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一線の越え方
17...けじめ【Side:山端逸樹】
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直人のアパートから車を出すと、俺はひとつ角を曲がった所で車を停め、ハンドルにもたれるようにして思考を巡らせた。
このままの状態で運転し続けたら、上の空で事故を起こしてしまいそうな気がした。
ついさっき、直人の案内で彼を自宅へ送り届けたばかりだ。
同乗者のいなくなった車内は、濃紺の静寂に満ちていて物思いに耽るのに丁度良かった。
直人が熱を出して倒れてから、俺は結局一睡もせずに彼の面倒を見た。
正直寝不足なはずなのに、何故か眠気がこない。
そればかりか頭が冴える一方で。
(後には引けねぇな……)
さっき、俺は直人に自分の思いを全てぶちまけてきた。
もう、直人に対して俺が出来ることと言ったら待つことぐらいしかない。
彼がどういう答えを出してくるか。
変なところで真面目な直人のことだ。きっと、無かったことにだけはしないでくれるだろう。
しかしその思いとは裏腹に、どうしようもなく不安にもなる。
「……止めだ、止めだっ!」
今ここでこうして悶々と思い悩んだところで事態が変わるわけではない。
ならば、俺は俺に出来ることをするまでだ。
(明日、仕事が終わったら相原を呼び出そう)
そう、決意した。
いつもは待ち合わせ場所から直行でホテルを目指す俺が、今日は近くのファミレスに車を向けたことに戸惑いを覚えているらしい。落ち着き無く彷徨う相原の視線に、俺も少なからず緊張する。
「あのっ、今日は……しないんですか?」
それが何を指しているのか、分からない俺ではない。
「……ああ。それより話してぇことがあるからな」
最初は行きつけの居酒屋にでも連れて行って、個室に入ろうかと思った。
しかし密閉された空間というのは、はからずとも彼に色艶めいた期待を持たせ兼ねない。
それを避けるために、今夜はあえてオープンスペースであるファミレスを選んだのだ。
ファミレス、と一口に言ってもここ――アリア――は他のそれより随分落ち着いた雰囲気が漂っている。
基本的に人込みや雑踏が嫌いな俺でも、構えず出入り出来る唯一のファミレスがここだった。
「夕飯はもう済ませたか?」
店内で一番奥まった席に腰を下ろすと、何となく落ち着かなくて日頃は使わないような台詞を言ってしまう。
「あ、はい、一応……」
そんな、俺の雰囲気から何か感じるところがあるんだろう。相変わらず不安げな面持ちで相原が答える。
「じゃあ、コーヒーでいいな?」
一般的なファミレスと違って、ここにはドリンクバーというシステムがない。
それでも不動の人気があるのは恐らく店員の質の高さに因るところが大きいだろう。
接客のノウハウが行き届いているのは勿論、ルックスも整った店員ばかりなのは、オーナーの趣味だろうか。
「あ、……はいっ」
メニューを見ているとは思えないが、机上のそれに目を落としてうつむいたまま答えた相原に、俺はこれから切り出さねばならない内容を思って気鬱になる。
それを振り払うように呼び出しボタンを押すと、すぐに男性従業員が近付いてきた。そんな彼に口を開くのも億劫で、メニューを指差して素っ気無く「ふたつ」とだけ付け加えると、俺は相原に視線を戻した。
そんな、俺たちの雰囲気から察してくれたのだろう。元々無口そうな雰囲気のウェイターが、営業トークなど一切無しで目礼すると、オーダーの復唱もしないで立ち去ってくれた。
四角四面にマニュアル通りの動きをしないでいてくれるのが本当に有難かった。
今、この雰囲気で「ご注文を繰り返します」とか言われたら正直苛立ちが隠せなかったはずだ。
注文の品が運ばれてくるまでの間、俺は無言を決め込んだ。
話の途中で店員が来るのも嫌だったし、話の流れ次第では丁度そのときに気まずい雰囲気が漂っている可能性があったからだ。
しかし、相原にはこの沈黙が耐えられなかったらしい。
うつむいていた顔を上向けると、取り繕うように微笑みながら「きょ、今日は寒かったですね」と口火を切ってから、そういえば……と言葉を継いだ。
「三木先輩が風邪ひいてるの、知ってました?」
俺と直人とが繋がっているのを承知している相原らしい話題だったが、彼は今一番ネタにしてはいけない人間の名を口にしたことに気付かないらしい。
(いや、もしかしたら気付いていてあえて出してきたのか?)
そんなことを思い、何となく苛立ち始めた俺にも気付かないように話し続ける相原。
「それで……俺、先日見舞いに行って来たんですけどね……」
危うく剣呑な雰囲気が漂いそうになったところで、折よくウェイターがトレイを片手にやって来た。
コーヒーがふたつテーブルに並べられる間、俺も相原も呼吸が止まったように動きを止めていた。
その沈黙のお陰で冷静になれた俺は、店員が立ち去ったのを見計らって、口を開いた。
「――で? お前、三木に何か言ったのか?」
多分、そうなんだろう。
相原の見舞いと、直人の突然の訪問。
恐らくこれらは無関係ではないはずだ。
「……っ」
案の定、図星だったらしい。
途端先ほどまでの饒舌ぶりが嘘のように黙り込んでしまった相原に、俺は内心溜め息をつく。
(分かり易すぎだ……)
こんなにあからさまでは怒る気にもなれない。
それに、一番悪いのは恐らく俺自身。相原に腹を立てるのはお門違いだ。
「……あの時の俺、多分どうかしてたんだと思います……」
ややあってぽつんとそう告げた相原に、俺は何だかよく分からない居心地の悪さを感じた。
「どうか、とは?」
それなのに、問わずにはいられなかった。
このままの状態で運転し続けたら、上の空で事故を起こしてしまいそうな気がした。
ついさっき、直人の案内で彼を自宅へ送り届けたばかりだ。
同乗者のいなくなった車内は、濃紺の静寂に満ちていて物思いに耽るのに丁度良かった。
直人が熱を出して倒れてから、俺は結局一睡もせずに彼の面倒を見た。
正直寝不足なはずなのに、何故か眠気がこない。
そればかりか頭が冴える一方で。
(後には引けねぇな……)
さっき、俺は直人に自分の思いを全てぶちまけてきた。
もう、直人に対して俺が出来ることと言ったら待つことぐらいしかない。
彼がどういう答えを出してくるか。
変なところで真面目な直人のことだ。きっと、無かったことにだけはしないでくれるだろう。
しかしその思いとは裏腹に、どうしようもなく不安にもなる。
「……止めだ、止めだっ!」
今ここでこうして悶々と思い悩んだところで事態が変わるわけではない。
ならば、俺は俺に出来ることをするまでだ。
(明日、仕事が終わったら相原を呼び出そう)
そう、決意した。
いつもは待ち合わせ場所から直行でホテルを目指す俺が、今日は近くのファミレスに車を向けたことに戸惑いを覚えているらしい。落ち着き無く彷徨う相原の視線に、俺も少なからず緊張する。
「あのっ、今日は……しないんですか?」
それが何を指しているのか、分からない俺ではない。
「……ああ。それより話してぇことがあるからな」
最初は行きつけの居酒屋にでも連れて行って、個室に入ろうかと思った。
しかし密閉された空間というのは、はからずとも彼に色艶めいた期待を持たせ兼ねない。
それを避けるために、今夜はあえてオープンスペースであるファミレスを選んだのだ。
ファミレス、と一口に言ってもここ――アリア――は他のそれより随分落ち着いた雰囲気が漂っている。
基本的に人込みや雑踏が嫌いな俺でも、構えず出入り出来る唯一のファミレスがここだった。
「夕飯はもう済ませたか?」
店内で一番奥まった席に腰を下ろすと、何となく落ち着かなくて日頃は使わないような台詞を言ってしまう。
「あ、はい、一応……」
そんな、俺の雰囲気から何か感じるところがあるんだろう。相変わらず不安げな面持ちで相原が答える。
「じゃあ、コーヒーでいいな?」
一般的なファミレスと違って、ここにはドリンクバーというシステムがない。
それでも不動の人気があるのは恐らく店員の質の高さに因るところが大きいだろう。
接客のノウハウが行き届いているのは勿論、ルックスも整った店員ばかりなのは、オーナーの趣味だろうか。
「あ、……はいっ」
メニューを見ているとは思えないが、机上のそれに目を落としてうつむいたまま答えた相原に、俺はこれから切り出さねばならない内容を思って気鬱になる。
それを振り払うように呼び出しボタンを押すと、すぐに男性従業員が近付いてきた。そんな彼に口を開くのも億劫で、メニューを指差して素っ気無く「ふたつ」とだけ付け加えると、俺は相原に視線を戻した。
そんな、俺たちの雰囲気から察してくれたのだろう。元々無口そうな雰囲気のウェイターが、営業トークなど一切無しで目礼すると、オーダーの復唱もしないで立ち去ってくれた。
四角四面にマニュアル通りの動きをしないでいてくれるのが本当に有難かった。
今、この雰囲気で「ご注文を繰り返します」とか言われたら正直苛立ちが隠せなかったはずだ。
注文の品が運ばれてくるまでの間、俺は無言を決め込んだ。
話の途中で店員が来るのも嫌だったし、話の流れ次第では丁度そのときに気まずい雰囲気が漂っている可能性があったからだ。
しかし、相原にはこの沈黙が耐えられなかったらしい。
うつむいていた顔を上向けると、取り繕うように微笑みながら「きょ、今日は寒かったですね」と口火を切ってから、そういえば……と言葉を継いだ。
「三木先輩が風邪ひいてるの、知ってました?」
俺と直人とが繋がっているのを承知している相原らしい話題だったが、彼は今一番ネタにしてはいけない人間の名を口にしたことに気付かないらしい。
(いや、もしかしたら気付いていてあえて出してきたのか?)
そんなことを思い、何となく苛立ち始めた俺にも気付かないように話し続ける相原。
「それで……俺、先日見舞いに行って来たんですけどね……」
危うく剣呑な雰囲気が漂いそうになったところで、折よくウェイターがトレイを片手にやって来た。
コーヒーがふたつテーブルに並べられる間、俺も相原も呼吸が止まったように動きを止めていた。
その沈黙のお陰で冷静になれた俺は、店員が立ち去ったのを見計らって、口を開いた。
「――で? お前、三木に何か言ったのか?」
多分、そうなんだろう。
相原の見舞いと、直人の突然の訪問。
恐らくこれらは無関係ではないはずだ。
「……っ」
案の定、図星だったらしい。
途端先ほどまでの饒舌ぶりが嘘のように黙り込んでしまった相原に、俺は内心溜め息をつく。
(分かり易すぎだ……)
こんなにあからさまでは怒る気にもなれない。
それに、一番悪いのは恐らく俺自身。相原に腹を立てるのはお門違いだ。
「……あの時の俺、多分どうかしてたんだと思います……」
ややあってぽつんとそう告げた相原に、俺は何だかよく分からない居心地の悪さを感じた。
「どうか、とは?」
それなのに、問わずにはいられなかった。
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