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ラーズの場合

その5

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「ところでシェイドよ、逆にお前は今時間が取れるか?」

トロール王が黒衣の青年へと質問を投げる。

「なんだ、お前がそんな事言い出すとは、珍しいな。何かあったか?」

青年に問われて、トロール王がどこか楽しそうな顔をした…気がした。


「今まで我はただ一人で、真摯に鍛錬を続けてきた。だが今、目の前の兵士達を教えるにあたり、思いもしなかった数多あまたの気付きを得たのだ」

「…ほう?」

トロール王は更に言葉に熱を込めて、青年に語る。

「自分では当然と思っていた事が、あの者達には当然ではない。それが何なのかと考える事により、今まで気付けないものが見えるのだと、初めて理解した」

トロール王は、少し離れたところで修練を続ける兵士をじっと見る。

「それは他者からすれば些細な事なのかもしれんが、我にとっては大きな気付きになる」

「…つまり、その気付きの試しをさせろ───そういう事だな?」

トロール王は何も言わずに小さく頷くと、壁に立てかけてあった大きな木剣を手に取り、すこし離れた場所にある模擬戦用の広場へと進み、青年は「…仕方ないか」とその後に続く。



「皆!。トロール王とシェイド殿が手合わせをするぞ!。集まれっ!!」

兵士達の前で弁を振るっていた老騎士が、誰よりも早く広場の脇に陣取ると、訓練中の兵士達へと声をかけた。

言われた兵士達も足元に剣を置き、少しでも見やすい良い場所を取ろうと我先にとやってくる。

少し離れたところに居る職務中の見張りの兵士は、配置場所を離れれない悔しさをにじませながら、少しでも目に焼き付けようとこちらを見ている。


そんな急な雰囲気に、ラーズは良く分からないまま、広場の横に立つ。

「…で、俺はどーすればいい?」

青年が面倒さを隠す事なくにトロール王に問う。

「我が攻めるので、暫く受けてもらってもよいか?」

不死王は「…わかった」とだけ言うと、拳を軽く握り身構えた。



突然トロール王がその巨体ではあり得ない速度で滑るように移動した。

そして構えている青年へと、踏み込んでは斬撃を放ってゆく。


対する青年は言われたように、飄々とその剣を回避する。

そんな風にお互い被弾する事もなく続いていた動きが、乾いたバキっという音と共に止まる。

暫く宙をくるくると舞っていたが広場にグサリと刺さった。

それは、トロール王の持っていた木剣の刃の部分だった。


息すら止め、一瞬も見逃すまいと見ていた兵士達がブハッと息を吐く。

そして2人へと「ありがとうございました!」を礼を述べると、また訓練場へと戻ってゆく。

老騎士はさっき見た動きを反芻する様に、手にした剣を「…こうか?」と振ってみたりしていた。



「シェイドよ、我が剣はどうであったか?」

剣を折られながらも、トロール王はどこか満足気に青年に話しかける。

「最後の一撃…殴らねば当たる予感はあったな。なんだあれは?」

「そうか。まだ我にも伸びしろが残っていたようだ…ふふふ」

トロール王は答えず、満足そうにさっきまでいた広場の端へと戻る。

青年がその後を「…それ以上強くなっても仕方あるまい?」とぼやきながら着いてゆく。



(…なんだ、あれ。あんなの人の出来る動きじゃないだろう!?)

トロール王のあの巨体から放たれる、流れる様に美しい斬撃と足さばき。

相対した青年の飄々とした回避と、斬撃を打撃するという無茶苦茶な実力。

それでいて二人とも息ひとつ切らさず、まるで散歩をしたくらいの感じにしか見えない。


(…あれが、本当の実力者っていうものなんだな)

ラーズは頂上すら全く見えない途方もない山を見た、そんな感想を持っていた。

でもそれは決して絶望ではなく、自分でもその山を登れるかもしれないという希望にあふれたものだった。



「───では少年よ、こちらに来たい時はこの証を門番へと見せるのだ。こちらへと案内してもらえる様、城の方には伝えておこう」

トロール王がラーズへと証の付けられた首飾りを渡す。

「ありがとうございます、ブラッドウッド王!」

ラーズは深々と頭を下げ、その証を受け取る。

「…あまり遅くなる前に戻るぞ。女達が先に待ってたら、何言われるか分からんぞ?」

先行する青年がラーズへと顔を向け、声をかける。

「それでは、失礼します!」

ラーズは再度トロール王へと頭を下げ、青年の後を追って走っていった。


トロール王はまた一人、自分の剣を学んでくれる若者が増えた事に、満足そうに微笑むのだった。
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