一線の越え方

市瀬雪

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一線の越え方

15-3

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 と、突然――。

 本当に突然、直人の身体が俺のほうへ倒れ込んできて、俺は何が何だか分からないうちに彼の肩を支える羽目になっていた。

「……お、おい!」

 ダラリとしな垂れ掛かるように全体重を預けてくる直人へ、俺は困惑しながら声を掛ける。

(何なんだよ、一体!)

 一瞬そう思ってから、

(……ん?)

 そこで、俺は初めて直人の身体が尋常ではないくらい熱を帯びていることに気が付いた。
 その熱に気付いて、そうして直人が突然俺の腕の中に倒れこんできた理由が分かって……、俺は思わず舌打ちをする。

「馬鹿がっ!」

 本気でそう思った。

 こんな高熱を出していながら、どうしてこの冬空の下、こいつは俺のところへ抗議なんかに来たんだ!

 今までだってずっと音信不通だったのだ。
 別に今、このタイミングじゃなくても良かったはずだ。

 さっきまで、いくら飲んでも酔えないことを呪っていた俺だったが、今は逆にそれが幸いだと感じられた。

 素早く直人を俗に言うところの「お姫様抱っこ」の要領で抱え上げると、足元に散乱したものを避けながらベッドへと運ぶ。

 足で布団を跳ね除けて、ぐったりとした直人を横たえてから、素早く彼が着込んでいる服を寛げた。

 気が付いたとき、直人は物凄く嫌がるだろうが、今はそんな悠長なことを言っている場合じゃあない。

(今更直人の、俺へ対する嫌悪感の度合いが深まったところで大した問題じゃねぇしな)

 脱衣所の棚から真新しいタオルを三枚出して適当に湿らせると、額と、脇の下へそれらを差し込む。

「あとは……」

 風呂へ行き、洗面器にぬるま湯を張って戻ってくると、直人の身体を適当に拭いてやった。
 こうしておけば、気化熱で熱の下がりが早まるだろう。

 本当はもう少し丁寧に拭いてやったほうがいいんだが、そうすると、俺自身の自制心が持ちそうになかった。

 なるべく直人のほうを見ないように視線をそらしながら、思わず口の端に笑みが浮かぶのを抑えられなかった。

「馬鹿なヤツ……」

 思わずそう呟いてから、今、絶対に世話になりたくないであろう俺に、しどけない姿をさらしている直人を、少しだけ哀れに思う。

 そんなことを思いながら、しかし俺は先ほどまでのモヤモヤとした気分が吹き飛んでいることを認めずにはいられなかった。
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