一線の越え方

市瀬雪

文字の大きさ
上 下
50 / 84
一線の越え方

26...届く声【Side:三木直人】

しおりを挟む
 朝から空は曇っていたけど、まさかここまで本降りになるとは思わなかった。
 軽い気持ちで原付に乗って来たものの、思えばレインコートは数日前に使って部屋に干したままだ。

 要するに、原付で帰るならこのまま濡れて帰るしかないと言うこと――。

「あ、いた! ちょっと待って、せんぱぁい!」

 講義を終えて、玄関ホールの前で空を見上げていると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 その方角を頼りに視線を巡らせると、まもなく前方にある別棟の玄関からこちらへと走ってくる人影が目に入る。

 雨の所為でクリアとは言えない視界ながら、それが誰であるのかはすぐにわかった。

「…相原」

 彼の手には、購買で買ったばかりらしいビニール傘が握られていた。

 ちなみに俺は、そんな傘すら持っていないし、今日だけのためにわざわざ傘を新調する気もなかった。

「傘、持って無いんですか?」

 やがて彼は、然程大きくない傘を差したまま、俺の前で足を止めた。
 そして普段と変わらない人懐こい笑顔を浮かべ、

「俺、良かったら送っていきますよ」
「傘っつーか、俺今日原付だしな…」
「じゃあ尚更送りますよ。車で。明日も朝俺が迎えに行けば、一日くらい原付置いて帰るのも問題ないでしょ?」

 強引でもない気軽な物言いで、緩く首を傾げて見せた。

 大して大きくも無い、俺も一本自宅に持っているのと同じビニール傘を相原に借りて、俺は言われたままに校門の前へと向かった。
 相原は、丁度同じ駐車場へと向かう別の友人の傘に入れて貰い、車を取りに行っている。

 彼の誘いに応じることに躊躇いがなかったわけでもないが、だからと言って上手く断ることもできず、結局俺は彼の勢いに流される形になってしまった。

(…まさか俺と山端さんが、いまどうなってるとか、知らねーと思うけど……)

 以前相原は、俺のバイト中にわざわざ、山端さんと別れた報告をしに来たことがある。
 その時俺はまだ答えを出していなかったけれど、その時の相原の表情に、優しくしてやりたいと思ったのも確かだ。
 できることなら、もうこいつが泣くことが無いよう、幸せになって欲しいとも。

 なのに、それが今となっては、俺が山端さんと付き合っているような状態になっていて、そうなると余計、彼の言い分には出来るだけ応えてやりたいとも思ってしまって。
 引け目を感じているからとは、思いたくは無いんだけど…。まぁ、それも無きにしも非ずって感じで。

(……つか、雨、ホントよく降るな)

 そんなことを考えていたからか、視線は上げていたものの、前方を通過した見覚えがあるはずの車にもすぐには気付かない。

 と、その視界を、間も無く到着した相原の車が埋め尽くす。

「お待たせしました。わぁ、結構足元濡れちゃいましたね。…今度から、先輩の為に大きめの傘でも積んでおこうかな」
「……は?」

 車の窓を開け、笑み混じりに言う相原に、釣られるように少し笑ってから。
 けれど遅れて言葉の意味を深読みしてしまい、うっかり短い声が漏れる。

 そんな深読みなんて、以前ならしなかったことなのに。

 まぁでも、まさかそんなはずは、と思い直して、俺は色々と改めるように小さく咳払いを一つした。

「直人!」

 その、刹那。

 周囲の喧騒に混じって、どこからか聞き覚えのある声が耳に届く。
 ぱちりとひとつ瞬いた後、その声を頼りに視線を巡らせると、

「えっ? ……や、山端さん?」

 彼を完全に視認するより先に、強い力で手を掴まれて、思わず身体ごと振られてしまう。

 しかも見れば彼は傘も持たず、降りしきる雨粒は、あっと言う間に彼の様相を変えていき――。

「ちょ、何でアンタ傘差してねぇんだよ! 濡れてんじゃん!」

 なのに、俺が慌てて傘を差しかけようとしても、寧ろそれどころではないとばかりに、彼は即座に俺の手を引いてその場から離れようとする。

 それを相原が引き留める。

 車の中に置いていたらしい別の傘を差しながら、わざわざ雨の中へと降りたった彼は、

「先輩は俺の車に乗って帰るから大丈夫です」

 と、恐らくは気の所為でない微妙に不穏な空気を纏って、笑顔でそう言い切った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

山本さんのお兄さん〜同級生女子の兄にレ×プされ気に入られてしまうDCの話〜

ルシーアンナ
BL
同級生女子の兄にレイプされ、気に入られてしまう男子中学生の話。 高校生×中学生。 1年ほど前に別名義で書いたのを手直ししたものです。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

出産は一番の快楽

及川雨音
BL
出産するのが快感の出産フェチな両性具有総受け話。 とにかく出産が好きすぎて出産出産言いまくってます。出産がゲシュタルト崩壊気味。 【注意事項】 *受けは出産したいだけなので、相手や産まれた子どもに興味はないです。 *寝取られ(NTR)属性持ち攻め有りの複数ヤンデレ攻め *倫理観・道徳観・貞操観が皆無、不謹慎注意 *軽く出産シーン有り *ボテ腹、母乳、アクメ、授乳、女性器、おっぱい描写有り 続編) *近親相姦・母子相姦要素有り *奇形発言注意 *カニバリズム発言有り

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

男の子たちの変態的な日常

M
BL
主人公の男の子が変態的な目に遭ったり、凌辱されたり、攻められたりするお話です。とにかくHな話が読みたい方向け。 ※この作品はムーンライトノベルズにも掲載しています。

処理中です...