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出発

その5

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「おい、見張りは俺がやる。お前も寝ていいぞ」

陽はすっかり落ち、周りはすっかり暗闇に覆われる中、見張りの商人と護衛の青年の二人の影が、たき火の炎で揺れる。

「いや、ですが。見張りは2人でやれとジョンさんから言われてます。それにモンスターが出た時に人手は多い方がいいでしょうし…」

商人は命令もあるのでとりあえず申し出を断る。

ただ、実際にモンスターが現れたら何もできない自信はある─────なぜなら自分は冒険者ではなく、商人だからだ。

その為にジョンさんは毎回護衛を雇っているのだ。


ただ今回はいつものベテラン冒険者でなく、なにやら若い感じのする二人組─────しかも片方は神官の少女だったので、実質護衛は1人みたいなものだ。

そんなところをモンスターが群れで襲ってきたらと、考えただけで震えがくる。


「正直、昼間に俺は何もしてないんだ。夜くらい働かないと文句を言われるだろう?」

それに、と青年は言葉を続ける。

「お前達は明日も馬車の運転等やる事はあるんだろう?。ここは任せて寝て体力を戻せ」

正直一日中馬車を操った後、食事の準備だ明日の行程の確認だで疲れ気味だったのは事実だ。

これでもし、明日居眠りでもしようものなら、ジョンさんに怒鳴られるのは明白。


(…そんな事になる位なら、これだけ言ってくれてるし任せても…?)

しばらく考えていた商人は、「ではよろしくお願いします」と一言残して荷台へと消えていった。



ゆらゆら揺れるの炎の火が消えないよう小枝をたまに放り投げながら、青年は火を見ていた。

さっき商人に、青年は日中は何もしていないと言ったが、あれは嘘だった。


荷馬車に戻った商人が寝入る位までの時間を置くと、青年はぼそりとつぶやいた。

「─────恐怖フィアー



恐怖フィアーとは魔法の1つである。

魔法と言っても火球ファイアボールなんかの破壊を目的とした攻撃魔法ではなく、精神に影響を与える弱体魔法と呼ばれるものに分類される。


効果は文字通り相手に恐怖の念を抱かせる魔法で、効果がどのくらいのというのは難しいものの、上位の術者が唱える恐怖フィアーは大型の魔獣ですら逃げ出すという。

唱えると術者が効果を解除するまで魔力を消費し続けながらとはいえ継続し続けるので、上位の術者は常時発動させ続ける事も可能だ。


「いくらあいつらでも、さすがに起きてると気付く可能性もあるからな…」

唱えた恐怖フィアーは、それなりの恐怖を与えるところまで効果を上げている。

多分通常の野生動物、小型の魔獣は当然として中型の魔獣、さらに小鬼ゴブリン程度の魔族なら怯えて寄ってこない程度の効果はあるはずである。


青年が『効果をあげた』といったのは、実は日中もこれを唱えていたからだ。

与える恐怖を弱めにして、代わりに範囲を広めたものをではあったのだが。


弱めた恐怖フィアーの効果は、感知力の高い人間が感知しようと集中して、初めて気付ける程度の弱い効果しかない。

だが、野生動物や弱めの魔物はそういう危機感には敏感なので、よっぽど追い込まれでもしない限りは自ら寄って行くことはない。

商団キャラバンが昼間に何にも遭遇しなかった理由はこれだったのだ。


ただ、特筆するべきはその効果範囲である。

通常の術者が唱える効果は、広くてせいぜい半径30メートル程度のものだが、青年が日中に唱えた恐怖フィアーの効果範囲は半径500メートルほどある。

今唱えているのは効果を強めてるので多少狭くなってるものの、半径200メートルに効果が及んでいた。


いくら人間が居るのに気付いていても、何百メートルも恐怖に怯えながら、寄ってくる魔物はそうそういない。

もし来るとしたらよっぽど好戦的な魔物くらいである。



「しかし、採集の数倍のポイントがこれで貰えるのか。人間はよく分からんな…」

毎回違う種類のものばかり持ってくる少女を思い出すと、それだけでドッと疲れが襲ってくる気すらする。

青年は独り言を言うと、自分のリュックからリュートを取り出し、またポロンポロンと奏でだした。


商団キャラバンは危険な夜の時間を、場違いな優しい音に包まれていた。

 
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