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第25話 学園のマドンナは頬を赤く染めじっと見つめる
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風で亜麻色の髪がたなびき、月明かりを浴びた瞳が光を吸い込み揺れている。
どこか儚げな佇まいを見せた渡辺さんは、何一つ言葉を発することなく俺を見続けていた。
出会ってから数ヶ月が経つ。学園では俺と彼女が話すことはほぼなかったが、釣りに行ったり水族館に行ったり、今回は旅行をしたり、楽しい時間を共有してきたと思う。
そんな俺だからわかることもある。今、渡辺さんが浮かべている表情はこれまで見たことがないものだということに。
彼女は小さな口を開くと、ポツリと呟いた。
「私、御友人と泊りの旅行をするの初めてなんです」
右手で顔に掛かった髪を払い、海を見つめる。
「家が厳しくて、中学までは女子高に通っていたので、男の人とあまり話したこともなかったんですよ」
「そうだったんだ?」
今の渡辺さんからは想像もつかない。俺が知っている彼女は社交性が高く、常に周囲に誰かがいて、男女隔てることなく仲良くしているイメージだったからだ。
「実はこう見えて、今も男の子と話すのが苦手だったりするんです」
唐突にそんな情報を俺に告げてくる。
「でも、いつも一緒にいる男子は?」
普通に仲良く会話をしているように見えたのだが……。渡辺さんは俺の内心を読み取ったのか、クスリと笑ってみせると、
「いつもは、里穂さんも真帆さんも一緒にいてくれますから。二人きりだといまだに緊張します」
そう言って唇をキュッと結んでみせた。
彼女が今語っているのは真実なのだろう。ずっと無言でいるわけにはいかない。俺も口を開いた。
「実は俺も、女の子は全体的に苦手なんだ」
彼女に負けず劣らず異性に対して苦手意識を持っている。もっとも、俺は男子も苦手なのだけど……。
苦手を共有することで、仲間意識のようなものが芽生えればよいなと考えたのだが、
「その割には真帆さんと随分仲良くなったじゃないですか?」
心なしか咎めるような口調をしている。ゆっくりと俺に近付いてきた彼女は頬を膨らませていた。
「あれは、沢口さんのコミュニケーション能力が高いからだよ」
相手が不快に感じない程度に、それでも積極的に距離を詰めることができるのは彼女の才能だと思う。沢口さんから話し掛けてきてくれなければ、あんなやり取りをするのは俺には不可能だったに違いない。
「それに、沢口さんも言ってたよね。俺のことは『弟』みたいなものだって」
渡辺さんにはその辺を誤解して欲しくない。俺は昨夜の沢口さんのセリフを引き合いに出した。
「俺から見ても、沢口さんは姉……というよりは「妹」みたいな感じだな。手が掛かるし……異性として見ているということはないから」
実際、言っていてしっくりとくる。掛け合いをしている間は楽しいのだが、彼女に感じる気持ちは恋愛ではない。もっと他の何かだと断言できる。
「そうでしょうかね?」
「うん、間違いなくそうだよ」
探るような視線を向けてくる渡辺さん。ここで言い淀むと誤解が深まるので自信満々に言い切った。
「……信じます。相川君には水着姿も褒めてもらいましたし」
口元に手をあて微笑む。一瞬どうしたのかと思ったが、その仕草が一瞬沢口さんに似ていた。意図的に真似をしたのだろう。
「……あまりからかわないで欲しいんだけどな」
これまでと違う、すこし意地悪な言葉にどう返事をすればよいかわからない。
「私にも、真帆さんみたいに突っ込んでくれてもいいですよ? その方が嬉しいですから」
「いや、沢口さんと渡辺さんは違うから」
学園のマドンナ相手に雑な対応をする勇気は流石にない。
「ずるいです。私の方が先に……仲良くなったのに!」
俺がそう答えると、渡辺さんは俺を睨みつけると頬を膨らませた。その態度にこれまで彼女の様子が変だったことに説明がつく。
おそらく、渡辺さんは自分の親友でもある沢口さんが俺とばかり仲良くしていることに嫉妬をしているのだ。
「ごめん、これからは気を付けるよ」
沢口さんが話題を振ってきたら、渡辺さんも巻き込むようにしよう。
「本当ですか? これからはもっと私とも話してくださいますか?」
「うん、渡辺さんと沢口さんがもっと話せるように考えるよ」
「えっ?」
「ん?」
何やら会話が噛み合っていない気がする。俺たちはお互いに顔を見合わせた。
結構な時間、話し込んでいたせいか、気が付けば空が明るくなり、陽が昇り始めていた。
「そうだ、渡辺さん。行きたいところがあるんだけど……」
俺は、この浜辺で日の出の絶景スポットがあることを思い出す。
宿から結構な距離があるので特に行くつもりはなかったのだが、歩いているうちに割と近くまできていたので、せっかくここまで来たのなら見ないと逆に損だ。
「えっ? どちらに……?」
説明している時間が惜しい。陽が出てしまう。
「いいから、こっち!」
「きゃっ!」
後ろから渡辺さんの驚く声が聞こえる。俺は後ろに彼女の息遣いを感じると、早足でその場所へと向かった。
「間に合った」
「はぁはぁはぁ、な、何なんですか?」
渡辺さんが息を切らしている。批難めいた声が聞こえるが、
「あれ、見てよ。渡辺さん」
俺は右手で前を指差す。
「凄い……岩の間から太陽が昇ってきています」
それは、とても言葉では言い表せない程の素晴らしい景色だった。
水平線が白く輝き、段々と太陽が昇ってくる。
海に立つ二つの高い岩。その間から徐々に太陽が姿を現し、空を青く染め上げる。
その光景は幻想的で、陽の光が照らす渡辺さんの横顔はこれまで見てきた中で一番綺麗だった。
「相川君が見せたかったのってこれですか?」
真横に立ち、同じ光景を見て感動を共有している。学園に入学する前、誰が予想できただろう?
学園のマドンナとこうして並び立ち日の出を見るなどと……。
「うん、ここは観光スポットの一つでね、ここから見られる日の出は日本十景に数えられる美しさなんだ。それを思い出したから……」
時間がギリギリになってしまったので、強引に連れてきてしまったがこの光景を見られて彼女も満足してくれたのではないか?
「そ、そうだったんですね」
渡辺さんはそう言うと、俺たちの手をチラチラと見ている。
「ほら、周囲にも結構人がきているでしょ?」
気が付けば、日の出を見ようと多くの人間が海の方を向いていた。家族連れやカップルに夫婦など、親しい人とみたこの光景は一生の思い出になるのだろうとおぼろげに考えてしまう。
ふと、渡辺さんの方を見ると、彼女は日の出を見ておらず、俯いてしまっていた。
彼女の視線の先を目で追うと……。
「ご、ごめんっ!?」
俺は彼女の手を握り締めていた。日の出まで間に合わないかもしれない焦りと、説明する時間がなかったとはいえ、いきなり手を握ってしまったのだ。
彼女の気が散っていたのはこれのせいだ。
先程「男の人は苦手」と聞いたばかりだというのに……。
「夢中だったとはいえ、嫌な目に合わせてごめん。今手を離すから」
声を掛けて左手の力を緩める。だが……。
「えっ?」
俺が力を抜き左手を戻すと同時に、今度は彼女が俺の左手を握り締めてきた。
「他の男性なら確かに苦手です。でも、相川君なら嫌じゃないですから!」
真剣な瞳が俺を見つめてくる。先程までの恥ずかしそうな表情ではない、何か言いたいことがあるような……。覚悟を決めたような表情だ。
「相川君と一緒だと、新しい体験がどんどんできます。釣りもそうですし、水族館に海水浴。私、自分の中にこんな感情があったなんて初めて知ったんです。今日も凄く楽しかったです」
俺が何か言葉を挟む隙もなく、渡辺さんは内心を吐露していく。
彼女から握られている手が熱を帯びてくる。先程までは自分から握っていたのに、今は心臓がドキドキとしている。
そうこうしている間にも、渡辺さんは言葉を続ける。俺たちは既に日の出を気にしておらず、お互いの存在のみに集中している。
「相川君、私、相川君のことが――」
どこか儚げな佇まいを見せた渡辺さんは、何一つ言葉を発することなく俺を見続けていた。
出会ってから数ヶ月が経つ。学園では俺と彼女が話すことはほぼなかったが、釣りに行ったり水族館に行ったり、今回は旅行をしたり、楽しい時間を共有してきたと思う。
そんな俺だからわかることもある。今、渡辺さんが浮かべている表情はこれまで見たことがないものだということに。
彼女は小さな口を開くと、ポツリと呟いた。
「私、御友人と泊りの旅行をするの初めてなんです」
右手で顔に掛かった髪を払い、海を見つめる。
「家が厳しくて、中学までは女子高に通っていたので、男の人とあまり話したこともなかったんですよ」
「そうだったんだ?」
今の渡辺さんからは想像もつかない。俺が知っている彼女は社交性が高く、常に周囲に誰かがいて、男女隔てることなく仲良くしているイメージだったからだ。
「実はこう見えて、今も男の子と話すのが苦手だったりするんです」
唐突にそんな情報を俺に告げてくる。
「でも、いつも一緒にいる男子は?」
普通に仲良く会話をしているように見えたのだが……。渡辺さんは俺の内心を読み取ったのか、クスリと笑ってみせると、
「いつもは、里穂さんも真帆さんも一緒にいてくれますから。二人きりだといまだに緊張します」
そう言って唇をキュッと結んでみせた。
彼女が今語っているのは真実なのだろう。ずっと無言でいるわけにはいかない。俺も口を開いた。
「実は俺も、女の子は全体的に苦手なんだ」
彼女に負けず劣らず異性に対して苦手意識を持っている。もっとも、俺は男子も苦手なのだけど……。
苦手を共有することで、仲間意識のようなものが芽生えればよいなと考えたのだが、
「その割には真帆さんと随分仲良くなったじゃないですか?」
心なしか咎めるような口調をしている。ゆっくりと俺に近付いてきた彼女は頬を膨らませていた。
「あれは、沢口さんのコミュニケーション能力が高いからだよ」
相手が不快に感じない程度に、それでも積極的に距離を詰めることができるのは彼女の才能だと思う。沢口さんから話し掛けてきてくれなければ、あんなやり取りをするのは俺には不可能だったに違いない。
「それに、沢口さんも言ってたよね。俺のことは『弟』みたいなものだって」
渡辺さんにはその辺を誤解して欲しくない。俺は昨夜の沢口さんのセリフを引き合いに出した。
「俺から見ても、沢口さんは姉……というよりは「妹」みたいな感じだな。手が掛かるし……異性として見ているということはないから」
実際、言っていてしっくりとくる。掛け合いをしている間は楽しいのだが、彼女に感じる気持ちは恋愛ではない。もっと他の何かだと断言できる。
「そうでしょうかね?」
「うん、間違いなくそうだよ」
探るような視線を向けてくる渡辺さん。ここで言い淀むと誤解が深まるので自信満々に言い切った。
「……信じます。相川君には水着姿も褒めてもらいましたし」
口元に手をあて微笑む。一瞬どうしたのかと思ったが、その仕草が一瞬沢口さんに似ていた。意図的に真似をしたのだろう。
「……あまりからかわないで欲しいんだけどな」
これまでと違う、すこし意地悪な言葉にどう返事をすればよいかわからない。
「私にも、真帆さんみたいに突っ込んでくれてもいいですよ? その方が嬉しいですから」
「いや、沢口さんと渡辺さんは違うから」
学園のマドンナ相手に雑な対応をする勇気は流石にない。
「ずるいです。私の方が先に……仲良くなったのに!」
俺がそう答えると、渡辺さんは俺を睨みつけると頬を膨らませた。その態度にこれまで彼女の様子が変だったことに説明がつく。
おそらく、渡辺さんは自分の親友でもある沢口さんが俺とばかり仲良くしていることに嫉妬をしているのだ。
「ごめん、これからは気を付けるよ」
沢口さんが話題を振ってきたら、渡辺さんも巻き込むようにしよう。
「本当ですか? これからはもっと私とも話してくださいますか?」
「うん、渡辺さんと沢口さんがもっと話せるように考えるよ」
「えっ?」
「ん?」
何やら会話が噛み合っていない気がする。俺たちはお互いに顔を見合わせた。
結構な時間、話し込んでいたせいか、気が付けば空が明るくなり、陽が昇り始めていた。
「そうだ、渡辺さん。行きたいところがあるんだけど……」
俺は、この浜辺で日の出の絶景スポットがあることを思い出す。
宿から結構な距離があるので特に行くつもりはなかったのだが、歩いているうちに割と近くまできていたので、せっかくここまで来たのなら見ないと逆に損だ。
「えっ? どちらに……?」
説明している時間が惜しい。陽が出てしまう。
「いいから、こっち!」
「きゃっ!」
後ろから渡辺さんの驚く声が聞こえる。俺は後ろに彼女の息遣いを感じると、早足でその場所へと向かった。
「間に合った」
「はぁはぁはぁ、な、何なんですか?」
渡辺さんが息を切らしている。批難めいた声が聞こえるが、
「あれ、見てよ。渡辺さん」
俺は右手で前を指差す。
「凄い……岩の間から太陽が昇ってきています」
それは、とても言葉では言い表せない程の素晴らしい景色だった。
水平線が白く輝き、段々と太陽が昇ってくる。
海に立つ二つの高い岩。その間から徐々に太陽が姿を現し、空を青く染め上げる。
その光景は幻想的で、陽の光が照らす渡辺さんの横顔はこれまで見てきた中で一番綺麗だった。
「相川君が見せたかったのってこれですか?」
真横に立ち、同じ光景を見て感動を共有している。学園に入学する前、誰が予想できただろう?
学園のマドンナとこうして並び立ち日の出を見るなどと……。
「うん、ここは観光スポットの一つでね、ここから見られる日の出は日本十景に数えられる美しさなんだ。それを思い出したから……」
時間がギリギリになってしまったので、強引に連れてきてしまったがこの光景を見られて彼女も満足してくれたのではないか?
「そ、そうだったんですね」
渡辺さんはそう言うと、俺たちの手をチラチラと見ている。
「ほら、周囲にも結構人がきているでしょ?」
気が付けば、日の出を見ようと多くの人間が海の方を向いていた。家族連れやカップルに夫婦など、親しい人とみたこの光景は一生の思い出になるのだろうとおぼろげに考えてしまう。
ふと、渡辺さんの方を見ると、彼女は日の出を見ておらず、俯いてしまっていた。
彼女の視線の先を目で追うと……。
「ご、ごめんっ!?」
俺は彼女の手を握り締めていた。日の出まで間に合わないかもしれない焦りと、説明する時間がなかったとはいえ、いきなり手を握ってしまったのだ。
彼女の気が散っていたのはこれのせいだ。
先程「男の人は苦手」と聞いたばかりだというのに……。
「夢中だったとはいえ、嫌な目に合わせてごめん。今手を離すから」
声を掛けて左手の力を緩める。だが……。
「えっ?」
俺が力を抜き左手を戻すと同時に、今度は彼女が俺の左手を握り締めてきた。
「他の男性なら確かに苦手です。でも、相川君なら嫌じゃないですから!」
真剣な瞳が俺を見つめてくる。先程までの恥ずかしそうな表情ではない、何か言いたいことがあるような……。覚悟を決めたような表情だ。
「相川君と一緒だと、新しい体験がどんどんできます。釣りもそうですし、水族館に海水浴。私、自分の中にこんな感情があったなんて初めて知ったんです。今日も凄く楽しかったです」
俺が何か言葉を挟む隙もなく、渡辺さんは内心を吐露していく。
彼女から握られている手が熱を帯びてくる。先程までは自分から握っていたのに、今は心臓がドキドキとしている。
そうこうしている間にも、渡辺さんは言葉を続ける。俺たちは既に日の出を気にしておらず、お互いの存在のみに集中している。
「相川君、私、相川君のことが――」
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