一線の越え方

市瀬雪

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13日の金曜日

続6

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「っあ! や、ぁ……っ!」

 ぴゅく、と僅かな飛沫がこぼれた感覚がした。
 けれどもそれ以上吐き出すには至らず、焦れたように腰がびくびくと震える。

 二の腕ごと抱き込まれているせいで、上体は大して動かせない。それでも、逸樹さんの腕に添えていた指を小さく動かし、乞うようにも堪えるようにもぐっと力を込める。

 いつかの映画館での出来事を思い出す。
 相原を撒《ま》くために逃げ込んだトイレの個室で、同じように俺を煽るだけ煽った逸樹さんは言ったのだ。「どうして欲しいか、希望があるなら言え。ちゃんとその口で言え」って――。

 あの時俺は結局言えなくて、だけど言わなくてもなし崩しにことは運んだ。
 俺だってあんまり追い詰められると、ちゃんと言葉で強請ったりもしてるらしい。
 らしいというのは、正直、自分がそんな自分を認めたくないからで……っていうか、それだっていつも先に痺れを切らした逸樹さんに、無理矢理言わされているような物だったし……。

 だけど今夜は――今夜の逸樹さんは、様子がちょっと違う気がする。

 このままでは、本当にいつまで経っても先に進んでくれないかもしれない。
 かといって今更手を引くようにも思えず、俺は茫洋とした頭で考えた。

 自分で触れようにも、それは絶対許してくれない。
 このまま言葉でいかせてって言ったって、それだけじゃきっと叶えてくれない。

 それなら、それなら――。

 考えて、考え抜いて出した答えは、

「わかった、わかったから……っ」

 俺は顔を背け、消え入るような声で呟いた。

「逸樹さんの……っや、やるから」

 だからいい加減、この燻るばかりの熱を収めさせて――。

「っ……」

 浴槽の縁に浅く座り、目の前に佇む逸樹さんの腰に手を添える。
 手早く泡を流すだけですっかり露わになったそれは、同性の自分でも怯むほどに反り返っていて――。

(こ……れが、いつも俺の中に入って……)

 直視は出来ないまでも、たどたどしく触れてみながら、片隅に残る理性が冷静に現実をとらえる。
 それがまたよけいに羞恥を煽り、俺の手を止めそうになったけれど、

「直人……」

 まるでそうさせないようにと、宥めるようにも、促すようにも、囁かれる声にどうにか覚悟を決めた。

「……ん……」

 どこへともなく視線を落としたまま、おそるおそる顔を近づける。
 かと言って、そこからどうすれば良いのか分からない俺は、過日の彼女との経験や、いつも逸樹さんにされていることを思い出してそれを辿るしか術がない。

 あまり気は進まなかったが、俺はそれに倣うようにして唇を寄せた。

 正直、逸樹さんにされるときより、記憶に残っているのは彼女との方だった。
 だってやっぱり、逸樹さんの方はあまりに的確で――されるほど翻弄されるばかりで、いつも頭が溶けたみたいになってしまうから、ほとんどどんなふうにされているのか覚えてなくて――。

「――ん、んっ……」

 先端に触れるだけのキスをして、そこから触れさせたままの唇を側面へと滑らせる。
 ちゅ、ちゅ、と何度も微かなリップ音を響かせながら、少しずつその位置をずらしていく。

 時折舌先を少しだけ伸ばして、肌の感触を確かめるみたいにぺろりと舐める。
 お湯で流したばかりだからか、味は特にしなかった。ただ、泡風呂の――ジェルのいい香りがほのかにするだけだ。

「っん……は」

 緊張しすぎて、息をするのを忘れてしまいそうになる。
 小さく酸素を吸ってから、今度は根本から上へと舌腹を押し当てたまま強めに舐め上げてみた。
 先端に辿り着くと、ぷくりと浮き上がっていた透明な液体の存在に気付く。
 躊躇いながらも、それを舌先ですくい上げた。

「……っ」

 ぴくりと、逸樹さんの身体が僅かに揺れた。
 手の中の屹立も、それに合わせて小さく跳ねる。

(……)

 その顕著な反応は、なんだかちょっと可愛く思えた。
 俺はそっと唇を浮かせて、半端に舌を覗かせながら、雫に濡れる切っ先を口の中へと迎え入れた。

「っう……、んん……っ」

 口内を圧迫する質量に、自然と眉根が寄る。
 苦いような、独特な味が味覚を刺激して、危うく嘔吐《えづ》きそうになった。
 それでも吐き出すことはせず、どうにか隙間から息を逃がして、更に奥へと引き込んでいく。

「ふっ……」

 唇をすぼめるようにして、ゆっくりと銜え込み、次にはゆっくりと顔を退く。
 思うより深く行くのは難しい。だけど、例えそれが浅くても、それなりに悦《よ》くはあるはずだ。
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