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一線の越え方
26...届く声【Side:三木直人】
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朝から空は曇っていたけど、まさかここまで本降りになるとは思わなかった。
軽い気持ちで原付に乗って来たものの、思えばレインコートは数日前に使って部屋に干したままだ。
要するに、原付で帰るならこのまま濡れて帰るしかないと言うこと――。
「あ、いた! ちょっと待って、せんぱぁい!」
講義を終えて、玄関ホールの前で空を見上げていると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
その方角を頼りに視線を巡らせると、まもなく前方にある別棟の玄関からこちらへと走ってくる人影が目に入る。
雨の所為でクリアとは言えない視界ながら、それが誰であるのかはすぐにわかった。
「…相原」
彼の手には、購買で買ったばかりらしいビニール傘が握られていた。
ちなみに俺は、そんな傘すら持っていないし、今日だけのためにわざわざ傘を新調する気もなかった。
「傘、持って無いんですか?」
やがて彼は、然程大きくない傘を差したまま、俺の前で足を止めた。
そして普段と変わらない人懐こい笑顔を浮かべ、
「俺、良かったら送っていきますよ」
「傘っつーか、俺今日原付だしな…」
「じゃあ尚更送りますよ。車で。明日も朝俺が迎えに行けば、一日くらい原付置いて帰るのも問題ないでしょ?」
強引でもない気軽な物言いで、緩く首を傾げて見せた。
大して大きくも無い、俺も一本自宅に持っているのと同じビニール傘を相原に借りて、俺は言われたままに校門の前へと向かった。
相原は、丁度同じ駐車場へと向かう別の友人の傘に入れて貰い、車を取りに行っている。
彼の誘いに応じることに躊躇いがなかったわけでもないが、だからと言って上手く断ることもできず、結局俺は彼の勢いに流される形になってしまった。
(…まさか俺と山端さんが、いまどうなってるとか、知らねーと思うけど……)
以前相原は、俺のバイト中にわざわざ、山端さんと別れた報告をしに来たことがある。
その時俺はまだ答えを出していなかったけれど、その時の相原の表情に、優しくしてやりたいと思ったのも確かだ。
できることなら、もうこいつが泣くことが無いよう、幸せになって欲しいとも。
なのに、それが今となっては、俺が山端さんと付き合っているような状態になっていて、そうなると余計、彼の言い分には出来るだけ応えてやりたいとも思ってしまって。
引け目を感じているからとは、思いたくは無いんだけど…。まぁ、それも無きにしも非ずって感じで。
(……つか、雨、ホントよく降るな)
そんなことを考えていたからか、視線は上げていたものの、前方を通過した見覚えがあるはずの車にもすぐには気付かない。
と、その視界を、間も無く到着した相原の車が埋め尽くす。
「お待たせしました。わぁ、結構足元濡れちゃいましたね。…今度から、先輩の為に大きめの傘でも積んでおこうかな」
「……は?」
車の窓を開け、笑み混じりに言う相原に、釣られるように少し笑ってから。
けれど遅れて言葉の意味を深読みしてしまい、うっかり短い声が漏れる。
そんな深読みなんて、以前ならしなかったことなのに。
まぁでも、まさかそんなはずは、と思い直して、俺は色々と改めるように小さく咳払いを一つした。
「直人!」
その、刹那。
周囲の喧騒に混じって、どこからか聞き覚えのある声が耳に届く。
ぱちりとひとつ瞬いた後、その声を頼りに視線を巡らせると、
「えっ? ……や、山端さん?」
彼を完全に視認するより先に、強い力で手を掴まれて、思わず身体ごと振られてしまう。
しかも見れば彼は傘も持たず、降りしきる雨粒は、あっと言う間に彼の様相を変えていき――。
「ちょ、何でアンタ傘差してねぇんだよ! 濡れてんじゃん!」
なのに、俺が慌てて傘を差しかけようとしても、寧ろそれどころではないとばかりに、彼は即座に俺の手を引いてその場から離れようとする。
それを相原が引き留める。
車の中に置いていたらしい別の傘を差しながら、わざわざ雨の中へと降りたった彼は、
「先輩は俺の車に乗って帰るから大丈夫です」
と、恐らくは気の所為でない微妙に不穏な空気を纏って、笑顔でそう言い切った。
軽い気持ちで原付に乗って来たものの、思えばレインコートは数日前に使って部屋に干したままだ。
要するに、原付で帰るならこのまま濡れて帰るしかないと言うこと――。
「あ、いた! ちょっと待って、せんぱぁい!」
講義を終えて、玄関ホールの前で空を見上げていると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
その方角を頼りに視線を巡らせると、まもなく前方にある別棟の玄関からこちらへと走ってくる人影が目に入る。
雨の所為でクリアとは言えない視界ながら、それが誰であるのかはすぐにわかった。
「…相原」
彼の手には、購買で買ったばかりらしいビニール傘が握られていた。
ちなみに俺は、そんな傘すら持っていないし、今日だけのためにわざわざ傘を新調する気もなかった。
「傘、持って無いんですか?」
やがて彼は、然程大きくない傘を差したまま、俺の前で足を止めた。
そして普段と変わらない人懐こい笑顔を浮かべ、
「俺、良かったら送っていきますよ」
「傘っつーか、俺今日原付だしな…」
「じゃあ尚更送りますよ。車で。明日も朝俺が迎えに行けば、一日くらい原付置いて帰るのも問題ないでしょ?」
強引でもない気軽な物言いで、緩く首を傾げて見せた。
大して大きくも無い、俺も一本自宅に持っているのと同じビニール傘を相原に借りて、俺は言われたままに校門の前へと向かった。
相原は、丁度同じ駐車場へと向かう別の友人の傘に入れて貰い、車を取りに行っている。
彼の誘いに応じることに躊躇いがなかったわけでもないが、だからと言って上手く断ることもできず、結局俺は彼の勢いに流される形になってしまった。
(…まさか俺と山端さんが、いまどうなってるとか、知らねーと思うけど……)
以前相原は、俺のバイト中にわざわざ、山端さんと別れた報告をしに来たことがある。
その時俺はまだ答えを出していなかったけれど、その時の相原の表情に、優しくしてやりたいと思ったのも確かだ。
できることなら、もうこいつが泣くことが無いよう、幸せになって欲しいとも。
なのに、それが今となっては、俺が山端さんと付き合っているような状態になっていて、そうなると余計、彼の言い分には出来るだけ応えてやりたいとも思ってしまって。
引け目を感じているからとは、思いたくは無いんだけど…。まぁ、それも無きにしも非ずって感じで。
(……つか、雨、ホントよく降るな)
そんなことを考えていたからか、視線は上げていたものの、前方を通過した見覚えがあるはずの車にもすぐには気付かない。
と、その視界を、間も無く到着した相原の車が埋め尽くす。
「お待たせしました。わぁ、結構足元濡れちゃいましたね。…今度から、先輩の為に大きめの傘でも積んでおこうかな」
「……は?」
車の窓を開け、笑み混じりに言う相原に、釣られるように少し笑ってから。
けれど遅れて言葉の意味を深読みしてしまい、うっかり短い声が漏れる。
そんな深読みなんて、以前ならしなかったことなのに。
まぁでも、まさかそんなはずは、と思い直して、俺は色々と改めるように小さく咳払いを一つした。
「直人!」
その、刹那。
周囲の喧騒に混じって、どこからか聞き覚えのある声が耳に届く。
ぱちりとひとつ瞬いた後、その声を頼りに視線を巡らせると、
「えっ? ……や、山端さん?」
彼を完全に視認するより先に、強い力で手を掴まれて、思わず身体ごと振られてしまう。
しかも見れば彼は傘も持たず、降りしきる雨粒は、あっと言う間に彼の様相を変えていき――。
「ちょ、何でアンタ傘差してねぇんだよ! 濡れてんじゃん!」
なのに、俺が慌てて傘を差しかけようとしても、寧ろそれどころではないとばかりに、彼は即座に俺の手を引いてその場から離れようとする。
それを相原が引き留める。
車の中に置いていたらしい別の傘を差しながら、わざわざ雨の中へと降りたった彼は、
「先輩は俺の車に乗って帰るから大丈夫です」
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