一線の越え方

市瀬雪

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灯る頃

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 夢現に、部屋の空調が効いていることに気付く。

「ん……?」

 次いで、開けたままだった遮光カーテンを、力任せに閉める音で目を開けた。

 重怠い身体をどうにか動かし、そちらを見遣ると、窓際に佇む逸樹さんの姿が目に入った。

「あぁ、起きたのか」
「逸樹さんもう起きてたの……?」
「もうってお前――」

 こちらへと戻ってきた逸樹さんは、いつのまにか近くに置いてあったミネラルウォーターのボトルを手に取りながら、

「時間」

 それだけ言って、ベッドの宮棚を指差した。

「えっ」

 そこには目覚まし時計が置いてあった。俺は促されるままその盤面を見て、

「えっ、えぇっ?! 嘘!」

 慌ててそれを手に取ると、

「い、一時?! 昼の?!」

 顔がぶつかりそうなほど近くで凝視しながら、喚くような声を上げた。

「お前、そんな声出せんなら、昨日あんな我慢する必要なかったんじゃねぇか」

 呆れたようにも、可笑しいようにも見える表情で、逸樹さんは持っていたペットボトルを俺に差し出した。

 俺はぽとりと時計を落とし、無言でそれを拾い上げ、棚に戻してから逸樹さんの方を見た。

「そ、それはそれ、これはこれ……。――って言うか、もっと早く起こしてくれて良かったのに」

 ペットボトルを受け取ると、誤魔化すようにそれを呷った。

(やばい、ちょっと動揺した)

 彼の口にした『昨日』と言う言葉に、目端が勝手に熱を帯びた。続けて昨夜――今朝という方が正しいのか?――の、ことが次々に思い出されそうになり、俺は咄嗟に頭を振った。

「……え、あ、っていうか、どっか買い物行ったの?」

 飲んでから言うのも何だが、このペットボトルには見覚えがない。
 気を改めて訊ねると、逸樹さんもやはり今頃かと言わんばかりの顔をした。

「お前が用意してたの、酒しかなかったからな。ついでに車も替えてきた」
「あ、そっか、そう言えばお茶切らしてた」
「別に酒飲んで出掛けられなくなりゃなったで、俺は構わねぇんだけどな」

 ベッドの上で、上体だけ起こしていた俺の傍に、逸樹さんが手をついた。
 俺はぱちりと瞬いた。

 不意に、ぎしりとベッドの軋む音がする。

 俺ははっとして手の中のペットボトルを逸樹さんに押し付けた。

「あ、あ、いや、せっかくだしどっか行こう、酒は別に夜でもいいし――…、っていうか、ケーキも食わねぇとな?!」

 何となくだが彼の意図を察すると、ひやりと背筋が冷たくなった。

(……まさか最初からそのつもりでカーテン閉めた?)

 とはこの状況で聞けない。

 俺は後退るようにして距離を保ったまま、空笑いを浮かべた。そして彼の横からすり抜けるようにベッドから降りようとして――、

「っ?! うわっ!」

 その足元に見事に崩折れた。

「え、嘘……、た、立て……」

 立てない。

 想定外の事態に呆然とする。足にも腰にもろくに力が入らず、大袈裟でなく本当に立てなかった。

 しかも何も着てねぇし……っ。

 ベッドから降り――落ちて、布団がなくなり、そうなってから今更気づいた。

 俺は慌てて昨夜脱ぎ落としたままだった服を肩にかけた。下着ははけなかったが、幸い丈には余裕があり、それだけでもないよりはましだった。

「なかなか大変そうだな」

 その頭上から、逸樹さんが白々しく声をかけてくる。

 誰のせいだよ……!

「これじゃ出掛けらんねぇなぁ」

 ぽんぽんと俺の肩を叩き、労るように背中を撫でながら、一方でしゃあしゃあと続ける彼の顔を、睨むようにして見返した。

「ふ、風呂でも入れば平気だよ!」

 ちゃんと身体が温まって、そうして少し時間が経てば――。

「それは経験上か?」
「う、うるせぇなっ」

 どこか楽しげに言う彼の手を払い除け、俺は手近なものを頼りにどうにか立ち上がる。しかし、一歩、二歩と踏み出したところで、結局ふらふらとその場にへたり込んでしまい、

(くそ…なんなんだよもう、情けねぇなっ……)

 そんな自分に思わず唇を噛んだ。
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