問題がある可能性がある。そうだよな、よく考えたら目の前に本人がいるのに気付かない時点で色々残念過ぎるのだから。
「この情報は秘密っすよ。他国の人間もそのミナトという人物を狙っているっす。既に国内に多数の他国の間者が入り込み、ミナトに接触しようとしているんすよ。ここから先は時間との勝負。心配するなっす。私は運だけはいいっすから」
「うん、そうだね……」
確かに、彼女の運は良いようだ。
わりと速攻で俺のところまで来ているし、こうして一緒に食事をする縁までできている。
問題は、俺が当の本人と気付かない点だけだ……。
俺は食事を再開したサリナを改めてみる。楽しそうに料理を次々と口に運ぶ様子から、これまで幸せな生活を送ってきたのだろう。
城や国の話が出ていたので、親娘ともども待遇は悪くなく、国に召し抱えられているのだろう。
俺がこの国の勧誘を断ったことで、こうなると考えていたわけではないが、他国まで介入してくるとなると中々の大ごとだ。
現時点で、俺がこの世界でやりたいのは、色んな場所に行って色んなものを見ること。
アリサと仲睦まじく、これから先の人生を生きていくことくらいだ。
サリナが言うように、色んな国から勧誘をしてくるというのなら、話を聞いてみるのはありかもしれない。
この国での勧誘を断った元々の原因は、貴族と神殿の対応が問題だったのだ。中には気が合う団体も存在しているかもしれない。
「ちなみに、サリナはどういう条件で契約を持ち掛けるつもりなんだ?」
手始めに、俺は彼女に条件を聞いてみることにする。こんな残念な言動をしているとはいえ、サリナはこれでも国を代表して交渉に来ているらしいので、一つの判断基準にしてみるのも良いかもしれない。
「ふっふっふ、コウは『契約』って知ってるっすか?」
「ああ、神様が異世界人をこの世界に定着させるため、契約を用いた条件を誓約により順守させるやつだよな?」
アリサから説明を受けている。これにより、現実世界から召喚された人間は初期に契約を結ぶことで互いの関係を強化、他に横取りされなくなるのだとか……。
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確かに、黙っていれば大和撫子で護ってあげたくなる部類に入るのだが、あの怪力やこの豪快な食べっぷり、失礼な口の利き方を知っているととてもではないが同意する気にはならない。
俺がその辺を丁寧に説明してやると、
「う、うるさいっす! 別にコウにそう思われたところでまったく不都合はないっすから!」
果たしてそうだろうか?
口を慎みたまえ、君は今、その召喚者の前にいるのだぞ?
「国王の秘書さんからは『勝負して負けた方が勝った方の軍門に下るように』と条件を吹っかけろって言われてるっす。どうせ召喚者は男で欲望に忠実だから、私の身体を見れば食いついてくるに違いないと言ってたっすよ」
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「問題は、こいつのアホさまでは測り切れていなかったということなんだよな……」
「ん、なんすか? コウも私の魅力に落ちたっすか? 駄目っすよ? 私は自分より強い人間じゃないと男として認めないと決めてるっすからね」
はむはむとデザートを口に運んでいる。自分が既に本人に情報をすべて伝えてしまったということにはまだ気付いていないらしい。
(それにしても、アリサは流石だな。これを見越していたのか?)
今回の仕事を偽名で登録するように勧めてきたあたり、他国の人間が入り込んでいるのはこの国の人間は把握しているのかもしれない。
先程のあり得ない人物像も、そう考えると情報操作だろうか?
「ん、どうしたっすか? コウ?」
俺が立ち上がると、サリナはニコニコしながら聞いてきた。
「嫁が待ってるから帰る。後は好きにしておいてくれ」
「えっ!? コウに嫁が……? 政略結婚っすか?」
失礼なことを言うサリナだが、いちいち腹を立ててはいられない。これ以上彼女に絡む理由がなくなったからだ。
「それじゃあ、また会うっすよ! コウ」
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