異世界ドッペルゲンガー

Ryo

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ドッペルゲンガー編

⒑彼女の道

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 泣き止んだフローライトだったが、さすがに今日はこれ以上の散策はやめようという流れになった。

 まぁ、赤く腫らした目で出歩くのは女性には厳しいだろう。

 気付くのが早かったおかげで、一角熊による被害はなかった。悲鳴をあげた女性が転んで擦り傷を作ったくらいか。
 住民からは感謝されたが、私はフローライト達を守ろうとしただけだから、あまり気にしないでほしい。

 ヘルネスとも改めて挨拶を終え、街の外に待たせている馬車まで戻る。


「ひゃっ」
「おっと」


 しかし、泣き疲れたのか足元がおぼつかないフローライト。よろめいた彼女を腕で支えながら、一つの案を思いつく。


「失礼」
「え? きゃあ!」


 一声かけてから、フローライトの膝裏に片手を回し、背中にもう片手を添えた。
 よ、と持ち上げた彼女は見た目通りとても軽かった。ちゃんと食べているのに、不思議なものだ。

 驚いて目を白黒させていたフローライトが、私が彼女を抱え上げたことに気付くと、クスクスと笑う。


「まぁ、ケイ様ったら、力持ちですのね」
「何をおっしゃいますか、フローライト様が軽すぎるのです」


 呆れた視線を向ければ、より深く笑みを浮かべた。


「…………お、俺だってこれくらい…」


 背後についてくるディアンが何か呟いた気がしたが、距離があるため良く聞こえなかった。
 何か言ったか、と振り返れば、なんでもない、と顔を背けられた。そういう割に怒ったような……いや、拗ねたような顔をしている。

 まぁ、彼も男だ。自分の事は自分でどうにかするだろう。

 外へ出ると、いつでも出発できる状態で待機していた。さすが公爵家の運転手。

 予想よりも早く戻ってきたことに驚いた顔をしていたが、それでも私が抱えたフローライト見て素早く馬車のドアを開けてくれた。

 降りるといったフローライトを制し、彼女を抱えた状態で馬車へと乗り込んだ。


「降ろしますよ」
「はい」


 馬車のイスへ、そっ、とフローライトを降ろす。
 座った彼女と目が合うと、ニッコリ笑った。


「ありがとうございます、ケイ様」
「いえ……もとより、私がご心配をおかけしたのが原因。むしろ私が謝らねばならない事です。申し訳ございません」
「…では、その謝罪をお受けします。これで此度の事は終わりです」


 頑なに自分で責だと頭を下げる私に、苦笑気味にフローライトが承諾した。

 ゴト、という振動をあげ馬車が動き出す。暫くすれば、屋敷の庭が見えてくるだろう。


「あの」
「あの」


 同時にお互いへ声をかけ、瞳を瞬かせる。そして同時に破顔した。
 先を譲るも、私が先で良いと言うので、好意に甘えることにする。

 真剣な目で彼女を見れば、静かな表情で受け止められた。
 真摯な瞳しているフローライトに、私は深く頭を下げる。


「フローライト様。私はここが、私のいた世界とは違う世界なのだと確信しました。突然、屋敷内へ侵入した私を招き入れてくださった事、感謝いたします。私は、元の世界へ帰る方法を探そうと思います。しかしーーー」


 一度区切り、乾く唇を舐め、私は決意した言葉を吐き出した。


「もし……もし、フローライト様がお許しになってくれるのであれば、私が元の世界へ戻るまでの間、貴女様のお側に、置いていただけませんか。
 昨日、出逢ったばかりなのに何を馬鹿な事を、とお思いになるやもしれません。ですが、私は貴女様をお守りしたいと思ったのです。
 無茶な願い、無礼な頼みなのは重々承知しております。それでも、どうか、お考えいただけますよう」


 更に深く頭を下げるようにして、フローライトに願う。

 初めて会った瞬間から、私は彼女を、どこかで守りたいと思っていた。
 いや、そう「感じて」いたんだ。

 異世界へと落ちた先がフローライトの元だったのは、偶然ではないのではないか。
 そう考えてしまうほどに。

 しかし、これは私の身勝手な想いだ。

 フローライトの身分を考えれば、私のような得体の知れない者を、無闇に近くには置けないだろう。

 それでも、もし彼女が拒絶したのならば、陰ながらお守りしようと。
 そんな風に思ってしまうくらいには、私は本気だった。


「それでは、今度は私の番ですね」


 静かだった馬車の中、フローライトの声が響く。
 どんな言葉が返ってきても、彼女の考えを尊重しよう。

 下げたままの頭上に、私と同じの、彼女の声が降ってくる。


「我がハイルシュタイン家は、エレスチャル王国を支える3大公爵と呼ばれる家の一つです。そして、私はその一人娘。いずれ、公爵家をつぎ、国を支える立場にあります。
 そして、今ハイルシュタイン家は余所者を迎え入れる事ができる状況にないのです。安易に受け入れ、それが間者だったなど笑えませんから」


 冷静に紡がれる彼女の言葉に、やはり、と少しばかりの落胆の気持ちが湧く。
 それでも、彼女にも事情があるのだ。守るだけならば、すぐ側でなくても良い。

 そう考えをまとめた私だったが、彼女の話はまだ続きがあった。


「ですが……ケイ様に初めて会った時、不思議と警戒心が湧かなかったのです。同じ顔、同じ声、まるで自分の生き写しのような姿。それを目にした私の中に湧き上がったのは、心地良い『安心感』でした。
 まるで、遠い昔から共にあったような気持ちになったのです。側にあるのが当然、そう自然と思えるような。そんな方、これまで私は巡り合った事がありませんでした。
 ……そうとまで思える方に、私の側にありたいと願われ、どうして断れましょう」


 床へと向いていた視界の中、スッと伸ばされたフローライトの両手が、私の両手を握り締めた。

 その手の暖かさに促されるように顔を上げると、泣き笑いのような顔をした彼女の、嬉しそうな瞳が見えた。


「私からもお願いしますわ。貴女が元の世界へ帰れる手伝いをします。ですが、それまでは、私の側にいてくれないかしら」
「……良いのですか? お家の事情があるのでしょう」
「ふふ、私はこうと決めたら曲げませんよ。お父様にだって、必ずや承諾させてみせますわ」


 しっかりと頷くフローライトは、とても頼もしくみえた。きっと、本当に承諾させてしまうのだろうな。

 私の目を覗き込むようにして笑う彼女は、これまでになく綺麗だと思った。

 すると、いつのまにか屋敷へと到着していたようで、先程のようにディアンの声が外から聞こえる。
 外から開かれたドアに、今度は私が先に馬車から飛び降りた。

 邪魔だと言わんばかりに顔を顰めるディアンだが、今回だけは許してもらいたい。

 そんな思いを内に、ディアンの手で馬車から降り立ったフローライトへと、私は跪いた。


「必ずや、お守りいたします。この命をかけてでも」


 目を見開くフローライトとディアン。

 少しして復活したディアンが焦ったようにフローライトを伺い、彼女はーーーそれは楽しそうに笑っていた。





ドッペルゲンガー編、完。
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