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一線の越え方
24...一線*【Side:三木直人】
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どこかで、扉が開くような音を聞いた気がした。
いったいどこの扉の音だろうと思って、辺りを見渡してみたけれど、どこにもそれらしき扉はない。
それどころか、目の前にはただ真っ白な空間が広がるばかりで、手を伸ばしてもその指先に触れるものは何もなかった。
だけど、そんな中、ふと耳に届いたのは鳥の声。
次いで、身体がふわりと温かくなった。
「…ん……」
漏れた吐息は無意識だった。
と、徐々に背中に柔らかなソファの感触が戻り、俺は夢現の境で小さく身じろいだ。
「――…」
ほとんど眠っていなかった所為だろうか。
遠くない距離に、何か気配を感じても、すぐには瞼が上がらない。
室内の明度もあって、閉ざされていても視界はどこか明るさを保っている。
それがふと一瞬暗くなり、刹那唇に落ちてきた憶えのある心地に、
「……っ」
俺は小さく息を呑んだ。
急速に浮上する意識は、それでも現状を把握するには時間がかかり、結局俺が目を開けたのは、彼の手が直接俺の肌へと触れてからだった。
「…ちょ、なっ……」
いつのまにかかけられていた毛布の下で、彼は俺の服の裾から指先を差し入れ、まるで感触を確かめるみたいな手つきで、素肌の上を撫でている。
遅れてそれを理解すると、ざわりと背筋が粟立つような感覚がして、俺は咄嗟に彼の手首を掴んだ。
「…あぁ、起きたのか」
「起きたのかじゃねーだろ…!」
俺が急に動いたことに驚いたのか、一瞬だけ間を置いて、それでも然程の反応も見せず、彼は静かに手を退いた。
「こんなとこで寝るより、ベッド使えよ」
「え…ヤ、そうじゃなくて……」
言うなり彼は徐に立ち上がり、俺の腕を掴んで立つことを促してくる。
いったいなんなんだと、こっちが妙に戸惑う結果になっているのは、俺が起き抜けだからだろうか。
いや、違う。彼が相変わらずマイペースな所為だ。
「…眠いんだろ」
そうは言っても、向けられる言葉を否定は出来ず、俺は不本意なくせ、大人しく彼に従って腰を上げる。
腕を引かれるまま寝室に向かい、捲られた上掛けの中に押し込まれて、
「……え、な、アンタも寝るの?」
けれど続けて相手もベッドに乗りあがれば、言わずにはいられない。
彼が長身だからなのか、ベッドのサイズは、確かにシングルサイズじゃない。
正直俺と彼が並んで寝るくらい、余裕なくらいの広さがある。
だからって、ハイそうですかとあっさり承諾することも俺にはできない。
(…嘘だろ)
そんなことになるくらいなら、俺はソファで十分だ。
そう言おうとした俺の口を、
「……今更やっぱ止めたとは言わせねェよ」
そう告げた彼の唇がそっと塞いだ。
窓からの光は遮光カーテンに遮られ、室内の明度は深夜と錯覚しそうな程に暗い。
それでも目が慣れれば相手の顔や姿は十分に知れるし、それを理由に俺は間接照明ですら点けることを許可しなかった。
「…、……っ」
押し殺した自分の吐息が、やけに耳に近く感じて、それだけで羞恥に身が竦みそうになる。
先に釘を刺された所為で、逃げることも拒むことも出来なくなった俺は、先刻の不意打ちのようなキスの後、結局されるままにベッドの上へと押し倒された。
動揺のうちに上着の前を外されて、気が付けばTシャツの裾から掌が滑り込んでいた。
素肌の上を辿るだけの動きにすら心臓がうるさく脈打って、過剰に身体が強張った。
「直人……力抜けよ。怖がらせるようなことはしねーから」
「…ンなこと、言ったって……」
怖いものは怖い…と、思っても口には出来ない性分がこんな時ばかりはもどかしい。
彼は組み敷いた俺を真っ直ぐに見下ろして、所在無げにたじろぐ俺の目元に唇を寄せた。
「――お前が欲しい」
と、囁くような呟きが落ちてくる。どくん、と一際大きく鼓動が跳ねた。
逸らしていた視線をそっと戻すと、
「お前が好きだ」
彼はいままでに見たことも無いような柔らかな笑みを浮かべて見せた。
いったいどこの扉の音だろうと思って、辺りを見渡してみたけれど、どこにもそれらしき扉はない。
それどころか、目の前にはただ真っ白な空間が広がるばかりで、手を伸ばしてもその指先に触れるものは何もなかった。
だけど、そんな中、ふと耳に届いたのは鳥の声。
次いで、身体がふわりと温かくなった。
「…ん……」
漏れた吐息は無意識だった。
と、徐々に背中に柔らかなソファの感触が戻り、俺は夢現の境で小さく身じろいだ。
「――…」
ほとんど眠っていなかった所為だろうか。
遠くない距離に、何か気配を感じても、すぐには瞼が上がらない。
室内の明度もあって、閉ざされていても視界はどこか明るさを保っている。
それがふと一瞬暗くなり、刹那唇に落ちてきた憶えのある心地に、
「……っ」
俺は小さく息を呑んだ。
急速に浮上する意識は、それでも現状を把握するには時間がかかり、結局俺が目を開けたのは、彼の手が直接俺の肌へと触れてからだった。
「…ちょ、なっ……」
いつのまにかかけられていた毛布の下で、彼は俺の服の裾から指先を差し入れ、まるで感触を確かめるみたいな手つきで、素肌の上を撫でている。
遅れてそれを理解すると、ざわりと背筋が粟立つような感覚がして、俺は咄嗟に彼の手首を掴んだ。
「…あぁ、起きたのか」
「起きたのかじゃねーだろ…!」
俺が急に動いたことに驚いたのか、一瞬だけ間を置いて、それでも然程の反応も見せず、彼は静かに手を退いた。
「こんなとこで寝るより、ベッド使えよ」
「え…ヤ、そうじゃなくて……」
言うなり彼は徐に立ち上がり、俺の腕を掴んで立つことを促してくる。
いったいなんなんだと、こっちが妙に戸惑う結果になっているのは、俺が起き抜けだからだろうか。
いや、違う。彼が相変わらずマイペースな所為だ。
「…眠いんだろ」
そうは言っても、向けられる言葉を否定は出来ず、俺は不本意なくせ、大人しく彼に従って腰を上げる。
腕を引かれるまま寝室に向かい、捲られた上掛けの中に押し込まれて、
「……え、な、アンタも寝るの?」
けれど続けて相手もベッドに乗りあがれば、言わずにはいられない。
彼が長身だからなのか、ベッドのサイズは、確かにシングルサイズじゃない。
正直俺と彼が並んで寝るくらい、余裕なくらいの広さがある。
だからって、ハイそうですかとあっさり承諾することも俺にはできない。
(…嘘だろ)
そんなことになるくらいなら、俺はソファで十分だ。
そう言おうとした俺の口を、
「……今更やっぱ止めたとは言わせねェよ」
そう告げた彼の唇がそっと塞いだ。
窓からの光は遮光カーテンに遮られ、室内の明度は深夜と錯覚しそうな程に暗い。
それでも目が慣れれば相手の顔や姿は十分に知れるし、それを理由に俺は間接照明ですら点けることを許可しなかった。
「…、……っ」
押し殺した自分の吐息が、やけに耳に近く感じて、それだけで羞恥に身が竦みそうになる。
先に釘を刺された所為で、逃げることも拒むことも出来なくなった俺は、先刻の不意打ちのようなキスの後、結局されるままにベッドの上へと押し倒された。
動揺のうちに上着の前を外されて、気が付けばTシャツの裾から掌が滑り込んでいた。
素肌の上を辿るだけの動きにすら心臓がうるさく脈打って、過剰に身体が強張った。
「直人……力抜けよ。怖がらせるようなことはしねーから」
「…ンなこと、言ったって……」
怖いものは怖い…と、思っても口には出来ない性分がこんな時ばかりはもどかしい。
彼は組み敷いた俺を真っ直ぐに見下ろして、所在無げにたじろぐ俺の目元に唇を寄せた。
「――お前が欲しい」
と、囁くような呟きが落ちてくる。どくん、と一際大きく鼓動が跳ねた。
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彼はいままでに見たことも無いような柔らかな笑みを浮かべて見せた。
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