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夢魔
その27
しおりを挟む神官の少女達が最後に村を訪れてから1週間ほどが経った。
雲一つない青空の下、少女と黒衣の青年は並んで、ウィズ=ダムとルビナの村を繋ぐ街道を歩いていた。
「久々のルビナの村ですの。ガーベラさん達が大丈夫だといいですの」
まずは夢魔のガーベラの居る農家へと、二人は向かう。
「おう、マレットちゃんか!」
畑で農作業をしていた男性が近付いてゆくこちらに気付き、手を上げた。
「お久しぶりですの。体の調子は大丈夫ですの?」
少女は当たり障りのない質問で探りを入れてみる。
「おう、なんかあれからなんか体調が良くてな!。なんか力が漲ってる感じで、ほんと神様の加護様様だな。ありがたいよ」
若者はこちらの心配に反して、体調が良さそうに見えた。
(…ガーベラさんはもしかして、この息子さんに遠慮して、全然食事を摂ってないのではないですの?)
すこし心配になった少女は、若者に頑張ってくださいと言って手を振ると、早足で家の方に向かう。
着いた家の外では家主のおばさんが、何やら忙しく作業をしていた。
少女が「こんにちは」と声をかけると、作業の手を止めてこちらに小走りでやって来る。
「あら?。あらあら、マレットちゃんじゃないのっ!。なんか急いでる風だけど、どうかしたのかい?」
「えっと…その、ガーベラさんはどんな感じですの?」
詳しい説明は出来ないためにざっくりとした感じになるが、少女はとりあえず尋ねてみた。
「いや、最初は包丁すら握ったことがないって言うから正直不安だったんだけどさ。要領がいい、物覚えがいい子でね、今では家のちょっとしたことは任せてるよ」
おばさんは悪意の感じられない笑顔で、少女に言った。
このおばさんが悪い人じゃないのは少女も分かってるつもりだが、もしかしたらガーベラはろくに食事もとらないで必死に役に立とうと頑張ってるのかもしれないと、どうしても不安になる。
そして「家でガーベラさんに挨拶してきますの」と言葉を残し、更に早足で家へと向かった。
「ガーベラさん、大丈夫ですの!?」
扉を開けると、つい声が大きくなるのを押さえられずに、中に向かって言った。
外では少女の声量に不思議に思ったのか、少しだけこっちを見て、また作業に戻るおばさんがいた。
「はいー…あら、マレットさん。この度は本当にお世話になりました」
奥の台所から出てきて、少女に深く頭を下げた夢魔の女性ガーベラは、少女の心配をよそに元気そうに見える。
「畑で息子さんにお会いしたんですけど、すごく元気でしたの。ガーベラさん、遠慮して全然食事を摂れなかったりしませんの?」
外に話が漏れないように扉をちゃんと閉めると、少女はガーベラに質問を投げた。
「あ…その事ですか。それは大丈夫です───むしろ食べ過ぎてるくらいでして…」
食べ過ぎる自分が少しはしたないとでも思っているのか、少し照れながらガーベラは答えた。
詳しく聞いたところ、男性の夢が日々美味しくなって、最近はほんの数口(?)で満腹になるし、むしろ美味しすぎてついつい食べ過ぎているそうなのだ。
前に言ったように夢には味がある。
息子は畑仕事は自分でやりながら、母親一人にほとんど全ての家事を任せていたのがずっと不安だった。
その母親の手助けをしてくれるガーベラが家に居てくれるのは本当に安心できて、自分は農作業に集中できるようになった。
しかも、家に帰ると美しいエルフが「おかえりなさい」と出迎えてくれるのだ。
いい年頃の息子にとってこれ以上に幸せな事はないだろう。
その上、最近なんか体力がどんどん湧いてくる感じがしている。
前なら疲れ果てて寝て、起きても疲れが取れきれなかった日もあったのに、今はそんな事もさっぱりない。
毎日ぱちりと目を覚ませば、最近少しづつ覚えているいう朝ご飯ををエルフが出してきて、「どうでしょうか?」と尋ねてくる。
こう言うとこのエルフから怒られてしまうかもしれないが、何というか───お嫁さんがきた、そんな感じにすら思っていた。
これだけ心身ともに満たされている若者の夢は、いつの間にかとても上質なものとなっていた。
結果、ガーベラとしてもほんの少しで充分な栄養も得られ、神官の少女の与えた回復の力は、ほぼそのまま若者に還元される事となる。
体調はいい、心配事はない、家には美しい嫁(?)がいる。
息子にとっては、これ以上にない最高の循環が出来上がっていたのだった。
後ろの扉が開き、外で作業をしていたおばさんが家に戻ってきた。
「いやぁ、ほんとこの子には助けられてるよ。こんないい子は息子なんかにゃ、ホントもったいないよ。連れてきてくれてありがとうね」
そう言われ照れるガーベラ。
見る限り、おばさんとの関係も良好に見える。
(…本当に大丈夫そうですの)
少女はやっと、ほっと安堵の息を吐くのだった。
もう一軒のラベンダーの方も概ね同じ感じだった。
それどころか、息子の筋肉がとても好きすぎて出ていきたくないと、延々息子の魅力を聞かされる羽目にすらなった。
(…ちょっと、夢魔族というのは欲望が駄々洩れ過ぎじゃありませんの?)
残り1人の夢魔のピーディーは昨日、子供に囲まれ相変わらずこれ以上にないほどにデレデレになっていた。
ピーディーをお願いしたその日の内に、神官の少女はシスターナタリーに農家の息子に預けたのと同じくらいの光を預けてはあるのだが、そちらも大丈夫そうである。
「夢魔の皆さんが幸せになれてるようで良かったですのね?」
少女は横を歩く青年に話しかけた。
「そうだな…女、お前のおかげで古くから知り合いを助ける事が出来た。礼を言う」
ちゃんとお礼を言ってくれた青年を、驚きの顔で少女は見た。
「ほら、街に戻るんだろう?。暗くなる前に着くよう急ぐぞ」
ちょっと気恥しくなったのか、青年は早足で進んでいく。
「あ、ちょっと。シェイドさん、待つですのー」
少しいたずらげに笑うと、少女は青年の背中へと駆けて行った。
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