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第1章
その10
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たまには冒険者ギルドにも顔を出そうと、王都にある建物へと向かった。
王都のギルドらしく、何十名の冒険者が押しかけても大丈夫なとても大きな建物だ。今も6名の受付嬢の前には、どこも列が長く続いている。
特に急ぎの用というわけでもないので、顔見知りの受付嬢の列へと並ぶこと数十分。
僕の番になり、長い金髪を耳にかけた嬢が手元の資料から顔を上げた。
「お次の方……って、ユルクさん⁉︎」
「エレン、お久し振りです」
フードを目深に被った僕の顔を見上げたエレンが驚きに声を上げると、若干ギルド内が騒ついた気配が。
しかし、元より騒がしい人種の多い冒険者。すぐに普段通りの騒々しさに戻っていった。
申し訳なさそうに肩を落とすエレンに、大丈夫だと笑ってみせる。
「気にしないで。それより、最近は何か?」
「えっと……はい、特にこれといって大きな案件は入っていませんね。せいぜいB級でしょうか」
「それは、どのような?」
「それが王宮から、北西にあるダンジョンへの挑戦者を募るもので、依頼とはまた違うんですけど……それよりも、ユーレスティンの北西にダンジョンなんてありましたっけ?」
「あぁ、それは僕が新しくダンジョンを創っているんですよ。ルーが出してくれたのかな」
「へぇ、ユルクさんの…………えぇ⁉︎ ユルクさんのっ⁉︎」
再び上がったエレンの声に、先程よりも多くの視線が集まる。
何事かと視線だけでなく囁きも行き交っているが、今度のエレンはそれに気付いた様子もなく、何故か目を輝かせていた。
「ユルクさん! そのダンジョン、人手は足りてますか⁉︎ 例えば受付とか!」
「そうですね……確かに、受付は必要になってきますね」
さすがに、そういった雑務までライシュやディアに任せるのは酷か。
ライシュはそもそも辺境伯としての仕事はあるし、ディアにはダンジョン全体の管理をしてもらっている。
僕がやっても良いけど、出来ればもう少し人手があると助かる。
「その受付、私なんてどうでしょう?」
「エレンが? しかし、貴女はここでの仕事が」
「ユルクさんの所で働けるのなら、喜んで辞めます!」
とても良い笑顔で言い切っているが、後ろの方に控えているギルマスが困った顔をしているのを察してほしい。
しかし、エレンが受付嬢としても事務としても優秀な人材であることは知っているので、来てくれるというのなら断る理由はないのも事実。
それだけギルドにとっても大事な人材でもあるわけで。
「こんにちは、ユルクさん。すみません、またエレンが暴走しているようで」
「ちょ、ギルマス! またってなんですかまたって!」
後ろから近付いてきた王都の冒険者ギルドマスター・ロイドラは、イスに座っているエレンの頭にポンと手を置いた。
穏やかな性格と雰囲気、線の細さと銀縁の眼鏡のせいで誤解されがちだが、彼は冒険者としてA級の実力がある。
荒くれ者の冒険者を纏めるには、組織の運営力だけじゃ務まらない。
「こんにちは、ロイドラ。エレンはこういっていますが、どうでしょう?」
「うーん。正直、エレンはここにとっても手放し難い人材ですからねぇ……」
「ギルマス! 私は何があってもユルクさんの所に行きますからね! これまでお世話になりました!」
「ちょっと落ち着きなさい」
手元の資料をまとめ出したエレン。この勢いだと、今日中に退職届を出してしまいそうだ。
「いえ、まだ正式な稼働は先ですので」
「えぇ~」
「ほら、まだ貴女はここの職員なんですから、仕事仕事」
「はーい」
席に座り直したエレンにお互い苦笑を浮かべ、ロイドラの案内でギルドの応接室へと移動した。
**********
紅茶を出してくれた女性の職員に、笑顔で会釈する。
慌てて退出した頬が赤かったようだが、風邪でないと良いのだが。
不思議に閉じられたドアを眺めていると、おかしそうにクスクスと笑うロイドラが対面のソファに腰掛けた。
「それで、ユルクさんがダンジョンを創っているという話は本当なんです?」
「はい。詳しい公開日は決まっていませんが、近日中には」
「ほう……王宮からおかしな御触れが出たと思っていましたが、そういうことでしたか。詳細をお聞きしても?」
「そうですね。では、ジオやルーに渡した物と同じ物でよければ」
「はは、それは文句のつけようがないですねぇ」
ディアの作成した資料を、ロイドラにも手渡す。
笑顔で受け取った彼が目を通すのを、紅茶を飲みながら待った。
ふむ、ギルドで出される紅茶はいつも美味しい。どこの国の物なのか、後で先程の職員に尋ねてみようかな。
「……ユルクさん」
手元のカップの中で揺れる紅茶を眺めていると、かけられた声に顔を上げる。
何やら疲れたような空気で眼鏡を押し上げるロイドラが、苦笑を浮かべ資料を下ろした。
「何と言いましょうか……大変ですね」
「楽しいですよ。潜るのとはまた違った面白さがあります」
「さすが《ダンジョン・マスター》。しかし、私が大変だと思ったのはユルクさんではなく、このダンジョンの探索者ですよ」
呆れ顔で資料を互いに挟んだテーブルに置き、箇所を指差しながら話す。
「ランク別階層の構造、階層数はアルカナを超える300層、そして極めつけはランクボスとダンジョンボス。ユルクさんがダンジョンボスって……何の悪夢ですか」
「まぁ、レッドドラゴンやケルベロスにはこれから交渉に行くので確定ではないのですが」
「……つまり、ダンジョンボスは確定と?」
「今のところは」
「はぁ……本気は出さないでくださいね、攻略どころか死者が出かねませんので」
そんな真剣な目で言わなくても……。
でも真剣に相手しないとは、攻略しようとしている冒険者に対して不誠実ではなかろうか。
しかし無闇に死者を出すわけにも……うーん……。蘇生魔法を改良してみるか……?
「まぁ、そこはシャルダン様が良い感じに抑えてくれると信じましょう。それで、エレンのことなのですが」
「あぁ、はい。どうでしょう、僕としては彼女のような優秀な人材は欲しいところです」
「では、ギルドからの職員派遣、という形はいかがでしょう? エレンにはギルドの難しい仕事も任せていますので、おいそれと辞めさせられないのが現状でして」
「なるほど」
エレンは17からここのギルドで働き始めて、今年で26。9年も勤めれば重要な役職についていてもおかしくはない。
最初はまだ試験運用のようなものになるだろうし、忙しくなりそうな日だけ貸してもらう形か。
「はい、ありがとうございます。ただ、エレンの無理にならないよう」
「それはもちろん。先程の様子ですと、そちらの仕事を大いに優先しそうですが」
困った子です、と笑うロイドラに僕も笑顔を浮かべた。
王都のギルドらしく、何十名の冒険者が押しかけても大丈夫なとても大きな建物だ。今も6名の受付嬢の前には、どこも列が長く続いている。
特に急ぎの用というわけでもないので、顔見知りの受付嬢の列へと並ぶこと数十分。
僕の番になり、長い金髪を耳にかけた嬢が手元の資料から顔を上げた。
「お次の方……って、ユルクさん⁉︎」
「エレン、お久し振りです」
フードを目深に被った僕の顔を見上げたエレンが驚きに声を上げると、若干ギルド内が騒ついた気配が。
しかし、元より騒がしい人種の多い冒険者。すぐに普段通りの騒々しさに戻っていった。
申し訳なさそうに肩を落とすエレンに、大丈夫だと笑ってみせる。
「気にしないで。それより、最近は何か?」
「えっと……はい、特にこれといって大きな案件は入っていませんね。せいぜいB級でしょうか」
「それは、どのような?」
「それが王宮から、北西にあるダンジョンへの挑戦者を募るもので、依頼とはまた違うんですけど……それよりも、ユーレスティンの北西にダンジョンなんてありましたっけ?」
「あぁ、それは僕が新しくダンジョンを創っているんですよ。ルーが出してくれたのかな」
「へぇ、ユルクさんの…………えぇ⁉︎ ユルクさんのっ⁉︎」
再び上がったエレンの声に、先程よりも多くの視線が集まる。
何事かと視線だけでなく囁きも行き交っているが、今度のエレンはそれに気付いた様子もなく、何故か目を輝かせていた。
「ユルクさん! そのダンジョン、人手は足りてますか⁉︎ 例えば受付とか!」
「そうですね……確かに、受付は必要になってきますね」
さすがに、そういった雑務までライシュやディアに任せるのは酷か。
ライシュはそもそも辺境伯としての仕事はあるし、ディアにはダンジョン全体の管理をしてもらっている。
僕がやっても良いけど、出来ればもう少し人手があると助かる。
「その受付、私なんてどうでしょう?」
「エレンが? しかし、貴女はここでの仕事が」
「ユルクさんの所で働けるのなら、喜んで辞めます!」
とても良い笑顔で言い切っているが、後ろの方に控えているギルマスが困った顔をしているのを察してほしい。
しかし、エレンが受付嬢としても事務としても優秀な人材であることは知っているので、来てくれるというのなら断る理由はないのも事実。
それだけギルドにとっても大事な人材でもあるわけで。
「こんにちは、ユルクさん。すみません、またエレンが暴走しているようで」
「ちょ、ギルマス! またってなんですかまたって!」
後ろから近付いてきた王都の冒険者ギルドマスター・ロイドラは、イスに座っているエレンの頭にポンと手を置いた。
穏やかな性格と雰囲気、線の細さと銀縁の眼鏡のせいで誤解されがちだが、彼は冒険者としてA級の実力がある。
荒くれ者の冒険者を纏めるには、組織の運営力だけじゃ務まらない。
「こんにちは、ロイドラ。エレンはこういっていますが、どうでしょう?」
「うーん。正直、エレンはここにとっても手放し難い人材ですからねぇ……」
「ギルマス! 私は何があってもユルクさんの所に行きますからね! これまでお世話になりました!」
「ちょっと落ち着きなさい」
手元の資料をまとめ出したエレン。この勢いだと、今日中に退職届を出してしまいそうだ。
「いえ、まだ正式な稼働は先ですので」
「えぇ~」
「ほら、まだ貴女はここの職員なんですから、仕事仕事」
「はーい」
席に座り直したエレンにお互い苦笑を浮かべ、ロイドラの案内でギルドの応接室へと移動した。
**********
紅茶を出してくれた女性の職員に、笑顔で会釈する。
慌てて退出した頬が赤かったようだが、風邪でないと良いのだが。
不思議に閉じられたドアを眺めていると、おかしそうにクスクスと笑うロイドラが対面のソファに腰掛けた。
「それで、ユルクさんがダンジョンを創っているという話は本当なんです?」
「はい。詳しい公開日は決まっていませんが、近日中には」
「ほう……王宮からおかしな御触れが出たと思っていましたが、そういうことでしたか。詳細をお聞きしても?」
「そうですね。では、ジオやルーに渡した物と同じ物でよければ」
「はは、それは文句のつけようがないですねぇ」
ディアの作成した資料を、ロイドラにも手渡す。
笑顔で受け取った彼が目を通すのを、紅茶を飲みながら待った。
ふむ、ギルドで出される紅茶はいつも美味しい。どこの国の物なのか、後で先程の職員に尋ねてみようかな。
「……ユルクさん」
手元のカップの中で揺れる紅茶を眺めていると、かけられた声に顔を上げる。
何やら疲れたような空気で眼鏡を押し上げるロイドラが、苦笑を浮かべ資料を下ろした。
「何と言いましょうか……大変ですね」
「楽しいですよ。潜るのとはまた違った面白さがあります」
「さすが《ダンジョン・マスター》。しかし、私が大変だと思ったのはユルクさんではなく、このダンジョンの探索者ですよ」
呆れ顔で資料を互いに挟んだテーブルに置き、箇所を指差しながら話す。
「ランク別階層の構造、階層数はアルカナを超える300層、そして極めつけはランクボスとダンジョンボス。ユルクさんがダンジョンボスって……何の悪夢ですか」
「まぁ、レッドドラゴンやケルベロスにはこれから交渉に行くので確定ではないのですが」
「……つまり、ダンジョンボスは確定と?」
「今のところは」
「はぁ……本気は出さないでくださいね、攻略どころか死者が出かねませんので」
そんな真剣な目で言わなくても……。
でも真剣に相手しないとは、攻略しようとしている冒険者に対して不誠実ではなかろうか。
しかし無闇に死者を出すわけにも……うーん……。蘇生魔法を改良してみるか……?
「まぁ、そこはシャルダン様が良い感じに抑えてくれると信じましょう。それで、エレンのことなのですが」
「あぁ、はい。どうでしょう、僕としては彼女のような優秀な人材は欲しいところです」
「では、ギルドからの職員派遣、という形はいかがでしょう? エレンにはギルドの難しい仕事も任せていますので、おいそれと辞めさせられないのが現状でして」
「なるほど」
エレンは17からここのギルドで働き始めて、今年で26。9年も勤めれば重要な役職についていてもおかしくはない。
最初はまだ試験運用のようなものになるだろうし、忙しくなりそうな日だけ貸してもらう形か。
「はい、ありがとうございます。ただ、エレンの無理にならないよう」
「それはもちろん。先程の様子ですと、そちらの仕事を大いに優先しそうですが」
困った子です、と笑うロイドラに僕も笑顔を浮かべた。
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