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第34話 二人旅行

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「ちょっと、変なところ触らないでよ?」

 目の前にはアリサのうなじがあり、仄かに良い匂いが漂ってきて心臓が高鳴る。

「こっちも人を乗せるのに慣れてないんだから、あまり身動きするなよ!」

 俺は手綱を強く握ると、アリサに抗議した。
 暖かい風が吹き、アリサの髪が揺れている。彼女は「良い風、それに普段見る景色と違って面白い」といって周囲を見ていた。

 現在、俺とアリサは馬に乗り、王都から離れていた。

「にしたって、馬車を借りても良かったきがするんだが?」

「馬鹿ねぇ、途中からは馬車も通れない道を行くことになるんだし、私の収納魔法があれば問題ないでしょ?」

 何故そんなことになったのかというと、ユグド樹海に残された素材の回収をしにいくためだ。
 今回のプレゼントで、手持ちの金をほぼ失った俺は、アリサに呆れられ「国中の魔力は満タンだからそんな纏まった収入しばらくないわよ」と言われてしまった。

 取り敢えず金が必要だったので「だったらユグド樹海の素材を回収しに行くわよ」とアリサに押し切られてしまった。

 普通に馬車で行けばいいのでは、と考えたのだが、食事の時に、俺が乗馬教習場で教官と一緒に馬に乗り教わった時の話をしたあたりで、アリサの機嫌が徐々に悪くなってきて、最後には「決めた。今度の素材回収はあんたの操縦でいくから」と一方的に決められてしまったのだ。

 俺たちならば走った方が早いという意見もあるのだが、ただ回収するだけではなく「せっかくなんだからこの世界を楽しんだらどう?」というアリサの気遣いにより、ところどころの街に滞在しつつ向かう予定だ。

「それで、ヘンイタ男爵をあんたは蹴り倒したのよね?」

 俺が貴族に目を付けられた時の話を思い出したのか、アリサは振り返ると俺に聞いてくる。

「まあ、あの時は、教官も泣いていたし、嫌がる女性に手を出すようなゲスは許せなかったからな」

 今思い出しても腹が立つ。結局、ヘンイタ男爵はお家取り潰しが決定したようで、抜け殻のようになっていたので、ある程度の溜飲は下がった。

「恋人とのデートでの乗馬だと、もっと近くで触れ合うらしいわよ」

 そんなことを考えていると、アリサは妙なことを言い出した。

「お、俺とアリサは恋人ではないだろ?」

 先日の一件以来、彼女は積極的に俺をからかうようになってきた。

「ふーん、こんな高価な贈り物までしておいてねぇ」

 彼女の左腕には『魔導師のブレスレット』が嵌められている。
 アリサは嬉しそうに右手でそれを撫でると笑みを向けてきた。

「そう言う意図はないけど、どうしてもアリサに身に着けて欲しかったんだよ」

 あの日、受け取りを拒否されてしまったが、アリサからも贈り物をもらった。
 だったら、交換ということでどちらか一つは受け取って欲しいと頼んだのだ。

 プレゼントの交換などまるでカップルのような行動をしている気がするのだが、こちらで交際の常識についてはしらないのでこれが正しいかまではわからない。

「まあ、施設に籠らなくても魔力が回復するこの魔導具は確かにありがたいもんね。私って引き籠るの苦手だし」

 アリサは背をもたせかけると、目を閉じじっとする。その無防備な行動にこちらはどうしてよいのかわからず、黙って馬を操る。

「とりあえず、贈ってもらったプレゼント分は返さないとね」

「これ以上、俺に貸しを作らせないで欲しいんだけど」

「それは、お互いの認識が違うだけ。私はあんたに御世話になりっぱなしだからね」

 ああいえばこういうとばかりに軽口の応酬をしてしまう。
 結局、この日は宿に着くまで、ひたすら彼女との会話を楽しむのだった。



「ううう、腰が痛い」

 宿に着き、食事と風呂を終えると、アリサがそんなことを言い出した。

「だから言ったのに、慣れないと長時間乗るのはきついんだよ」

 俺も乗馬を習い始めた最初の日は身体が痛かった。もっとも、エリクサーを飲んで治してしまったので、経験として最初の乗馬は身体が痛くなると知っているだけだ。

「ミナト、マッサージしてよ」

 浴衣姿で布団に身体を投げ出し、俺にマッサージをせがむアリサ。
 ちなみにこの宿だが、元を辿れば日本人が経営していたらしく、この街の名物として有名な場所らしい。

 現実世界の文化が異世界に根付いているのだが、馴染みがあるものが存在するというのは落ち着く。

「しかたないな」

 俺自身は疲労を既にエリクサーでどうにかしてしまっているので問題ない。明日以降も旅は続くので、彼女の疲労をとっておくとしよう。

「んにゃ、痛い痛い! もっと、優しくしてよっ!」

 彼女の腰に手を当てると、じわっと温かさが伝わってくる。風呂上りで血行が良く、体温も高いからだろうか?

「このくらいでいいか?」

「うん、気持ちいいわよ」

 力を加減すると、彼女は機嫌良さそうに返事をした。
 寝転がっている彼女の肩と腰、それに太ももと順番にマッサージしていく。

 専門的な知識などないので、適当なのだが、アリサの反応をみてよさそうな揉み方をする。

 しばらくして、一通り身体を揉み終えると。

「ふぅ、極楽ぅ。もう今日は動けないかも」

 アリサは布団に顔を埋めると、そんなことを言い出した。

「寝るんだったら自分の部屋に帰れよ」

 散々、俺の布団の上で動き回られたので、ここで寝るというのはなんだかよくない気がするのだが、取り換えてもらうというのは意識していることを相手に伝えるような気がして嫌だった。

「うん、まあ……そうよね」

 アリサは起き上がると、これまでの様子が嘘だったかのように歩き部屋の入口へと向かう。

「ミナト」

「何だ?」

 振り返るとアリサは言う。

「私が去った後、私の感触を思い出して色々したらだめだからね」

「するかっ!」

 枕を投げると、アリサはアッカンベーをすると、

「それじゃあおやすみなさい」

 ささっと出て行く。その際、耳が真っ赤だったのを俺は見逃さない。

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