異世界ドッペルゲンガー

Ryo

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ドッペルゲンガー編

⒎与えられた物

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 翌日、いつもの習慣から日が昇る前に目が覚めた私は、勝手に屋敷内を出歩くわけにもいかず、昨夜のようにカーテンと窓を開け、外を眺めていた。

 相変わらず手入れの行き届いた庭は、色とりどりの花々に彩られ輝いているようだ。
 私に用意された部屋は屋敷の2階だったが、ここまで花の香りが湧き立ってくる。元の世界では、体験したことのない朝だ。

 自ら思い立った現実に、まだ立ち直れない心が苦しくなる。

 だが、一晩かけて私は決めた。

 いくら泣こうが喚こうが、はたまた嘆こうが怒ろうが、何も変わらない。

 元の世界に帰る方法を探す。

 この世界で生きる方法を探す。

 この二つを、今は懸命にやってみるしかない。

 気合いを入れる為、両頬をパシッと叩いた。


「ーーー何をしているんだ」


 と、窓の外から聴こえてきた低い声に下を覗くと、庭の花に水をやっていたところなのか、片手にジョウロを持ったディアンがいた。
 呆れたような視線で見上げてくる彼に、今のを見られていたのだと少しだけ顔が赤くなる。


「い、いや。少しばかり心構えを」
「……ふん。別に構わないが、お嬢様の害にはなるな」
「心得ている」


 しっかりと頷いてみせると、何やら不満そうな顔で目を背けた。何か気に入らなかったのだろうか。

 ディアンはそれから私の方を見上げる事なく、淡々と水水あげをこなしていく。
 特にやる事もないので、私はボーッと彼を眺めていた。

 スッと伸びた背に綺麗に身につけられた燕尾服。彼の立場を考えれば執事服か。長年彼女に仕えているのか、その姿に違和感はない。
 陽の光に透けるようにすると、更に緑色が濃くなり、黒ではなく、深緑の髪なのがよく分かる。
 真っ直ぐに前を見据えている瞳は銀色で、光を反射して輝いているかのようだ。

 宝石のようだな、と柄にもない事を思った。

 すると、水をやっていたディアンが動きを止め、ジロッとこちらを睨みつけてきた。


「……何か用か。さっきからジロジロと」
「あ、あぁ、すまない。何でもないんだ」


 どうやら視線が鬱陶しかったらしい。仕事の邪魔をするつもりはなかったんだが。
 小さく頭を下げて、大人しくしていようと部屋の中へ戻った。





 暫くすると、ドアの外からノックされメイドの声が聞こえた。
 返事をすると、静かにドアが開かれ顔をみせたメイドが深く頭をさげる。

 その手には、何やら布のようなものを持っていた。


「ケイ様。お嬢様がお呼びでございます」
「分かった。ありがとう」
「そして、こちらをお召しになるよう、お嬢様のお指示が」


 彼女が手にしていたのは服だったか。

 フローライトが着るように言っているのなら、着なければ失礼にあたる。
 何より、このメイドも叱られてしまうかもしれない。


「了解した」
「では、失礼します」


 そう頭を下げたメイドが、ベッドの上に服を広げた。


「……これ、を?」
「はい」
「……」


 当然、といった顔で頷くメイドは冗談を言っているようには見えない。
 ギギギ、と音がしそうな程、ゆっくりとその服に視線を落とす。

 鮮やかな露草色をした、ドレスだった。

 これを、私に着ろ、と?

 フローライトは善意でこれを私に、と言ってくれたのだろうが。
 お嬢様のフローライトには、私の今の格好はかなり不思議なものに見えたのかもしれない。

 しかし……スカートの類は、学校の制服でしか着たことがない。
 普段は道場で稽古している為、私服といえば胴着、というレベルだ。

 そもそも、こんな女性らしい素敵なドレスが、私に似合うわけないじゃないか。
 いくらフローライトと似た姿とはいえ、中身が伴わなければイタイだけだ。

 ディアンあたりには鼻で笑われそうな気さえする。


「……本当に、これを?」
「ケイ様。お嬢様がお待ちです」
「そ、それは」
「失礼します」
「え、ちょっ」


 当然ながら、ドレスなど着た事がない私には「ドレスは一人で着れない」という情報すらなく。

 メイドに着ていた胴着を剝かれ、出際よくドレスを着せられた。
 あまりに出際が良すぎて、抵抗する隙もなかった。

 ドレスを着るだけで一苦労だったのに、それから部屋にあるドレッサーの前に座らされ、化粧やら髪結いをされ。

 気付けば、昨日見たフローライトのような「お嬢様風」に仕上げられていた。

 椅子にグッタリしている私に、メイドが何やら感心した様子で私の髪を梳く。


「見事な黒髪ですね。お手入れを行き届いているようですし」
「…そうか? 特に何もしていないのだが」


 むしろ、いつも適当に手櫛で整え無造作に首の後ろでくくっているだけだ。
 道場に来る姉弟子達には「もっと気を使え」と再三言われていた。

 お嬢様のフローライトに比べれば、私など藁のようなものじゃなかろうか。

 それから立って全身をチェックされ、メイドが満足そうにOKが出したので移動することに。
 足元までヒールを履かされ、慣れない私に合わせゆっくり歩いてくれるのが大変申し訳ない。

 1階まで降り、案内されるまま進むと、暫くして大きな部屋へと辿り着いた。
 そこはダイニングルームのようで、広い部屋の中央に縦長のテーブルと数個のイスが並んで置かれている。

 部屋奥の席に腰掛けていたフローライトが、私の姿を見て嬉しそうに微笑んだ。


「着てくれたのですね。よくお似合いです」
「…ありがとう、ございます」


 引きつった笑みを浮かべる私を、楽しそうに眺めているフローライトに勧められ彼女の対面となる席についた。

 私が座ったタイミングで、部屋の外で待機していたらしいメイド達が、料理の乗ったワゴンを押して入ってきた。
 どうやら朝食に招かれたようだ。

 一晩泊めてもらったばかりか食事まで、とフローライトにすまないと目で謝る。

 お互いの前に食事が並べられると、メイド達は一礼して部屋から退室していった。


「さぁ、どうぞ」
「……フローライト様。申し訳ありませんが、私はテーブルマナーといったものを知らぬのです」
「あら、構いませんわ。私が勝手にご招待したのです、こちらに合わせろなどとは言いませんわ。それに」


 ニコッと笑うと。


「今は私達だけですもの。お気になさらず、お召し上がりになって」
「……感謝致します」


 頭を下げ、私は食事に手をつけた。
 私が一口入れ、美味しさに目を見開いたのを見るとフローライトも食べ始める。

 見た目も味も私が知る料理に近いもので、特に違和感を覚えることなく大変美味しくいただけた。
 むしろ普段食べているものより美味しかった。

 部屋には私達が食事する音だけが静かに響いていたが、不思議とそれを苦痛に感じる事はない。
 何故か、フローライトとは昔からずっと一緒であったような気分になる。それこそ姉妹のような。

 …いや、それは貴族である彼女に失礼か。

 私と姉妹などと、おこがましい考えを小さく頭を振って追い出した。

 私からしたら少し多いくらいの朝食が終わり、メイド達が皿を片付けていく。
 手伝おうかとも思ったが、勝手を知らぬ者では邪魔にしかなるまい。

 退室する彼女達に頭を下げ、感謝の意を伝えるだけに留めた。


「さて。それでは、出掛ける支度をしましょう」


 軽くパンと手を合わせるフローライトに頷き、席を立った。

 そして、何故か玄関でなく彼女の部屋へと歩いていく後ろをついていく。
 何か忘れ物だろうか? 私は玄関で待っていた方が良いか?

 そう思い直しフローライトに一声掛けると、何やら悪戯っぽい笑顔を浮かべ手を引かれた。


「いいえ。一緒にいらしてください。私だけではなく、ケイ様のお支度もありますので」
「私の?」


 首を傾げる私に、クスッと笑う彼女は自室のドアを開けると、私に中が見えるように体を位置をずらした。
 目に見えたものに、思わず顔が引き攣ったのが分かる。


「……フ、フローライト様。これは…」
「どうぞ、お好きな物をお選びになって? それを着て、一緒に街に行きましょう」


 ウキウキした様子で彼女が手に取ったのは、これまたドレスだった。
 しかも、朝に着せられたコレよりも豪奢な物。装飾はもちろん、刺繍もかなり凝っているようだ。


「このカメリア色の物はどうでしょう? でもケイ様は凛々しい雰囲気ですし、もっと大人っぽい色が良いかしら」
「……あ、あの、フローライト様。私には、その、ドレスなどといった女性的な物は似合わないかと……それに、そのような高価な物を…」
「あら、そんなことありませんわ。今のドレスも凄くお似合いですもの。ドレスはどれも私の為に作られた物ですから、お値段は気になさらないで」


 それは余計に気になってしまうのだが。
 フローライトの為に作られた物を私が着るというだけでも十分に恐れ多い。

 何より、彼女に合わせて作られているドレスは、どれもどこかフローライトの雰囲気にあった可愛らしいデザインなのだ。

 別に女性服に嫌悪感があるわけではないが、普段から胴着ばかりを着ている身としては、その…………は、恥ずかしい。

 キラキラした瞳でこちらを見てくるフローライトに、どうしたものかと困っていると、ドアが外からノックされた。
 入室を伺ってきたのは、彼女の執事であるディアンの声だった。


「今は大丈夫よ」
「はい。失礼いたします」


 そう答えた後に、部屋に入ってきたディアンの姿を目にし、私は「あっ」と声をあげた。

 それに不思議そうな顔を向けてくるフローライトには悪いが、私は意を決して頼んでみる。


「申し訳ありません、フローライト様。やはり私には分不相応の物かと。どうか、彼と同じ物を貸し与えてはいただけませんか?」
「えっ⁉︎ 執事の服を?」
「執事の物でなくとも……そうですね、男性的な動きやすい物がありがたいです」
「…ドレスはお気に召しませんでしたか」
「いえ、私のような者ではフローライト様の為に作られたドレスの価値を下げてしまいます。それに……」
「それに?」
「…………その、は、恥ずかしいのです…」


 着るのが恥ずかしい、ということを伝える事すら恥ずかしいと、私は顔を赤くしながら小声で答えた。
 それに、一瞬ポカンとした表情を浮かべていたフローライトだったが、ふふ、と笑うと少し困ったように目尻を下げて頷いた。


「わかりました。ケイ様が、そこまでおっしゃるのでしたら」
「申し訳ありません。贅沢をいえる立場ではない事は、重々承知しているつもりなのですが…」
「ふふ、構いませんわ。いえ、もっと甘えてくれても良いくらいです」


 そう微笑む彼女を見て、姉妹だったら彼女が姉だな、とぼんやりと思った。
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