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出会い
その21
しおりを挟む───3年前
ここはルビナの村の少し離れた場所にある、ボガード牧場。
陽はかなり落ちかけ、空は赤く染まっている。
牧場の柵の近くには一匹の横たわる牛の姿があり、その腹部に顔を埋め、もぞもぞと動く人影も見える。
そして横たわる牛の周囲は、夕暮れの空同様赤く染まっていた。
倒れた牛の周囲には、無数の人影が囲む様に存在していた。
鎧を着込んでたり着込んでなかったり、槍等の武器を持ってたり持ってなかったり。
装備はバラバラだったが、1つだけ共通してることがある─────全てが白骨、つまり骸骨兵である事だった。
その骸骨兵の囲みの後ろから声がした。
まだ幼い少女の声であった。
「ちょっと、そこの人!。ボガードさんの牧場で何をしてますの!!」
そこには牛たちの餌の藁や牧草を移動させるときに使うフォークと呼ばれる農具を手に、人影へと声をあげる。
牛にかぶりついていた人影は、頭を上げると少女の方を向く。
その口元は真っ赤に染まり、口からは赤い滴りが何本もの線を作っており、その内一滴がぽたりと地面に落ちた。
振り向いた人影は全身を覆う黒いローブ状の服を着ており、頭には古ぼけた大きな王冠をフードの上からかぶっている。
それだけでも異質なのだが、それに輪をかけて異質なのが、周囲を囲むそ骸骨兵同様、その人影も骸骨である事だった。
人影が振り向いたその姿に一瞬ひるんだものの、勇敢にも少女は手にしたフォークを改めて構えると、再度声をあげる。
「ここはボガードさんの大切な牧場なんですの!。さっさと出ていくですの!」
ローブをかぶった骸骨はどうやって出しているのか謎だが、正面に立つ少女に低い声で告げた。
「…食事中だ、消えろ」
少女はまったく退くことなく、フォークを構えたまま骸骨を睨む。
よく見るとフォークの先端が細かく震えているのが分かる。
「イヤですの!。ここはボガードさんの牧場です、出ていくのはそっちですの!」
骸骨は疑問する─────この少女はなんなのだろう、と。
今までこの姿を見て怯え逃げる者、問答無用で襲い掛かる者、色々いたが、襲い掛かるでもなく文句だけを言ってくる人間は居なかった。
骸骨は一歩踏み出し、少女に近づく。
一瞬びくっとフォークの先が揺れたものの、少女はなんとかその場に留まった。
人影はフォークが当たる寸前まで寄ると体を前に倒すと、少女の顔をじっと見る。
「…なんでこんな事しますの。すぐに出ていくですの!」
声はかなり震えているし、よく見れば目にも涙がにじんでいる。
でも逃げない、言うことも曲げない─────なのに手に持った武器で攻撃もしてこない。
(…なんだ、この女は?)
意味が分からなかった。
怖いなら逃げればいい、邪魔なら刺せばいい。
なのに何もせずに、ただこちらに意見をしてくる。
あまりに出会った事のない珍しい対応に、興味本位の軽い気持ちで骸骨はぽつりと語る。
「飢えるのだ…渇くのだ…だがそれは満たされないのだ…」
そう、ただこれだけの事なのだ。
「いくら食べようと、血を啜ろうと─────飢えが、渇きが…満たされないのだ…」
彼の全身は骨、故に内蔵等の器官はもちろんない。
ただ自身に与えられた魔力が尽きるまで、動き続けるだけのモンスターだ。
痛みや暑さ、寒さなどは感じないのに、何故か飢えと渇きだけは残っている。
だから生き物を襲い肉を食らい血を啜る─────だがそれは体に蓄えられる事はない。
ただ食べている瞬間、啜っている瞬間だけは飢えや乾きが満たされている、そんな気がするのだった。
これはきっと人類に襲い掛からせる為に、敢えて残された装置(感覚)だったのだと思われる。
そう、彼もまたずっと苦しみ続けていたのだ。
彼は骸骨兵、もっと言えばその最上位である骸骨王である。
更に、魔王軍の第4軍を束ねる不死王《デッドマスター》と呼ばれる軍王の一人でもあった。
束ねるといっても、兵隊は全て自分が呼び出す骸骨兵や邪霊、屍体などの不死族ばかりである。
故に、自分一人だけでその場に不死の大軍を呼び出せる為、魔王からは思うがままに人間の街を襲えとしか指示は受けていない。
それから何年も魔王城に戻る事もなく放浪し、飢えては襲うを繰り返していた。
言っても何も変わらないのは分かっている─────自分はそういう魔物なのだ。
永遠に消えない飢えと渇きに追われ、いつか魔力の切れる日を待つ、それだけなのだ。
(…死ねない身ながら一刻も早く楽になりたい)
不死族が夢を見ると言えば誰もが耳を疑うだろう…だが彼の望みはそれだけなのだ。
ずっと一人胸の内に秘めていたものが、一度吐露した弱音は堰を切ったかの様に溢れ出し、彼へと襲いかかった。
いつの間にか骸骨王は膝をつき、両掌で顔を覆い天を仰いでいた。
その姿はまるで、神に祈っているかの様にも見えた。
「飢えるのだ…渇くのだ………楽になりたいのだ………」
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