一線の越え方

市瀬雪

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灯る頃

09...過日の記憶【Side:三木直人】

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(つか、いま何時……?)

 信号に引っかかったのを良いことに、俺はポケットから携帯を取り出した。

(……てか、もう一時かよ)

 時刻を確認すると再びそれを仕舞い、青信号になればすぐにスロットルを回す。

 約束の時間を一時間ほど過ぎたところで、俺は待ちきれず自宅を後にしていた。
 マフラーを口元まで引き上げ、ほとんど毎日乗っている原付を走らせて、向かった先は彼の部屋。

 しかし、いくらインターホンを押しても誰かがいるような気配はなく、駐車場を確認してみても、そこに見慣れた車はなかった。

(何なんだよ……ホント勘弁しろっての)

 心の中で吐き捨て、盛大な溜息をつく。

 かと言って他に探すあてもなく、メールも電話も一切ないとなると、結局俺は家に帰るしかない。自分の部屋で彼を待つ他、術はないのだ。

 でも、だけど――。

(また、事故、とか……やめろよ、マジで)

 考えないようにすればするほど、過日に覚えた嫌な予感が蘇ってくる。

 彼とは以前、今日と同じように何の前触れもなく連絡がとれなくなったことがあった。

 その時彼は仕事中に事故に遭い、そのまま救急車で運ばれるような事態になっていたのだ。
 まぁ、結果的に怪我の方はそう大したことではなかったんだけど――。

 それでも、思い返すと背筋にざわりと悪寒が走った。それを頭を振って無理矢理掻き消す。

 やがて下宿先に面した通りに差し掛かる。遠目にアパートの敷地が見えてきた。

 俺は僅かな期待を込めて目を凝らす。と、一瞬錯覚かと思ったが、

(……って、………あ、の後ろ姿)

 そこには確かに、俺がずっと頭に思い描いていた一人の男の姿が――。

「――…っ」

 気がつけば無意識にスピードを上げていた。うるさいくらいにマフラーを棚引かせながら、間も無く、彼の背後でブレーキをかけた。

 それにやっと気付いたのか、弾かれたように彼が振り返った。

「直人、……」

 彼の唇が俺の名を呼ぶ。

 しかし俺は嬉しさだか悔しさだかわからない感情に苛まれ、ただ疎ましいように眉を寄せるだけ。言葉はすぐには出なかった。

「すまん、こんな遅れちまって……」

 俺は無言で原付のエンジンを切った。そのまま傍らの駐輪場へとそれを突っ込む。メットをシートの中に戻す。そうして、癖のように片手で前髪を軽く掻き混ぜた。

 彼の足元へと視線を遣ると、じり、と彼が一歩前に出る。
 そこで漸く、俺はまともに彼の顔を見た。

「……連絡ぐらいしろよ。マジ信じらんねー」

 安堵より今は怒りの方が強かった。なのに語気はそこまで荒れない。どころか、

「心配、させんな……」

 終には掻き消えそうに小さくなってしまう。

 思いがけず声が震えていた。悟られたくなくて、口を噤んだ。顔を背けた。
 じわりと目頭が熱くなり、込み上げる涙がこぼれないよう必死に堪える。

「……悪かった」

 彼は更に距離を削り、静かに告げた。

 視界に入った影が動く。頬に彼の手が触れた。指先はひどく冷えていた。

「どうしても、見せたいものがあったんだ」

 続けながら、彼は俺の頬を撫でていた。
 同じように、その冷たさを確認しているようだった。

 俺は僅かに瞑目した。少しずつ、呼吸の仕方を思い出すように。

「せっかく、直人と過ごす初めてのクリスマスだと思ってな」
「だから、その……前も言ったけど、そういう初めての何とかって言い方やめろっての」

 俺は溜息混じりに肩を落とした。
 やっとどうにか、普段通りに振舞えそうだ。

 初めての何とか。そう、彼は以前俺の誕生日の時もそう言う風なことを言っていた。
 それがどれだけくすぐったい言葉なのか、彼には自覚がないんだろうか。

 まぁ、もともと彼の言動はさっぱり読めないところがあったから、それも今更って話なのかもしれないけど。

 思い至ると、諦めたように笑みの呼気が漏れた。

「まぁ、いいや……。で、見せたいものって何」

 言ってから、改めて彼の様相に気がついた。くたびれきった風采、憔悴した表情――まるで残業続きの現場からここに直行したかのような。

 俺は若干の不安を覚えながら、彼の反応を待った。
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