一線の越え方

市瀬雪

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一線の越え方

14-3

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「どうし…」
「すみません。俺、本当に彼が好きなんですけど、でも……何だか誰かの身代わりみたいに感じることがあって」
「身代わり…?」

 今度は思うより先に繰り返す。
 と、彼は緩く頷いて、ごまかすみたいに目元を擦った。

「ごめんなさい。俺、こんな話をしに来たわけじゃないのに」
「別にいいよ。知らない仲でもないんだし」
「…先、ぱぁい……っ…」

 ぽんとその頭を撫でてやると、相原は堰を切ったように泣き出した。

 その後、ひとしきり泣いた後は、存外元気そうに見える様子で帰って行ったけれど――。

「……名前教えねーって。声、出すなって…身代わりってなんだよ」

 ベッドの上にうつ伏せて、俺は呟く。

 案外、上手く行っているのではないかと思っていた。
 相原は正直、苦手だと思う部分もあるけど、そうは言っても可愛い後輩には違いない。

 彼が先刻言っていたことが本当なら、山端さんは一体どう言うつもりでそんな風な付き合い方をしているんだろう。

 俺は再び、枕もとの携帯を開いた。

 無言で着信履歴を辿り、ギリギリ残っていた未登録の番号を画面に呼び出す。
 が、通話ボタンを押すまでには至らない。

「声、出すなって…俺には言わなかったな」

 それどころか、何か言えと強要されていた気がする。
 しかも、俺なんて苗字で呼んでいたら名前で呼べと諌められた。

 この違いはいったい何――。

(……あのとき…)

 画面を開いたまま、携帯を手の横に落とし、ごろりと仰向けに寝転がる。
 再び天井を見上げて、俺は初めて自らあの日の記憶を辿った。

 思えば、俺の名前を下で呼ぶのも早かった。それも呼び捨てだ。
 さほど気にしてもいなかったけれど、それだって自然とは言えない。

 押し倒された時、彼はどんな様子だった?
 なんて言ってたっけ…?

 すぐにキス…されたのは憶えてる。俺はそれが嫌で、あいつの舌を噛んだ。
 口内に広がった血の匂いが余計俺の恐怖心を駆り立てて、歯の根すら震えていたのに、更に彼は無理やり髪の毛を掴んで、一方的に首筋に唇を寄せた。

 だけどその刹那、悪寒にも似た浮遊感が背筋を走って、そんな自分に怯んだのも確かだ。
 挙句、まるで勝手なペースで下肢を擦りたてられて――。

「…そう言えば俺、あの時…た……」

 ――…。

 思わず口に出しかけて、慌てて自分の手を口元に被せる。

 しかも、この感覚。

「嘘だろ……どういうことだよ」

 風邪を引いて、体調は最悪で。
 睡眠不足で、疲れは溜まる一方で。
 それにしたって、それを言い訳にしたって、自分で自分が理解できない。

 もちろん、できることなら認めたくは無い。
 そんなことは無かったと、これは違うと、胸を張って言い切りたい。

 だけど、あの状況を思い出して、想像して。
 やっぱり同じようなことになっている現実が、それを許してくれない。

 だってそう…俺はあの時も、確かにいまみたいに反応しかけてた。
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