学園のマドンナの渡辺さんが、なぜか毎週予定を聞いてくる

まるせい

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第29話 学園のマドンナはサバカツサンドを食べる

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「それじゃあ、私たちは買い出しに行くから、場所取りよろっ!」

 十数分程歩き、花火大会の会場へと到着する。
 ここは市営の臨海公園で、広々とした芝生にベンチ、綺麗なトイレもあるので、比較的快適に花火を見学することができる。

 花火大会の開始が19時30分となっており、一時間前の現在、ブルーシートが広げられ、どんどんとスペースが埋められていった。
 そんな訳で、俺たちは場所取りをする班と、買い出しをする班に分かれることにしたのだが……。

「意外。てっきり相川が料理を用意してくれるんだと思ってたし」

 石川さんがそんなことを言い出した。

「どうして……?」

 そう思ったのか聞いてみる。

「そりゃ、屋台なんかより、相川が作る料理の方が絶対に美味しいからな!」

 相沢がそんなことを言い出した。
 確かに、普段の俺ならそれも考えなくはなかった。気兼ねなく釣る口実にもなるし、釣った魚を美味しそうに食べてもらえるのは何より嬉しいから。

 だが、今回の作戦の仕切りは沢口さんがすることになっている。
 彼女が「二人に場所取りをしてもらって、その間に私たちが食糧を確保すればいい雰囲気になる」と言っていたので断念したのだ。

「ああっ! しまったっ! その手があったじゃん!」

 ところが、沢口さんは急に大声を上げる。

「もしかして、気付いてなかったのですか。真帆さん?」

 渡辺さんが沢口さんをじっと見る。

「言ってよぉ! 相川っちの手料理を一回食べ損ねたよぉ」

 残念そうな声を出す。俺としてもそこまで渇望されると悪い気はしないのだが……。

「まあ、わざわざ用意してこなかったということは、きっとボウズだったんだろ?」

「失礼な、夏休み中は魚を持ち帰れなかった日は存在しない」

 相沢の不本意な邪推に、俺はムッとすると言い返した。

「へぇ、そんなに釣れるんだ? 釣りも楽しそうじゃん」

 石川さんが興味を持ったのか、話を拾い上げる。

「それより、さっさと買い出しに行こうよ」

 屋台の混みようを見て、沢口さんが俺たちを急かす。仕掛け人としては早く相沢と石川さんを二人きりにしたいのかもしれない。

「それじゃあ、相沢。俺たちの荷物見ておいてくれ」

 俺はバッグを預けると彼女に続く。
 沢口さんが先頭で、俺の後を渡辺さんが追いかけてきた。

 服を掴まれ、何事かと思い振り返ると、彼女は周囲をみて相沢も石川さんも沢口さんもこちらを見ていないと確認をし、顔を寄せて囁く。

「また、私も釣りに連れて行って下さいね」

 そう秘密の約束を交わし沢口さんを追いかけていく。
 これは、この前の約束と同枠扱いなのか、それとも他の約束になるのか?

 それが気になった俺はずっと考えてしまい、どうしようか悩むのだった。





「それじゃあ、カンパーイ」

 屋台の食べ物を買い込んだ俺たちは、ブルーシートの真ん中に料理を並べる。
 三人で買い出しをしてきただけあって、かなりのボリュームだ。

 沢口さんの音頭で、各々手に持っているペットボトルを掲げ、ぶつける。
 まるで自分がトップカースト側に立っているかのような錯覚に捉われるのだが、やはり行動に違和感を覚えるというか、どこかしっくりこない気がした。

 そんなわけで、それぞれが好きに料理に手を出し、会話に花を咲かせる。

「しかし、入学した当時はまさか相川とこんな関係になるとは思っていなかったな」

 相沢が俺に話しかけてきた。

「確かに、学園に入学する前にはまったく想像もしていなかったぞ」

 自分が男女混合グループに所属し、夏休みに花火大会に来る。ましてや、グループメンバー全員トップカーストで、学園のマドンナまでいるなんて、予想しろと言われても無理だろう。

「これも全部、相川が釣りをしていたお蔭だな」

 入学当時に俺の料理目当てで声を掛けてきたのは相沢だ。釣りをしていなければ仲良くならなかったのだろうか?

「それだと、大事なのは俺ではなく魚なんじゃないか?」

 俺は相沢の言葉尻を捉えて聞いてみるのだが、

「前も言っただろ? お前は自分が思ってるより面白い奴だって。俺は気に入ったやつとじゃなきゃこうしてつるまねえよ」

 そんな俺の疑問に「釣りはあくまできっかけだろ?」と言ってくる。

 こういうことをサラリというのがこの男のずるい部分だ。人当たりがよく、イケメンで、人が喜ぶ言葉を自然と選ぶことができる。
 相沢がこういう男だからこそ、俺たちは仲良くなれたのだろうと思う。

「だよね、相川っちは面白いし!」

 沢口さんがこちらの会話に混ざってくる。

「沢口さんに言われると、何かからかわれている気がしてならないんだけど……」

 隙あらば冗談を差し込んでくるので、正直に受け取るわけにはいかないのだ。

「それにしてもあーあー、相川っちの手料理が恋しいなー」

 料理を手につけながら、沢口さんがそんなボヤキをいれる。そろそろ出してしまっても問題ないだろう。
 俺はバッグを開けると、中から保温バッグを取り出す。中には保冷剤が入っており、包装した丸いものが5つ。

「相川君、それは?」

 石川さんと話をしていた渡辺さんがこっちを見て首を傾げた。

「昨日釣ったサバを使ったサバカツサンドだよ」

 最初にあることを知らせると、買い出し要員を減らす可能性があったので、これまでバッグに入れて保存していた。
 場に出すには今がちょどよい頃合いだろう。

「流石、相川。でかした!」

「憎いね、このっ! このっ!」

 沢口さんが肘で俺を突いてきた。

「はい、石川さんも」

「ん、ありがと」

 手渡すと、石川さんは短く御礼を言う。頬が緩み嬉しそうに見えるので、楽しんでもらえるとこちらとしても悪い気がしない。
 渡辺さんも笑顔で受け取り、周囲が楽しそうに話す中、俺たちは無言でサバカツサンドを食べる。

「んー、ほいひいよー」

 沢口さんが頬に手をやり至福の表情を浮かべた。

「結構肉厚があるんだね。私サバの寿司は苦手だけど、これは油で揚げたせいか生臭さもないし美味しいかも?」

 石川さんからも高評価だ。確かに、サバは釣って直ぐに締めないと鮮度が落ちてしまい臭みがでてしまう。彼女がサバを苦手というのは覚えておこう。

「うん、いつも通り美味いぜ!」

 相沢はいつも通りにサムズアップをすると食べるのに戻ってしまった。
 問題は、渡辺さんだ。

 以前、中庭で「揚げ物はちょっと」という話になったことがある。あの時は沢口さんと石川さんがことわったので渡辺さんも遠慮したのだと思っていたが、本当に食べたくなかった可能性もある。

 俺が見ていると、彼女は小さな口を動かしサクサクとサバカツサンドを食べている。そして俺と目が合うと、プイと逸らしてしまった。

「相川っち、女の子が食べてる姿をあまりジロジロ見るんじゃありません!」

「あっ、ごめん」

 考えて見れば不躾だった。評価が気になり先程からずっと渡辺さんを見ていたのだが、人に見られながらは食べ辛いだろう。

「いえ……。大丈夫です」

 沢口さんとのやり取りに、彼女は慌てて嫌ではないと否定してくれる。

「私も、相川君の作る料理……好き、ですから」

 渡辺さんの評価に思わず頬が緩みそうになった。やはり人から美味しいと言われるのは嬉しい。

「ん、そろそろか?」

 相沢が周囲を見回す。先程まで楽しそうに話していた来場者も、今では声を出さず浜辺を見ている。花火が打ちあがるはずの場所だ。
 気が付けばそろそろ花火大会が始まる時刻になっていたらしい。俺たちも黙り込むと空を見つめた。

 周囲のライトが消され、皆が息を飲む。

 ――ヒューーーーーー! ドンッ! パチパチパチ……――

 夜空に花火が打ち上がる。
 思っていたよりも近く大きい。これまで俺は、こういった会場に足を運ぶことがなかったので、小学・中学時代は遠くから見るだけだった。
 花火大会を楽しみにする同級生を横目に、あまり興味を示すことなくイベントに積極的に参加する気もなかった。

 今回の件も、相沢と石川さんをくっつけるという口実で沢口さんが誘ってくれなければ、こうして足を運ぶこともなかったのだろう。

 花火が上がるたびに歓声が上がる。
 この場には多くの来場者が訪れているはずなのだが、今は皆花火に夢中になっている。
 様々な色彩の花火が打ち上がり、俺たちを魅了していく。
 俺は、この場に身を置き、花火を見られている感動に震えてしまった。

 どうして、こんなにも綺麗なのだろうか?
 同じものを共有し、同じ感動を味わう。先日にも似た体験をした。

(そういえば……)

 俺はふと、相沢と石川さんの様子が気になり視線を下す。花火を見てよい雰囲気になっているのかどうか……。
 視線を下げると、ふと誰かに見られていることに気付く。
 前には相沢と石川さんがおり、花火を鑑賞している。俺の左には沢口さんが、右には渡辺さんがいるのだが……。

 水晶のような瞳に花火の明かりが映り込む。白い肌が光を浴びて様々な色に染まる。先程から、彼女の指先が俺の指先に触れている気がする。

 本人は気付いているのか、それとも気付いていないのか?
 俺は固まってしまい、指先一つ動かすことが出来ずにいる。

 彼女は俺から視線を逸らすと花火鑑賞へと戻ってしまう。

 それから、花火大会が終わるまで、俺は思考が定まらず、ただひたすら顔を上げ、空に浮かぶ花火とその音を聞くのだった。


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