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第25話 盗聴していたらとんでもない会話を聞かされた
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向かいのソファーにはシーラが座っている。
話があるというから部屋に呼び込んだのだが、本来であれば今頃仕込んだ魔導具を介してマーガレットたちの思惑を盗み聞くつもりだった。
用意した紅茶が湯気を立てている、部屋に備え付けてあったポットを拝借して淹れたものだが、彼女は口を付けることなくじっとカップを見つめていた。
妙に気まずい雰囲気が漂っている。
バベルに入ってからというもの、彼女とは泊まる部屋が別だったので夜分にこうして二人っきりになることがなかった。
バベルの外では常に一緒にいたのだが、外の世界で生き延びるためにやらなければならないことが多かった為、自然とその内容について話せば時間が潰せた。
それを思い出した俺は話題を振ることにする。
「そう言えば、シーラは今後どうするつもりなんだ?」
俺の目的は深淵ダンジョンを出て外の世界へと戻ることだ。
あちらの世界に未練があるわけではないが、挨拶しそびれた知り合いもいるし、何よりあのギルドマスターに痛い目を合わせないことには気が収まらない。
「そういうピートはどうするつもり?」
そんなことを考えているとシーラから質問を返された。
「俺は……正直まだ悩んでいる最中だ。この国から出るにしても情報が足りなさすぎるからな」
この会話をマーガレットたちが聞いている。そのことを念頭に入れながら言葉を選ぶ。
「とりあえずあの金属が何なのかわからないが、当面の生活に困らない程度の価値があればいいと思っている」
「ピート?」
シーラも俺もあれがオリハルコンだと知っているため、首を傾げる。だが彼女にその続きを言わせるまで待つ必要はない。
「それより今後の俺たちの話をしよう」
俺にとって外の世界は戻る場所だがシーラにとってはどうだろうか?
以前、両親のことに加えて自分の気持ちが整理できないと俺に言ったことがある。
あの時はバベルがあることなど知らず、ただ生き延びる為だけに必死だったが今も同じ考えとは限らない。
バベルにはモンスターが現れず安全が保障されている。さきほどスカーレットとも打ち解けていたことからシーラはここに残った方が良いのではないだろうか?
そんなことを考えているとシーラが動き出した。彼女はソファーから立ち上がると俺の隣にきて座る。そして上目遣いで俺を見上げるとその瞳が潤んでいた。
「『私たちのこと』ってどういう意味?」
「それは、今後も一緒に行動するのかどうかについてだが?」
今ならマーガレットも聞いている。ここに残ると言えば許可されるに違いない。
俺はシーラからその手の発言が出てくると思ったのだが、彼女は予想外な質問をしてきた。
「私が一緒だとピートの迷惑にならない?」
彼女は恐る恐る俺に問いかける。
「何を言っている? これまで一度でも俺がシーラを迷惑だと言ったことがあるか?」
彼女は首を横に振る。
「でも一緒だと迷惑をかけることになるわ」
バベルに来る直前の、俺を避けている時のシーラの表情が浮かぶ。バベルに入ってからも彼女は葛藤している様子を見せていた。恐らく自信を喪失しているのだろう……。
「迷惑なんて思ったことはない」
シーラがどう考えていようと俺は彼女を仲間だと思っている。
「でも、私はあなたが嫌っている……」
シーラは声を震わせると何かを告げようとする。
「俺がシーラを嫌うなんてありえない」
だが俺はそんな彼女の言葉を否定していく。自分を卑下するシーラなんて見たくないからだ。
「いいか、シーラ。一度しか言わないからよく聞いてくれ」
「う、うん」
肩に手を置き真剣な表情で彼女を見つめる。自信を失っているシーラには慰めの言葉をいくら並べたところで無意味だと思った。
彼女に必要なのは、誰かにとって自分が必要だと認識すること。なら俺が言葉にするべきだろう。
「俺にはお前が必要だ。傍にいてくれ」
次の瞬間、シーラの目から涙が零れ落ちると……。
「はい、あなたの傍にいます」
美しい笑顔を浮かべるのだった。
翌日になり、食堂へと行く。
屋敷の主人であるマーガレットは既に席についているのだが、その顔は先日までの取り繕うものとは完全に違っていた。
盗聴の魔導具は会話がヒートアップした時に壊してある。なので向こうも俺が盗聴魔導具に気付いていたことを知っているのだ。
マーガレットと執事の生暖かい視線を気まずそうに受け流していると、
「おはよう、ピート」
シーラが遅れて現れた。彼女は恥ずかしそうにはにかむと俺の隣へと座った。
「えへへへ、今日から改めて宜しくお願いします」
昨晩、話し足りないとばかりに彼女は俺に自分の素性を語った。
およそ見当がついていたが、彼女はトラテムの王族で、反逆にあって追い詰められて深淵ダンジョンへと入ったという。
これまで様子が変だったのは、俺が権力者に対して良い感情を持っていないと知っていたからだ。
昨晩は本当ならここで別れる話をしに部屋を訪れたらしいのだが、俺の言葉で自分が嫌われていないことを知り考え直したらしい。
「そういえばピートさん、昨晩お預かりした金属だけど鑑定の結果オリハルコンだったわ」
俺がシーラの視線に気まずさを感じていると、マーガレットが話し掛けてきた。
「本当ですか?」
「それで、もし良かったら買い取らせていただきたいのだけど?」
ここまでは会話が筒抜けだったので意思の確認ができている。
「ええ、価値がわかりませんので適正価格をつけていただければ幸いです」
「そう、それなら今回はおまけしておくわよ」
「いいんですか?」
譲歩を引き出せたことに俺が驚きを見せると、彼女はからかいの笑みを浮かべる。
「あんな情熱的な告白を聞かされちゃあね、御祝儀ということにしておくわ」
「……なんのことですかね?」
盗聴魔導具を利用してこちらに有利な情報を流しつつ相手の会話を盗み聞く算段だったのだが、シーラの乱入ですべての計画が崩れた。
「若いってのはいいわね、私もあんな情熱的に迫られたかったわ」
そう言ってスカーレットは執事に相槌を求める。
「そうですな。ピート様は非常に真っすぐな良い男かと」
今では逆にマーガレットに弱みを握られている。
「ん? ん? どういうことなの?」
俺とスカーレットの会話を聞いたシーラはただ一人あの会話が盗聴されていた事実を知らず首を傾げるのだった。
話があるというから部屋に呼び込んだのだが、本来であれば今頃仕込んだ魔導具を介してマーガレットたちの思惑を盗み聞くつもりだった。
用意した紅茶が湯気を立てている、部屋に備え付けてあったポットを拝借して淹れたものだが、彼女は口を付けることなくじっとカップを見つめていた。
妙に気まずい雰囲気が漂っている。
バベルに入ってからというもの、彼女とは泊まる部屋が別だったので夜分にこうして二人っきりになることがなかった。
バベルの外では常に一緒にいたのだが、外の世界で生き延びるためにやらなければならないことが多かった為、自然とその内容について話せば時間が潰せた。
それを思い出した俺は話題を振ることにする。
「そう言えば、シーラは今後どうするつもりなんだ?」
俺の目的は深淵ダンジョンを出て外の世界へと戻ることだ。
あちらの世界に未練があるわけではないが、挨拶しそびれた知り合いもいるし、何よりあのギルドマスターに痛い目を合わせないことには気が収まらない。
「そういうピートはどうするつもり?」
そんなことを考えているとシーラから質問を返された。
「俺は……正直まだ悩んでいる最中だ。この国から出るにしても情報が足りなさすぎるからな」
この会話をマーガレットたちが聞いている。そのことを念頭に入れながら言葉を選ぶ。
「とりあえずあの金属が何なのかわからないが、当面の生活に困らない程度の価値があればいいと思っている」
「ピート?」
シーラも俺もあれがオリハルコンだと知っているため、首を傾げる。だが彼女にその続きを言わせるまで待つ必要はない。
「それより今後の俺たちの話をしよう」
俺にとって外の世界は戻る場所だがシーラにとってはどうだろうか?
以前、両親のことに加えて自分の気持ちが整理できないと俺に言ったことがある。
あの時はバベルがあることなど知らず、ただ生き延びる為だけに必死だったが今も同じ考えとは限らない。
バベルにはモンスターが現れず安全が保障されている。さきほどスカーレットとも打ち解けていたことからシーラはここに残った方が良いのではないだろうか?
そんなことを考えているとシーラが動き出した。彼女はソファーから立ち上がると俺の隣にきて座る。そして上目遣いで俺を見上げるとその瞳が潤んでいた。
「『私たちのこと』ってどういう意味?」
「それは、今後も一緒に行動するのかどうかについてだが?」
今ならマーガレットも聞いている。ここに残ると言えば許可されるに違いない。
俺はシーラからその手の発言が出てくると思ったのだが、彼女は予想外な質問をしてきた。
「私が一緒だとピートの迷惑にならない?」
彼女は恐る恐る俺に問いかける。
「何を言っている? これまで一度でも俺がシーラを迷惑だと言ったことがあるか?」
彼女は首を横に振る。
「でも一緒だと迷惑をかけることになるわ」
バベルに来る直前の、俺を避けている時のシーラの表情が浮かぶ。バベルに入ってからも彼女は葛藤している様子を見せていた。恐らく自信を喪失しているのだろう……。
「迷惑なんて思ったことはない」
シーラがどう考えていようと俺は彼女を仲間だと思っている。
「でも、私はあなたが嫌っている……」
シーラは声を震わせると何かを告げようとする。
「俺がシーラを嫌うなんてありえない」
だが俺はそんな彼女の言葉を否定していく。自分を卑下するシーラなんて見たくないからだ。
「いいか、シーラ。一度しか言わないからよく聞いてくれ」
「う、うん」
肩に手を置き真剣な表情で彼女を見つめる。自信を失っているシーラには慰めの言葉をいくら並べたところで無意味だと思った。
彼女に必要なのは、誰かにとって自分が必要だと認識すること。なら俺が言葉にするべきだろう。
「俺にはお前が必要だ。傍にいてくれ」
次の瞬間、シーラの目から涙が零れ落ちると……。
「はい、あなたの傍にいます」
美しい笑顔を浮かべるのだった。
翌日になり、食堂へと行く。
屋敷の主人であるマーガレットは既に席についているのだが、その顔は先日までの取り繕うものとは完全に違っていた。
盗聴の魔導具は会話がヒートアップした時に壊してある。なので向こうも俺が盗聴魔導具に気付いていたことを知っているのだ。
マーガレットと執事の生暖かい視線を気まずそうに受け流していると、
「おはよう、ピート」
シーラが遅れて現れた。彼女は恥ずかしそうにはにかむと俺の隣へと座った。
「えへへへ、今日から改めて宜しくお願いします」
昨晩、話し足りないとばかりに彼女は俺に自分の素性を語った。
およそ見当がついていたが、彼女はトラテムの王族で、反逆にあって追い詰められて深淵ダンジョンへと入ったという。
これまで様子が変だったのは、俺が権力者に対して良い感情を持っていないと知っていたからだ。
昨晩は本当ならここで別れる話をしに部屋を訪れたらしいのだが、俺の言葉で自分が嫌われていないことを知り考え直したらしい。
「そういえばピートさん、昨晩お預かりした金属だけど鑑定の結果オリハルコンだったわ」
俺がシーラの視線に気まずさを感じていると、マーガレットが話し掛けてきた。
「本当ですか?」
「それで、もし良かったら買い取らせていただきたいのだけど?」
ここまでは会話が筒抜けだったので意思の確認ができている。
「ええ、価値がわかりませんので適正価格をつけていただければ幸いです」
「そう、それなら今回はおまけしておくわよ」
「いいんですか?」
譲歩を引き出せたことに俺が驚きを見せると、彼女はからかいの笑みを浮かべる。
「あんな情熱的な告白を聞かされちゃあね、御祝儀ということにしておくわ」
「……なんのことですかね?」
盗聴魔導具を利用してこちらに有利な情報を流しつつ相手の会話を盗み聞く算段だったのだが、シーラの乱入ですべての計画が崩れた。
「若いってのはいいわね、私もあんな情熱的に迫られたかったわ」
そう言ってスカーレットは執事に相槌を求める。
「そうですな。ピート様は非常に真っすぐな良い男かと」
今では逆にマーガレットに弱みを握られている。
「ん? ん? どういうことなの?」
俺とスカーレットの会話を聞いたシーラはただ一人あの会話が盗聴されていた事実を知らず首を傾げるのだった。
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