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思惑

その2

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ウィズ=ダムとサンド=リヨンを結ぶ街道がある。

商人達が馬車で荷物を運ぶ姿を時々見かける主要路の1つだ。

その街道のウィズ=ダムから少し離れた丘の麓の、街道沿いの林の方から少女の声がした。



「シェイドさん、採れましたわよ!。さぁ!」

神官の少女は倒木に座ってリュートを演奏していた黒衣の青年に、採ってきたキノコを差し出す。

少女の名はマレット=リラシア、この街から少し離れたルビナの村出身の冒険者、職業は神官だ。


「これと…あぁこれもか。他はたぶん大丈夫だろう」

シェイドとよばれた黒衣の青年は渡されたキノコを選別し、良かったものだけを袋に詰めた。

青年の名はシェイド、少女と同じく冒険者で、職業は格闘家《モンク》。

目元しか見えない黒衣で頭を巻いており、体も黒い服とマントで覆われていて、素肌はほとんど見えない。


「む…まぁ先ほどは3つ違いましたし、今回2個しか違わなかったのは成長ではないですの?」

良く分からないが、ちょっと自慢気な感じで少女は返してくる。

「…そうだな、確かに成長してるな。では足りない分をまた採ってこい」

あきらめた、とも感じれるくらい少女に対しぶっきらぼうに返すと、青年はまた倒木に座る。

そして置いていたリュートを手に取り、奏で始める。

少女は少し離れた倒木の方へと戻っていき、またキノコを探し出していた。



「…お?。やっぱりか。こんな街じゃ逆に目立つ格好してる奴なんてそうそう居ないしな。旦那、久しいな」

街道の方から男性の声がした。

見たところ商人の様に見える男性が立っている。

清潔感のあるデザインの服装、嫌味にならない程度に身に着けられた貴金属。

見ただけでそれなりに裕福な人間なのだろうと察しはつく。


「社長。打ち合わせまで時間はありません。要件は手短にお願いしますよ」

男の後ろにさらに2人の人影でが現れた。


男性と同じくらいの身長、同じく清潔そうな服装。

片方は短髪、あと一人は髪をアップしてまとめていて、2人とも女性だった。

ただ1つ人間と違ったのは、ぴんと尖った長い耳をしている事だった───そう、エルフである。


「分かってるさ、リース。ただやっぱり挨拶はしとかないとな。なんせ恩人様だからな」

男性は女性にそう言うと、折角の服が汚れそうな林の中へざくざく入ってくる。



「…お前は何だ?」

奏でていた楽器を鳴らす手を止め、青年はこっちに向ってくる男性へと質問を投げる。

質問された男性は一瞬「え?」といった感じの顔をすると、自分の服装を見て「あぁ、そうか」と勝手に納得していた。


「シェイドさん、どなたかいらっしゃいましたの?」

相方の青年の方で何やら声がするのが気になったのか、キノコを探しに行っていた少女が戻ってきた。

そして、林に不似合いな格好をした男性を見ると、ぺこりと頭を下げる。


「アドルさん…だったですの?。お久しぶりですの」

来てすぐにこの格好の自分をちゃんと見破った事に、男性は感心してヒューと口笛を鳴らした。

「おう、サンド=リヨンでは世話になったな。おかげで今日もこうやって商売させて貰えてる。本当に感謝しかないね」

そう言いながら男性は、少女に手をさし出してくる。

少女はたった今までキノコを探して汚れていた手を、自分の神官服の裾で軽く払うと、差し出された手を取り握手を交わす。



少女は目の前のアドルを見て考える。

あんな高そうな服を着てるのに、わざわざ汚れる様な林まで入って来るなんて、きっとなにか急用か何かなんだろうと。


「ところで、何かご用でもありましたの?」

「いや、用というか、街道を通ってたら見た事のある姿が見えたんでな」

少女の思惑に反して、別に大した用事はなさそうである。

服のどうこうは個人の価値観の違いでしかない様だった。


「そうなのですか、それはわざわざご苦労様ですの。ではわたくしは、また採集に戻りますの」

そう言って会釈をしてまたキノコ探しに戻ろうとした少女の背に向かって、アドルは声を掛けた。


「俺達はしばらくあの街に居るんで、暇が出来たら訪ねてきてほしい。『赤い雄羊亭』って宿屋に居るからな」

それじゃ、と2人に手を振ると、またザクザクと草をかき分けながら街道へと戻っていく。

通路に戻るとエルフの女性からなにやら怒られてるような声がしたが、さほど問題はなさそうである。


「…あと5個、キノコ探し頑張りますの!」

少女は気合を入れると、また倒木の方へと向って行った。


林には青年の奏でるリュートの音が響いていた。

 
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