一線の越え方

市瀬雪

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灯る頃

10...戦利品【Side:山端逸樹】

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 一刻も早く直人の元へ向かわねばならないと思うのに、どう言い訳をしようか迷ってしまって、なかなか足が動かない。それで、ぼーっと彼のアパート――正確には直人の部屋の窓――を見上げたまま立ち尽くす格好になってしまった。

 と、そんな俺の背後で、突如バイクのブレーキ音が響き渡る。正直、意識が拡散していた俺は、奇しくもその音で現実に引き戻された。

「直人、……」

 半ば条件反射のように振り返れば、背後には見慣れた原付にまたがった直人がいた。

(出かけて、たのか……?)

 これだけ待たせたのだから無理もない。
 彼の眉をひそめた表情は、怒っているようにも見えたし、今にも泣き出しそうな顔にも見えた。

 その顔を見たら、言い訳なんて考えていた自分が恥ずかしくなって、俺は案外すんなり謝罪の言葉を口に出来た。

 そんな俺の方を見ようともせず、直人は無言のままバイクを駐輪場に突っ込む。

(やっぱ怒ってるよな……)

 当たり前だ。俺が直人の立場だったらきっと今頃激昂してる。

 そんなことを思いながら直人の一挙手一投足を見守っていたら、ややして彼は至極もっともな非難を口にした。

 しかし、それからさして間を空けず告げられた「心配、させんな……」という掠れた声に、俺は思わず目を瞠った。

 その言葉を言うと同時に慌てたように顔を背けた直人は気付いていないだろう。不謹慎にも、俺がこんな状況の中、嬉しさに思わず笑みを浮かべてしまったことに。

 そんな彼に向かってもう一度謝罪の言葉を投げかけると、俺はうつむき加減の直人の頬に軽く触れた。俺の手も酷く冷えていたけれど、直人の頬も相当冷たくなっていた。

 俺の手がこんなに冷たくなっていなければ、包み込んで温めてやれるのに。

 そんなことを思いながら、彼の頬を撫で続けていたら自然と荷物のことを切り出せた。

 どうしても見せたいもの、と言って直人を軽トラの荷台に誘うと、俺は予定外にも相当苦労して手に入れる羽目になってしまった戦利品――未だシートが掛かったままだが――を指差した。

「本当はちゃんと飾り付けして……もっと体裁良くしてから見せる予定だったんだけどな……」

 という、言葉と共に。
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