一線の越え方

市瀬雪

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一線の越え方

19...温もり【Side:山端逸樹】

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 鎮痛剤が効き始め、ズキズキと疼いていた頭からの痛みが薄らぎ始めると、それに比例するように眠気がおりてきた。

 カーテン越しにうっすらと夕日が差し込んで、片頬が仄かに暖かいのも心地よい。

 そういえばここ最近、マトモに眠れたためしがなかった。
 個室という安心感も手伝って、俺は少しずつまどろみ始める。

 病院というのは搬送されてすぐベッドに落ち着けるというものではないらしい。
 ここへ運び込まれて一時間以上、俺はレントゲンやらCTやら、とにかく色々な検査をされて、ついさっきやっとベッドへ横たわることを許された。

 検査待ちの間、社長や同僚や下請けの会社の人間などが入れ替わり立ち代り顔を見せたのに付き合ったので、本当に慌しい時を過ごしたように思う。
 運び込まれたのは十五時頃だったはずだが、病室へ入るころには十六時半を過ぎていた。

 入院がドタバタと決まってしまったため、さっき看護婦が来て、申し訳なさそうに夕飯の手配が間に合わなかった旨を伝えてくれた。
 必要ならば売店で何か買うか、誰かに頼んで食料を持ち込んでもらうようにしなければならないらしい。

(ま、関係ねぇか)

 わざわざ教えてくれた看護婦には申し訳ないが、俺はどちらの選択肢を選ぶ気にもなれなかった。一晩くらい何も口にしなくても死ぬわけじゃなし。それに、第一腹が減るとも思えなかった。

 慣れない検査でどっと疲れが押し寄せていたのと、何より、任されている現場から負傷者――自分自身だが――を出したことで、俺は柄にもなく滅入っていたからだ。

 そういうのも考慮されてのことだろうか。
 恐らく痛み止めに鎮静剤のようなものが含まれていたんだろう。

 直人からの連絡を待ち続けて一週間。その間殆ど縁のなかった眠気に襲われて、俺はほんの少し戸惑いを覚えていた。

(ま、せめてもの救いは怪我をしたのが俺だったってことだな)

 現場を任されている以上、部外者は勿論、使っている人間にも怪我をさせたくない。

 足場に使う鋼管を束ねていたワイヤーが緩み、クレーンで吊り下げていた単管が荷崩れした時には本当、冷や汗が出た。

 近くに居た作業員を突き飛ばしたまでは良かったんだが……。

(自分が当たってりゃ世話ねぇか……)

 思い出すと苦いものがこみ上げてくる。

 ちゃんと玉掛の講習を受けた人間がやっていたからと高をくくっていた俺が悪い。
 俺自身が、この目で安全確認をしなかったツケはでかかった。

(そういや、スパロウはどうしてるだろう)

 気懸かりは何の準備もなく家で留守番させている愛鳥のことにまで及んだ。

 天気予報で今日は夕方からグッと冷え込むと言っていたから、かごを外に出してこなかったのは不幸中の幸いだった。家の中ならば、一晩留守をしたぐらいでどうこうなるとは思えない。

 それでも誰かに様子を見てもらえると安心出来るんだが。
 こういうとき、気安く何かを頼める相手を作っておかなかったことを後悔する。

(かといって親に頼む気にはなれねぇし)

 俺にさえ関心を払わなかった両親が、スパロウのことで動いてくれるとは思えない。

 彼らの心を占めるのは常に他人なのだ。
 今日明日中に死ぬような大怪我をしたわけじゃなし、出来れば二人には今回の不祥事は知られたくなかった。

 ふとそこまで考えてから、今ここで悶々と思いを重ねていても何が変わるわけでもねぇな、と思い至る。起こったことは仕方がないと頭を切り替えて、今はとりあえずゆっくり身体を休めるのが得策だ。今後のことは後日社長と話すとして――。

 そう思った俺は、久々の睡魔に大人しく身を委ねることにした。
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