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ジュライヘ
その11
しおりを挟む夜が明けて、ジュライへと向かう二日目の朝が来た。
昨夜の事を知らない冒険者や商人達は、今日も何事もなく進めたらいいと思いながら出発の準備をする。
ただ2名、昨晩見張りをした冒険者だけは、どこかどんよりと疲れた雰囲気を醸し出していた。
2日目も大したトラブルもなく、穏やかにジュライを目指す商団《キャラバン》一行。
2人組が初日夜の話をうっかり口を滑らせたらしく、隠れてちょこちょこ見てくる冒険者が増えたのが黒衣の青年にとっては少々厄介だった。
だからと言って、直接何か聞いてきたり、戦いを挑まれたりはなかったのが、幸いではあったのだが。
そして4日目の夜、その日はラーズとリズが夜の見張り役だった。
馬車から「寝付けない」と青年が降りてきたので、3人で一緒に見張る事にした。
「しかし、やっぱり夜は薄気味悪いわね。なんか寒くもないのにぞくぞくするし」
「そーだな、リズ。実は俺もさっきからぞくぞくが止まらねぇ」
リズは軽く半目をして、プッと吹きだす。
「ラーズはただ、尿意が迫ってきてるだけじゃないの?。一緒に行ってあげようか?」
そう言うと、にやーと意地悪く笑った。
「そんなんじゃねぇぞ!?。大体一人でも全然大丈夫だし」
気持ち、上ずってる様にも聞こえる声で、ラーズはリズに答える。
その時、今までずっと奏でられていた楽器の音が止まる。
2人がそちらを見ると、青年は楽器を床に置くと「野暮用」とだけ言い残し林の方へ歩いて行った。
「あ、俺も野暮用。ちょっとリズ、火を頼む」
「あー、やっぱりトイレだったんでしょう?」
ラーズは「違うって言ってるだろう!」といいながら、先をいく青年を追いかけた。
「…なんだ、着いて来たのか」
振り返りもせずに、青年はラーズに声をかけた。
ラーズは目の前の青年に真面目な口調で尋ねる。
「…あんた、漆黒の瞬殺王なんだろう?。この前他の奴等が言ってるのを偶々聞いたんだが」
「…そうか」
青年は振り返らずに答える。
「どうやったらアンタみたいに、そんなに強くなれる?。俺も強くなりたいんだ?。教えてくれ!」
ラーズはかなり切実な感じで青年の背中に叫ぶ。
青年は少し、自嘲を含んだ言葉で答えた。
「…とにかく、まずは死なない事だな。だから、一歩も動くなよ」
そう言うと、目の前の青年は暗闇の広がる林へと一気に飛び出した。
それとほぼ同時に、気分の悪くなるような声の断末魔が多数あがる。
何が起こったか分からず立ち尽くすラーズに、林から声が飛んできた。
「今すぐしゃがめ!」
何が何やら分からないまま、言われた通りしゃがむラーズ。
頭上をひゅんと風を切って通り抜ける音がした。
そして林の方で草をかき分け移動したような音がしたと思うと、再び断末魔が聞こえてきた。
時間にして十数秒…足音が聞こえ、おそるおそる頭を上げ、ゆっくり立ち上がるラーズ。
その目の前には、暗い林から戻ってくる青年がいた。
拳からは何か液状のものが、ポタポタと垂れてきている。
「…小鬼だ。近くに巣があったのかもしれんな」
それだけ言うと、手近な葉っぱで手を拭い、青年はリズの居る火の方へと戻っていった。
その雑に投げ捨てられた葉っぱは、赤黒い液体で染まっている。
ラーズは呆然と、しばらくそこに立ち尽くしていた。
「あ、ラーズ遅かったじゃない…って、なんか顔色悪いけど、大丈夫!?」
青年が戻ってきてしばらくして戻ってきたラーズにリズは駆け寄る。
「大丈夫だ、何でもない…」
それだけ言うと、ラーズは火の前に腰を下ろす。
リズもその隣に心配そうに座る。
「…なぁアンタ。もしかして毎晩こうやって守っててくれてたのか?」
なんとか顔を上げ、ラーズは青年の方を向いて尋ねる。
話が分かってないリズは、2人の顔をキョロキョロ見比べる事しかできない。
「…初日と今だけだ。他の日は何も来ていない」
青年はそれだけ答えると、相変わらず楽器を奏で続ける。
「…そうか、やっぱりか。感謝する」
ラーズはそれだけやっと言うと、そのまま火をじっと見る。
隣ではなんと声を掛けたらいいか迷い、ただおろおろするリズがいた。
それからはさしてトラブルもなく、ジャスティン商団は順調にジュライへと到着するのだった。
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