一線の越え方

市瀬雪

文字の大きさ
上 下
62 / 84
灯る頃

10...戦利品【Side:山端逸樹】

しおりを挟む
 一刻も早く直人の元へ向かわねばならないと思うのに、どう言い訳をしようか迷ってしまって、なかなか足が動かない。それで、ぼーっと彼のアパート――正確には直人の部屋の窓――を見上げたまま立ち尽くす格好になってしまった。

 と、そんな俺の背後で、突如バイクのブレーキ音が響き渡る。正直、意識が拡散していた俺は、奇しくもその音で現実に引き戻された。

「直人、……」

 半ば条件反射のように振り返れば、背後には見慣れた原付にまたがった直人がいた。

(出かけて、たのか……?)

 これだけ待たせたのだから無理もない。
 彼の眉をひそめた表情は、怒っているようにも見えたし、今にも泣き出しそうな顔にも見えた。

 その顔を見たら、言い訳なんて考えていた自分が恥ずかしくなって、俺は案外すんなり謝罪の言葉を口に出来た。

 そんな俺の方を見ようともせず、直人は無言のままバイクを駐輪場に突っ込む。

(やっぱ怒ってるよな……)

 当たり前だ。俺が直人の立場だったらきっと今頃激昂してる。

 そんなことを思いながら直人の一挙手一投足を見守っていたら、ややして彼は至極もっともな非難を口にした。

 しかし、それからさして間を空けず告げられた「心配、させんな……」という掠れた声に、俺は思わず目を瞠った。

 その言葉を言うと同時に慌てたように顔を背けた直人は気付いていないだろう。不謹慎にも、俺がこんな状況の中、嬉しさに思わず笑みを浮かべてしまったことに。

 そんな彼に向かってもう一度謝罪の言葉を投げかけると、俺はうつむき加減の直人の頬に軽く触れた。俺の手も酷く冷えていたけれど、直人の頬も相当冷たくなっていた。

 俺の手がこんなに冷たくなっていなければ、包み込んで温めてやれるのに。

 そんなことを思いながら、彼の頬を撫で続けていたら自然と荷物のことを切り出せた。

 どうしても見せたいもの、と言って直人を軽トラの荷台に誘うと、俺は予定外にも相当苦労して手に入れる羽目になってしまった戦利品――未だシートが掛かったままだが――を指差した。

「本当はちゃんと飾り付けして……もっと体裁良くしてから見せる予定だったんだけどな……」

 という、言葉と共に。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...