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一線の越え方
09...変化【Side:山端逸樹】
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(相談……?)
電話で、切り際に直人が告げた言葉がやけに気にかかった。
(ま、会えば分かるか)
とりあえず二十時に約束を取り付けたから、それほど間を明けずに彼の真意が分かるだろう。
時計を見ると待ち合わせの時間まで余り猶予がなかった。
考えるより行動するほうが性に合っている俺は、迫る時間に押されるように家路を急いだ。
さすがにスーツを引っ張り出す必要はないだろうが、この格好――作業服――のまま出向くのはまずいだろう。
(さて、何を着て行くか……)
軽くシャワーで一日の汚れを落としてから、腰にタオルを巻いた状態のままクローゼット前に立ち尽くす。
シャワーだけで風呂を済ませた身体は、暖房を付けていない部屋の中で急速に熱を奪われていった。
だから、だろう。
寒さに段々どうでも良くなってきて、俺はルーズネックのTシャツにニットのブルゾンを重ねて、下にはジーンズをはくという、余りパッとしない服装を選んでしまった。
一応鏡の前でチェックしてから、ま、こんなもんだろ、と自分に言い聞かせる。
(おい、お前、初デートじゃあるまいし、何をそんなに気にしているんだ?)
ふとそう思い至って、思わず自嘲する。
直人が相手だと、何か調子が狂うのは何故だろう。
(今まで周りに居ないタイプだったからか?)
そうかも知れない。
大体俺に近付いてくる連中なんてみんな似たりよったりで、結局のところ「自分が大切」な輩が多いのだ。
俺がどう思っていようとそいつらには一切関係なくて、「好き」だの「気に入った」だの一方的な感情をぶつけては俺に見返りを求めてくる。
だから俺もそういう相手に手を出すことには何ら罪悪感を感じなかったし、寧ろ「お互い様だろ」とか思ったりもしていた。
それが、直人には通用しないのだ。
彼がわざわざ雨の中、大して高価でもない小箱を持って俺を探していたのは、多分純粋に「俺が困ると思ったから」だろう。
それに対してあいつのほうから何か見返りを求めてくるような素振りも見せなかったし、寧ろ礼をしたいと告げた俺に戸惑いを見せたぐらいだ。
そうだ。
俺はあのとき、無意識に直人を試したのだ。
礼をしたいと告げた俺に、もしも直人が「だったら」なんて言っていたとしたら、恐らく二度と連絡を取ろうだなんて考えなかったはずだ。
取ったとしても、それは十中八九俺自身の欲望を満たすため。
そこでふと、じゃあ、今回はどうなんだ?と思ってから、正直自分の気持ちが分からなくなった。
(……面倒臭ぇ)
段々考えるのが億劫になってきた。
無意味な思考を一旦停止すると、俺は車のキーを片手に玄関へ向かった。
靴を履いたところで、ふと思い立って部屋の片隅に置いてある棚の方へ向かって、
「行ってくるからな」
そう声を掛けて自宅を後にした。
家から待ち合わせ場所のコンビニまでは、車で五分とかからない。
ギリギリ滑り込みセーフで約束の一分前に辿り着くと、既に待ちぼうけ状態が長かったのか、直人がガードレールに腰掛けてぼんやりしていた。
手に携帯を持って俯いているが、画面が暗い。恐らく開いているだけでそこに焦点は定まっていないんだろう。
コンビニ前、ということもあって結構明るいだけに、下を向いていても直人の横顔がはっきりと見えた。
(何だってあいつ、あんなに無防備なんだ)
ただそうしているだけでもかなり目を惹く整った顔立ちなのに、警戒心がなさ過ぎる。
(女だったらとっくに攫われてるぞ)
そう思ったら、何となく腹が立ってきた。
「――おい。直人」
待たせたくせに不遜な態度でそう告げると、「とっとと乗れよ」と彼を急かす。
我ながらかなり勝手なヤツだな、と思ったが、言われた当人はそんな理不尽さに気付かないのか、素直に乗り込んできた。
(絶対馬鹿だ、こいつ。普通なら怒るところだろ)
そんな風に思ったが、口には出さずにおいた。何も自ら己の非を教えてやることもない。
外からの明かりで鏡面になった窓ガラスへ映る彼をチラリと一瞥すると、相当緊張しているんだろう。なるべく俺に目を合わせないよう窓外に集中している様子が窺えた。
その姿に、俺は何となく気分が良くなってくる。
行きつけの小料理屋にでも連れて行ってやろうと思っていたが、予定を変更するのも悪くない。
当初は彼の意見なんて聞くつもりはなかったが、ふと気が変わって尋ねてみたくなった。それで、「何か希望はあるか?」と問うと、「居酒屋」だなんてしおらしいことを言う。
別に飲んでも代行を呼べば済むことなんだが、こういうタイプを前にするとどうしても苛めてみたくなる。
「別にいいけど……お前、一人で飲む気かよ」
わざと感情を込めずに冷たくそうあしらうと、途端ハッとした顔をして、申し訳なさそうに俯く直人。
横目でそれを確認すると、俺は楽しくて堪らなくなった。
下を向いている彼は気付かなかっただろう。
俺が運転しながら口の端をほんの少し引き上げたことなんて――。
電話で、切り際に直人が告げた言葉がやけに気にかかった。
(ま、会えば分かるか)
とりあえず二十時に約束を取り付けたから、それほど間を明けずに彼の真意が分かるだろう。
時計を見ると待ち合わせの時間まで余り猶予がなかった。
考えるより行動するほうが性に合っている俺は、迫る時間に押されるように家路を急いだ。
さすがにスーツを引っ張り出す必要はないだろうが、この格好――作業服――のまま出向くのはまずいだろう。
(さて、何を着て行くか……)
軽くシャワーで一日の汚れを落としてから、腰にタオルを巻いた状態のままクローゼット前に立ち尽くす。
シャワーだけで風呂を済ませた身体は、暖房を付けていない部屋の中で急速に熱を奪われていった。
だから、だろう。
寒さに段々どうでも良くなってきて、俺はルーズネックのTシャツにニットのブルゾンを重ねて、下にはジーンズをはくという、余りパッとしない服装を選んでしまった。
一応鏡の前でチェックしてから、ま、こんなもんだろ、と自分に言い聞かせる。
(おい、お前、初デートじゃあるまいし、何をそんなに気にしているんだ?)
ふとそう思い至って、思わず自嘲する。
直人が相手だと、何か調子が狂うのは何故だろう。
(今まで周りに居ないタイプだったからか?)
そうかも知れない。
大体俺に近付いてくる連中なんてみんな似たりよったりで、結局のところ「自分が大切」な輩が多いのだ。
俺がどう思っていようとそいつらには一切関係なくて、「好き」だの「気に入った」だの一方的な感情をぶつけては俺に見返りを求めてくる。
だから俺もそういう相手に手を出すことには何ら罪悪感を感じなかったし、寧ろ「お互い様だろ」とか思ったりもしていた。
それが、直人には通用しないのだ。
彼がわざわざ雨の中、大して高価でもない小箱を持って俺を探していたのは、多分純粋に「俺が困ると思ったから」だろう。
それに対してあいつのほうから何か見返りを求めてくるような素振りも見せなかったし、寧ろ礼をしたいと告げた俺に戸惑いを見せたぐらいだ。
そうだ。
俺はあのとき、無意識に直人を試したのだ。
礼をしたいと告げた俺に、もしも直人が「だったら」なんて言っていたとしたら、恐らく二度と連絡を取ろうだなんて考えなかったはずだ。
取ったとしても、それは十中八九俺自身の欲望を満たすため。
そこでふと、じゃあ、今回はどうなんだ?と思ってから、正直自分の気持ちが分からなくなった。
(……面倒臭ぇ)
段々考えるのが億劫になってきた。
無意味な思考を一旦停止すると、俺は車のキーを片手に玄関へ向かった。
靴を履いたところで、ふと思い立って部屋の片隅に置いてある棚の方へ向かって、
「行ってくるからな」
そう声を掛けて自宅を後にした。
家から待ち合わせ場所のコンビニまでは、車で五分とかからない。
ギリギリ滑り込みセーフで約束の一分前に辿り着くと、既に待ちぼうけ状態が長かったのか、直人がガードレールに腰掛けてぼんやりしていた。
手に携帯を持って俯いているが、画面が暗い。恐らく開いているだけでそこに焦点は定まっていないんだろう。
コンビニ前、ということもあって結構明るいだけに、下を向いていても直人の横顔がはっきりと見えた。
(何だってあいつ、あんなに無防備なんだ)
ただそうしているだけでもかなり目を惹く整った顔立ちなのに、警戒心がなさ過ぎる。
(女だったらとっくに攫われてるぞ)
そう思ったら、何となく腹が立ってきた。
「――おい。直人」
待たせたくせに不遜な態度でそう告げると、「とっとと乗れよ」と彼を急かす。
我ながらかなり勝手なヤツだな、と思ったが、言われた当人はそんな理不尽さに気付かないのか、素直に乗り込んできた。
(絶対馬鹿だ、こいつ。普通なら怒るところだろ)
そんな風に思ったが、口には出さずにおいた。何も自ら己の非を教えてやることもない。
外からの明かりで鏡面になった窓ガラスへ映る彼をチラリと一瞥すると、相当緊張しているんだろう。なるべく俺に目を合わせないよう窓外に集中している様子が窺えた。
その姿に、俺は何となく気分が良くなってくる。
行きつけの小料理屋にでも連れて行ってやろうと思っていたが、予定を変更するのも悪くない。
当初は彼の意見なんて聞くつもりはなかったが、ふと気が変わって尋ねてみたくなった。それで、「何か希望はあるか?」と問うと、「居酒屋」だなんてしおらしいことを言う。
別に飲んでも代行を呼べば済むことなんだが、こういうタイプを前にするとどうしても苛めてみたくなる。
「別にいいけど……お前、一人で飲む気かよ」
わざと感情を込めずに冷たくそうあしらうと、途端ハッとした顔をして、申し訳なさそうに俯く直人。
横目でそれを確認すると、俺は楽しくて堪らなくなった。
下を向いている彼は気付かなかっただろう。
俺が運転しながら口の端をほんの少し引き上げたことなんて――。
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