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一線の越え方
08...自己嫌悪【Side:三木直人】
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(うう…自己嫌悪……)
売り言葉に買い言葉みたいな勢いで、思わず名前…しかもフルネームを名乗ってしまった。
通話を終えた携帯を幾分遠い目で見つめ、俺は深々と溜息を吐く。
遅れて時間を気にすると、既に十九時半を過ぎていた。
約束は二十時で、待ち合わせは俺のバイト先の前――まで、彼が車で迎えに来てくれるとのこと。
店までは歩いて十分ほどかかるから、そろそろ出たほうが良さそうだ。
遅刻でもしようものなら、どんな無理難題を言われるか分からないような印象だし…。
(…名前、なんつったっけ。えーっと、ヤ…ヤマハ?)
ともかく俺は、家着にしているスウェットから適当な服に着替えて、家を出た。
「寒っ…」
十一月ともなれば、そう感じるのも不思議じゃないけど、昨今は暖冬の所為か昼間はそこまで感じない分、早朝や夜の寒さが身に染みる気がした。
何気なく空を見上げると、昼間の雨が嘘のように、雲の晴れた空には、都会にしては珍しいほど、沢山の星が瞬いていた。
気温が低くなったからか、雨で汚れた外気が払拭されたからか、いつもに比べて空気が澄んでいたからかもしれない。
俺はのんびりとした足取りで、通いなれた歩道を歩きながら、
(……何つって切り出すかなぁ)
ふと、これからあの男に話すつもりの内容を思い返した。
日中、俺は学校帰りに顔見知りの後輩、相原真琴と飯を食いに行った。
その際、彼が唐突に聞かせてくれたのは――。
「先輩、さっき雨の中、道端で誰かと話してたでしょ。あれって、先輩の知り合いですか?」
「道端で? …ああ、あの工事現場のとこの?」
「そうです。レインコート着てて、よくは見えなかったけど、すらっとして立ち姿の格好いい……」
「……さぁ」
目の前のオムライスにスプーンを突き刺しながら、俺は一拍の間ののち、小さく肩を竦めた。
相原は自分の食事に未だ手をつけず、ただ真っ直ぐ俺を見ているだけ。
その眼差しに、妙に居心地の悪さを感じ、俺はさりげなく視線も手元に落とした。
「さぁって、どういう意味ですか?」
「そのままの意味。確かに顔は知ってたけど、知り合いってほどの相手じゃねーもん。……単なる店に来た客だよ」
「そうなんですか……」
と、今度は唐突に沈黙。
「………」
気まずい……。なんだこれ。
思うものの、俺も何も言い返せない。
単なる友人との飯なのに、響くのは食器がぶつかる音だけって、どうなんだよ。
しかも相原は相変わらず食っちゃいねーし。
「…それがなんだよ。あいつがもし知り合いだったらどうだっての」
仕方なく、俺はしたくも無い話に触れる。
正直なところ、もうあの客については考えたくも無いくらいだった。
考えれば考えるほど、わけが解からなくなりそうだったからだ。
携帯の番号は知られてしまったが、その意図もまるで解からないし。
しかもあんな一瞬で、発信履歴まで消してあるなんて、気付いた時には本気で怯んだ。
おかげで携帯は随分濡れてしまったし……って、まぁそれは壊れなかったからまだいいとしても。
「さっき、ジムの話したじゃないですか。そこに、似た雰囲気の人がいるんですよ。って言うか、多分あれ本人だと思うんですけど」
「…へぇ」
「あの人、ホント格好良かったでしょ? それで俺、何度か見ているうちに、何となく目が離せなくなっちゃって」
「……それで?」
俺は視線も上げず、スプーンを動かす手も止めず。一方で思い出したように水の入ったグラスを呷りながら、ひとまず先を促した。
「で、俺。結局その人と寝たんですけど」
「――ッ!」
が、継がれた言葉に、危うく口の中のものを思い切り噴出しそうになった。
「大丈夫ですか?」
慌てて口を押さえ、無理やり飲み込み、思わず何度か咳き込むと、
「ちょ、お前いま何つったっ……」
俺は思わず、腰を浮かせた。両手をテーブルについて、ガタンと音を立てながら。
「…先輩、まぁ座ってください」
途端に周囲の視線を集めることになり、遅れてそれに気付いた俺は、促されるままに大人しく座り直したが――。
(……なんつー話をいきなり…っ)
背筋は依然として冷たくひえた心地のままだ。
だけど、そんな風に動揺しているのは当然のように俺だけで、相原は不意に笑顔を見せると、あっさり言った。
「で、俺…本気でつきあいたいんですよ。その人と」
売り言葉に買い言葉みたいな勢いで、思わず名前…しかもフルネームを名乗ってしまった。
通話を終えた携帯を幾分遠い目で見つめ、俺は深々と溜息を吐く。
遅れて時間を気にすると、既に十九時半を過ぎていた。
約束は二十時で、待ち合わせは俺のバイト先の前――まで、彼が車で迎えに来てくれるとのこと。
店までは歩いて十分ほどかかるから、そろそろ出たほうが良さそうだ。
遅刻でもしようものなら、どんな無理難題を言われるか分からないような印象だし…。
(…名前、なんつったっけ。えーっと、ヤ…ヤマハ?)
ともかく俺は、家着にしているスウェットから適当な服に着替えて、家を出た。
「寒っ…」
十一月ともなれば、そう感じるのも不思議じゃないけど、昨今は暖冬の所為か昼間はそこまで感じない分、早朝や夜の寒さが身に染みる気がした。
何気なく空を見上げると、昼間の雨が嘘のように、雲の晴れた空には、都会にしては珍しいほど、沢山の星が瞬いていた。
気温が低くなったからか、雨で汚れた外気が払拭されたからか、いつもに比べて空気が澄んでいたからかもしれない。
俺はのんびりとした足取りで、通いなれた歩道を歩きながら、
(……何つって切り出すかなぁ)
ふと、これからあの男に話すつもりの内容を思い返した。
日中、俺は学校帰りに顔見知りの後輩、相原真琴と飯を食いに行った。
その際、彼が唐突に聞かせてくれたのは――。
「先輩、さっき雨の中、道端で誰かと話してたでしょ。あれって、先輩の知り合いですか?」
「道端で? …ああ、あの工事現場のとこの?」
「そうです。レインコート着てて、よくは見えなかったけど、すらっとして立ち姿の格好いい……」
「……さぁ」
目の前のオムライスにスプーンを突き刺しながら、俺は一拍の間ののち、小さく肩を竦めた。
相原は自分の食事に未だ手をつけず、ただ真っ直ぐ俺を見ているだけ。
その眼差しに、妙に居心地の悪さを感じ、俺はさりげなく視線も手元に落とした。
「さぁって、どういう意味ですか?」
「そのままの意味。確かに顔は知ってたけど、知り合いってほどの相手じゃねーもん。……単なる店に来た客だよ」
「そうなんですか……」
と、今度は唐突に沈黙。
「………」
気まずい……。なんだこれ。
思うものの、俺も何も言い返せない。
単なる友人との飯なのに、響くのは食器がぶつかる音だけって、どうなんだよ。
しかも相原は相変わらず食っちゃいねーし。
「…それがなんだよ。あいつがもし知り合いだったらどうだっての」
仕方なく、俺はしたくも無い話に触れる。
正直なところ、もうあの客については考えたくも無いくらいだった。
考えれば考えるほど、わけが解からなくなりそうだったからだ。
携帯の番号は知られてしまったが、その意図もまるで解からないし。
しかもあんな一瞬で、発信履歴まで消してあるなんて、気付いた時には本気で怯んだ。
おかげで携帯は随分濡れてしまったし……って、まぁそれは壊れなかったからまだいいとしても。
「さっき、ジムの話したじゃないですか。そこに、似た雰囲気の人がいるんですよ。って言うか、多分あれ本人だと思うんですけど」
「…へぇ」
「あの人、ホント格好良かったでしょ? それで俺、何度か見ているうちに、何となく目が離せなくなっちゃって」
「……それで?」
俺は視線も上げず、スプーンを動かす手も止めず。一方で思い出したように水の入ったグラスを呷りながら、ひとまず先を促した。
「で、俺。結局その人と寝たんですけど」
「――ッ!」
が、継がれた言葉に、危うく口の中のものを思い切り噴出しそうになった。
「大丈夫ですか?」
慌てて口を押さえ、無理やり飲み込み、思わず何度か咳き込むと、
「ちょ、お前いま何つったっ……」
俺は思わず、腰を浮かせた。両手をテーブルについて、ガタンと音を立てながら。
「…先輩、まぁ座ってください」
途端に周囲の視線を集めることになり、遅れてそれに気付いた俺は、促されるままに大人しく座り直したが――。
(……なんつー話をいきなり…っ)
背筋は依然として冷たくひえた心地のままだ。
だけど、そんな風に動揺しているのは当然のように俺だけで、相原は不意に笑顔を見せると、あっさり言った。
「で、俺…本気でつきあいたいんですよ。その人と」
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